ヒロイン-1
「うるっさいわねこのハゲ!丸ハゲ!つるっぱげ!」
「あァ!?なんだとこの男女!ドブス!」

あたしはまた一角と喧嘩していた。コイツとの喧嘩なんてもう日常の一部で、日課のようなもんだ。稽古してたらいちいちああだのこうだの文句ばっかり言ってくるから、カチンときたあたしが言い返して、それで殴り合いの大喧嘩。弓親や他の隊員たちもすっかり慣れてしまった光景らしくて、こんなことになってたって基本的にみんな無視だ。ボロボロで息が上がって動けなくなったら、自動的に喧嘩は終わり。

気付いたら一緒に飲みに行ってたりして、笑って、なんていうか、何でも言い合える家族、みたいな、兄妹、みたいな。まぁお互いが流魂街にいた頃からの付き合いだから、結局昔から今まで変わらずこんな関係。

だけど、あたしは、本当は、

「またやってるのかい?懲りないね、二人とも」
「「弓親は黙ってて!」」
「あー怖い怖い」

いつもこうやって言い合いして、殴り合いや木刀の振り回し合いしてる。それが嫌なわけじゃないし、それがあたしたちのコミニュケートの仕方なんだから、それはそれでいいと思ってる。

だけど、あたしはね一角、本当は、

「けっ!テメーはほんっとに可愛くねえな!女のくせに!」
「はぁぁ!?女のくせにぃぃ!?ナメてんじゃないわよ髪の毛も生えない頭のくせに!アンタだって別にかっこよくないでしょ!」
「これはわざとだよ!わ・ざ・と!別に生えねぇわけじゃねえっつの!大体テメーみてぇなブスにかっこいいって思われたくもねーよ!」
「なによ!かっこよくもない男がそうやって吼えると尚更醜く見えるわよ!マジ醜い!ちょー醜い!!」
「弓親みてぇな言い方すんなよ!おめーみてぇなのが女なんて本気で信じられねぇ!!」
「はっ、関係ない弓親の名前だして責任転嫁?哀れ極まりないわねハゲ!アンタみたいなのが男だってのがむしろ嘘みたい!!」
「誰がいつ責任転嫁したよ!?誰が!!」
「アンタだっつってんでしょ!!人の話くらいちゃんと聞け!!」

言ってる内容なんて無茶苦茶な売り言葉に買い言葉のリレーが続く。こんなこと毎日毎日繰り返してりゃ、そりゃどうってことなさそうに見えるんだろうな。

でもね、あたしだってこう見えて、ちゃんと女の子なんだ。

普通の女の子よりもタッパはあるし、酒は飲むし、口は悪いし、喧嘩っ早い。十一番隊なんかに身を置いてるせいで体中傷だらけだし、女の子らしいとこなんてひとつもない。髪だって邪魔だからいっつも短くしてるし、女の子らしい着物にも可愛い小物にも無縁だ。男ばっかりのこんな場所でナメられないように強くなるのに必死で、あたしはそういう女らしさってものを見過ごして今日まで来てしまった。通り過ぎてしまった時間は長すぎたし、今更そんなの取り戻したって無駄だ。むしろ、取り戻すなんて無理だ。素直じゃないところも強気な性格も、全部そういうのが原因だってちゃんと理解してる。

それでも心は、いつだって女なんだよ、一角。昔からアンタだけをずっと想ってる、ただの女なんだよ。誰よりもちっぽけな、女の子なんだよ。

「はぁ…はぁ…はぁ…」
「はぁ…はぁ…は……ッチ」
「ちょっと一角…何舌打ちしてんのよ…ナメてんの?」
「はん、先に息が上がり始めたくせに…偉そうな口きくじゃねぇか」
「舌打ちするってことは、自分の方が押されてるってことを認めてるのよね?はっ、よっわーい、三席のくせに」
「あァ!?俺より下の分際でほざくんじゃねぇよ!」
「ひとつしか違わないじゃない!!」
「ひとつでも下は下だろ!!」

まるで子どもみたいな言い合いをしながら、今日もあたしたちは木刀を振り回しあう。こんな強気なことを言ってるけど、毎回一角が手を抜いてくれてることくらいちゃんと分かってる。しばらく傍観していた弓親も、付き合いきれないといった様子でどこかに行ってしまった。

