ヒロイン-3
「うん、随分よくなった」
「ホントですか?」
「ホントホント。動きも滑らかになってるし、様になってきた。やっぱり恋する女の子は違うわねぇ。上達が早い!修兵もそう思うでしょ?」
「そうですね、一気に色気も出てきたし」
「色気はナイっす…」
「あらよく言うわ。あんた最近益々人気出てきたの知らないの?」
「知るわけないじゃないですかそんなの」
「前よりもっと綺麗になったとか、女らしくなったとか、今いろんな隊で噂になってるのよ」
「うっそだぁ」
「嘘じゃねぇよ。元々十一番隊の美人女席官ってだけでも有名だったんだから、そういう噂が広まるのも早くて当然だろ」
「…もうやめてください、褒めたってなにも出せないんですあたし…」
「そうやってすぐ照れるとこ、相変わらず可愛いわねぇ」

乱菊さんと檜佐木さんとあたし。三人の内緒の特訓が始まってから、早二週間が経過した。今あたしたちは仕事終わりに三人で飲みに来ている。

あたしが乱菊さんに言われたのは、本当に些細なことだった。例えばお箸の持ち方だったり、ご飯の食べ方だったり、人が不快に思わない食事の仕方をしなさいとか。短いからという理由で何の手入れもしなかった髪の毛だけど、先の細い櫛で毎日整えるようにしなさいとか。歩くときはバタバタと乱暴に歩かずに、背筋をしゃんと伸ばして静かにまっすぐ歩きなさいとか、本当に、そんなことばかり。

変わらずお酒は飲んでいいし、一角と喧嘩だってして構わない。ただし、お酒を飲むときはガブガブ飲まずに、ちゃんとお猪口に注いで飲むこと。お酒は元々強いのだから、好きなだけ、飲めるだけ飲めばいいし、変わらずみんなと飲みに行って騒げばいい、と言われた。

一角との喧嘩も今まで通りやればいいけれど、痕が残りそうな怪我をしたときは出来るだけ四番隊に行くように、とも言われた。それと、もともと素肌が綺麗だから化粧なんて覚えなくていい、そのかわり肌の手入れは欠かさずしなさい、なんてことも言われた。

そして一切改善されなかったのが、口の悪さ。あっさりとそのままでいいと言われてしまったのだ。素直じゃなくていいし、言いたい本音も上手く言えないままでいい、今まで通り強気でいなさい、と。正直、これが一番直せるか不安だったので、このままで構わないと言われたときは安堵した。

と同時に、不安でもあった。他がどんどん改善されていくのに、この口の悪さだけ直らなかったら不自然じゃないのか。その不安を乱菊さんに伝えたら、乱菊さんは笑ってこう言ってくれた。

「そんなことしたらただの別人でしょうが。それに急に外見も中身も変わったら、さすがに一角だって怪しむわよ。口なんて悪くていいの、あんたはあんたのままでいなさい」

その言葉に安心出来たから、あたしはあたしのままでいられている。一角との喧嘩も相変わらずだし、十一番隊で騒ぐのも相変わらず。一角はあたしの変化なんか全然気付いてくれてないみたいだったけど、昨日弓親に「綺麗になったね」って言われた。分かる人には分かってもらえるんだから、そのうち一角も分かってくれると信じて頑張ろうと思えるようにもなった。

「あ、檜佐木さん、注ぎますよ」
「ん、おう、ありがとな」

ふと見ると檜佐木さんのお酒が空いていたので、何気なし注ぎ足す。それを見た乱菊さんが、目をぱちくりとしてあたしを見た。

「そういえば、あんたいつの間にそんな気の利く女になってたの?」
「え、何がですか?」
「なくなったお酒を注ぐとか、みんなのご飯を取り分けるとか、そういうのは全然教えてなかったわよね?確か」
「…確かに、教えてもらってないです」
「てことは自然と覚えたのね。いいじゃない、そういう気の利く子は好かれるわよ」

乱菊さんは笑う。
檜佐木さんもうんうんと頷いた。

「美人に酒を注いでもらうってのはいい気分だしな」
「だーかーら!あたし美人じゃないですって!」
「十分美人だって。気をつけろよ?最近本当にお前の噂よく聞くんだから」
「えー…信じない」
「でもね蓮華、本当なんだから仕方ないでしょ。十番隊で今一番の話題はあんたなんだから」
「だってうちでは聞かないですもん」
「そりゃお前が鈍感なだけだ」

そう言われて心外だったあたしは、険しい目で檜佐木さんを見る。すると乱菊さんが呆れたように溜め息をついた。

「…一角もさっさと事の重大さに気付けばいいのにね」
「え?どういうことですか」
「なんでもないわ」

そう言った乱菊さんの隣で、檜佐木さんがくつくつと笑う。

「違いますよ乱菊さん、ちゃんと気付いてはいるけど、焦りすぎて逆にどうすればいいのか分からなくなってるんですよ」
「そうなの?あいつもあいつで可愛いとこあるのねぇ」
「ちょっと、勝手に二人で話し進めないで下さいよ!」

頬を膨らますあたし。
そしてふと思い出したので、檜佐木さんに聞いてみた。

「ところで檜佐木さん、なんであたしが一角のこと好きだって知ってたんですか?」
「ん?そりゃ神風の態度とか見てたら一目瞭然だろ」
「…だったらなんで一角は気付いてくれないんですか」
「それならあんただって気付いてやれてないでしょ、蓮華」

乱菊さんが呆れたようにそう言って笑った。すると檜佐木さんが乱菊さんを窘めるように言う。

「乱菊さん、あんまりそういうこと言っちゃだめですって」
「だーいじょうぶ!どうせこの子鈍感なんだし」
「だから鈍感じゃないですってば!」
「ところで蓮華。あんた次に一角と飲みに行くのいつ?」