喧嘩という名の鍛練が終わった頃にはもう日も傾いていて、あたしたちは息を切らしながら道場に寝転がる。

「あー疲れた!」

散々暴れて、気分は爽快。

「…蓮華、毎回思うんだけどよ、お前ほんっとに女じゃねえな」
「なにが」
「全部」

…爽快だったのに、一角の一言で気分は一気に下降する。女じゃないってことは、やっぱりあたしはそういう目で見られてないってこと。

「全部じゃ分かんないでしょ」
「女のくせに俺とここまで本気で張り合って、やっと体力切れたのが今だぞ?女じゃなくてバケモンだ」
「なんですってー!?」

そんな風に言って鼻で笑う一角。いつものことなんだけど、やっぱりあたしは傷付く。それでも今更傷付いたことを素直に表現できるわけもなくて、あたしはまた可愛げもなく突っかかる。女らしくないって自分でも分かってるけど、一角と出会った頃からこうなんだから仕方がない。

あたしはがばっと起き上がって一角に殴りかかろうとする。すると一角もひょいっと立ち上がって、バタバタと走って行ってしまった。

「あ、ちょっとコラ!一角!待ちなさいよ!」
「今から弓親と飲みに行くんだよ!じゃあな!」
「もう!」

それだけ言い残すと、一角は去って行った。夕陽が差し込む道場に、あたしひとりだけ取り残される。

一角がいなくなった途端に静まり返り、刹那孤独に襲われる。

なによ、飲みに行くならあたしも連れていってくれたっていいじゃない。なんて心の中で呟くけれど、どうしようもないのであたしはよろよろと立ち上がる。今日はいつになく長いことやりあったせいで体が重い。さっさと帰って、今日は早く寝ようと思いながら、あたしは溜め息をついた。

帰る前に軽く道場を片そうと思い立って片していた際、右腕が妙に痛むのを感じた。ふと見ると、赤く腫れ上がっている。一角とやりあったときに右腕に一打撃受けたから、多分そのときに負ったものだろう。どうせすでに傷だらけの体だし、四番隊に行くほどでもないな、と思ったあたしは、そのまま片して道場を後にした。



赤く染まった空の下、人通りも少なくなった隊舎を歩く。ふわりと風が揺れてあたしの頬を掠めた。短い髪が少しだけさらわれる。もしも髪が長かったら、風に靡いて綺麗なんだろうなぁ、なんて夢のような自分を想像して悲しくなった。そんなものが現実に起こりうることなんて、きっとこの先一生ないだろう。

そんなことを思いながら歩いていると、ふと縁側に誰かが座っているのが見えた。どことなく愁いを含んだ表情で、ぼんやりと赤い空を見上げている。その人は十一番隊の隊員じゃないんだけど、よく一緒に飲みに行く飲み仲間だ。そしてあたしのことを妹のように可愛がってくれる、頼れるお兄さんみたいな人。

「こんなとこで何やってんですか、檜佐木さん」
「おう、神風か。お前こそこんな時間まで何やってたんだ?」
「一角と遊んでました」
「なるほど、いつものことだな」

檜佐木さんは笑う。そんな檜佐木さんの左側に座った。

「で、檜佐木さんはこんなとこ座って何やってたんですか?」
「んー、まぁあえて言うなら、恋煩い」
「あぁ、乱菊さんか。相変わらずですね、檜佐木さんも。なんか進展ありました?」
「いーや、なんも」
「そっかぁ」

あたしはそう言って空を見上げた。赤い空が、今日はなんだかやけに綺麗だ。

「…いいよなー乱菊さんは。強いのにちゃーんと女らしくて。そりゃモテるわ」
「何言ってんだ、お前だって十分女らしいじゃねえか」
「はぁ?そっちこそ何言ってんですか。あたしのどこをどう見たらそう見えるんですか」

口は悪いし喧嘩っ早い、騒ぐも酒も大好きで、オマケに全身傷だらけの大女。こんなあたしのどこを見て、この人は女らしいなんて言うんだろう。すると檜佐木さんはふっと笑って、さらりとこう言った。

「さり気ない仕草とか表情とか、何気ないときに見せるお前の全部」

今まで頂いたことのないとんでもない口説き文句に、あたしは思わず硬直して、そして赤面した。

「な、な、何言ってんですか!ほ、褒めたって何にも出ませんよ!?」
「顔真っ赤だぜ?」
「こ、これは夕陽のせい!」
「ほら、そうやってすぐに顔に出るところとか、それで焦るところとか、純粋で可愛いじゃねぇか」
「〜〜〜もう!からかうなー!」

あたしがわーわーわめいていると、突然檜佐木さんの目つきが変わった。檜佐木さんは突然あたしの右手首を掴んで、右腕の死覇装を捲り上げる。右手首を掴まれたときに鈍い痛みが走って、あたしは思わず顔を歪めた。