あたしの言葉なんて軽く無視して乱菊さんは言う。一瞬追いつけなかったが、あたしはその問いに答えた。

「…明日です」
「ふぅん。それならいいとこ見せるチャンスね。今日くらい自然に食事すんのよ」
「は、はいっ」
「斑目と二人で行くのか?」
「いや、あたしと一角と、あと弓親と、三人で…」

あたしがそう言うと、二人は顔を見合わせた。そしてニヤッと笑って、二人同時にあたしを見る。

「うん、明日は二人で行きなさい」
「は!?何言ってんですか乱菊さん!!」
「二人で飲みに行くの、初めてじゃねぇだろ?」
「そ、そうですけどっ!」
「じゃあ別にいいじゃない。何か困ることでもある?」
「いや、だってほら、弓親とも約束してるわけだし…!」
「綾瀬川は神風の気持ち知ってんだろ?だったら協力してくれるって。適当に嘘ついてもらって、綾瀬川から直接斑目に断り入れてもらえばいいじゃねぇか」
「で、でも、」
「あらそれいいわね!そうしましょう!それなら不自然じゃないし、一角だって飲むの好きだからその程度で行かないわけないし」

やっぱりあたしを置いて会話はどんどん進んでいく。もう息ピッタリなんだから、この二人こそさっさと付き合っちゃえばいいのに、と心の中で吐き出す。

「じゃ、決まりね!明日は頑張ってね、蓮華!」
「応援してるぜ!神風!」
「ううう…」

結局あたしはこの二人の押しに反抗出来ないまま、その日の飲み会を終えてしまった。





翌日。
妙にどきどきしているのは、一角とふたりっきりで飲むのが久しぶりだからだ。その前にまず弓親に断りを入れないと…と、弓親を探す。探していたら、その弓親から声を掛けられた。

「あぁ蓮華、ここにいたの?探したよ」
「あ、弓親!あたしも今弓親のこと探してたの!」
「そうなのかい?何か用事?」
「う、うん、まぁ、ちょっと…弓親こそ、あたしになんか用?」
「うん、僕、今日の飲み会行かないことになったから」
「…へ?」

今まさにあたしが言おうとしていたことを言われて、思わずポカンとする。

「ちょっと急用でね。また今度埋め合わせするよ」
「そ、そうなんだ、そっか」
「ところで蓮華の用事って?」
「あ、ううん!あたしのは、やっぱいいや!」
「そうなの?」
「うん、大丈夫!」

笑顔で答えると、弓親も不思議そうな顔はしたものの笑ってくれた。そしてまた意地悪な顔であたしの耳元に唇を寄せる。

「まぁこれで一角とふたりっきりだし、頑張ってね」
「!」
「いっそ告白とかしちゃえば?お酒の勢いっていうのもひとつの手だよ」

弓親はくすくすと笑う。あたしはむっとして弓親を見た。

「そんなのには頼りたくないの」
「へぇ?」
「だって、そんな軽い気持ちじゃないし」
「だけど多少なりともお酒に頼らなきゃ、いつまでたってもこのままじゃない?」
「…それは…」
「いい加減このへんで覚悟決めてもいいんじゃないかな、いい機会だし」
「…」

そう言われて、不安になる。仮に今日あたしの気持ちを伝えたとして、そしてふられたとしよう。そしたら明日から、どんな顔で一角と接すればいいのか、あたしには分からない。こんなに長い間積み重ねてきた関係が壊れてしまったら、あたしは生きていけないかもしれない。思わず俯くあたしの顔を、弓親はそっと覗きこんだ。

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ、蓮華」
「でもさ…」
「ここ最近、急に綺麗になったし、女らしくなったじゃないか。全部、一角の為だろう?」
「…うん」
「今の蓮華なら大丈夫。前の蓮華も十分魅力的だったけどね」
「うっそだぁ」
「本当だよ。蓮華の魅力はいつだって絶大、だからね」

意味ありげにそう言って、弓親はにっこりと笑う。そしてこう続けた。

「それにさ、僕もいい加減挟まれる立場から解放されたいし」
「挟まれる立場って?」
「…今日、勇気を振り絞って告白してみれば分かるんじゃない?」
「それ、どういう…」
「自分の気持ちを一から整理してごらん。本当に自分がどうありたいか、ちゃんと見つめなおして」

弓親は最後にそれだけ告げると、ひらひらと手を振って去って行った。あたしはその弓親の後姿を見つめながら、言われた通りにごちゃごちゃになってしまってるいろんな感情を整理する。

あたしは一角が好き。
この関係は心地いいけど、あたしはその先の関係を望んでる。もしもふられてしまったら、この関係が続くなんて限らない。やっぱりあたしは、女として見られてないのかもしれない。

だけど、それでも、あたしは―――

「…うん、よし」

あたしは自分に言い聞かせる。

大丈夫、大丈夫。

綺麗になったって言われた。女らしくなったって言われた。一角の求める理想像なんて知らないし、程遠いかもしれない。だけどあたしは一角へ想いを伝えるために、ずっと頑張ってきたんだ。弓親も、檜佐木さんも、乱菊さんも、みんなが協力してくれた。そして今も、応援してくれている。前に進めない臆病なあたしの背中を、大丈夫と言って押してくれる。

もしもふられたら失恋パーティーでも開いてくれるだろう。そのときは散々泣きはらして、次の恋を探すためにゆっくり歩き出せばいい。どっちに転がるかなんてわからないんだから、あたしは今あたしに出来ることをやろう。この関係に甘んじて先に進めないままなんて、そんなの嫌だ。

ほら、あたしの答えは、もう出てる。
あたしは深呼吸して、雲ひとつない青い空を仰いだ。


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