「…腫れてるじゃねぇか」
「え、あぁ、これですか?いつものことですよ。こんな怪我、日常茶飯事だし」
「てことは…斑目にやられたのか?」
「やられたってほどじゃないですけど…」
「ったく…こんな怪我させる斑目も斑目だが、ほっとくお前もお前だぞ神風。四番隊には行かなかったのか?」
「行ってませんよそんなの。こんくらいほっときゃそのうち治るから」

あたしが笑ってそう言うと、檜佐木さんは呆れたように溜め息をついた。

「あのなあ」

そしてあたしを真っ直ぐに見て、言った。

「女の子なんだから、自分の体くらいちゃんと大事にしろよ」
「え…っ」
「だから、お前は女の子だからあんまり体を傷物にするなよって言ってんだ。分かったか?」

女の子―――自分のことを、初めてそう言われた。

そうやって女の子だからって言って心配されたのも、注意されたのも、これが人生で初めての経験。まさか自分がこんな言葉をかけられるだなんて思っていなかったあたしは、多分、混乱していた。

「で、でもほら、あたし十一番隊だし、傷になったって、別に誰も心配しないし…」
「そういう問題じゃねぇって!…ったく、斑目も綾瀬川も、近くにいるんだからもっとちゃんと言ってやれよな」

檜佐木さんは心底呆れたように言う。

「だ、だってほら檜佐木さんっ!あたしそんなの似合わないし、周りの連中だってあたしのこと女だと思って接してないし!」
「…はぁー…」

あたしがわたわたとしながら言い返すと、檜佐木さんはながーい息を吐いた。

「…じゃ、お前の性別は何なんだよ?」
「え?」
「お前の性別」
「お、女ですけど…」
「じゃあ女じゃねぇか。周りの連中がどうのこうの言おうが、れっきとした女の子だ。似合うとか似合わないとかじゃなくて、女の子なんだから体大事にしてやれよっつってんだ」
「…」

今まで一度もこんな風に言われたことのなかったあたしは、なぜだか泣きそうになった。そんなあたしを見て何かを感じ取ったのか、檜佐木さんは困ったように笑うと、あたしの頭をくしゃっと撫でた。こんなことされたこともないし、その上檜佐木さんの触れ方がものすごく優しくて、思わずどきっとする。

「あんまり頑張りすぎんなよ神風」
「別に、頑張ってなんか…」
「十一番隊だからって無理して強くなる必要なんかない。どう足掻いたって、女は男に力じゃ勝てねぇんだから」
「…男尊女卑だ」

精一杯言い返すけど、檜佐木さんは笑う。

「じゃあものすごく嫌な例を上げてやろうか?」
「…なんですか」
「例えば今ここで、俺がお前を襲いたくて無理矢理押し倒したとする」
「!」
「そう怖い顔すんなよ、例えばの話だ。そしたらお前は当然抵抗するだろ?」
「当たり前じゃないですか」
「だよな。でも勝てると思うか?俺に、力で」
「………思わない」
「だろ。力だけじゃ俺を止めることなんてまず無理だ。でもな、お前に泣きながらもうやめてって懸命に訴えてこられたら、俺は罪悪感に駆られてやめちまう」
「…何が言いたいんですか?」
「つまり、男と女ってのは強さや弱さのベクトルが違うんだよ。無理して力つけたって所詮女は女だし、逆に男は女みたいな泣き落としなんて出来ない」
「…」
「だから、頑張りすぎんなって言ってんだ。頑張って男に紛れて無理する必要なんてない」

女の子として扱ってくれてることが、女の子として向けられてる言葉が、ただ純粋に嬉しかった。一角みたいにあたしのことをバケモンだなんだとか言う野蛮人なんかじゃなくて、檜佐木さんみたいな人を好きになれたら良かったのに。そしたらあたしの男に紛れきれない女の子のままの心は、もう少し救われるのに。

「…あたし、檜佐木さんみたいな人は幸せになるべきだと思う」
「そうか?」
「うん、だから乱菊さんとのこと、ずっと応援してる」
「ありがとな」

檜佐木さんはそう言うと、再びくしゃくしゃとあたしの頭を撫でた。そして今日は吉良くんたちと飲みに行くからと言って立ち去った。あたしは撫でられた頭に触れて、嬉しくてニヤける。かけてもらった言葉が染み込んで、じんわりと体に染み渡っていく。

あたしも帰ろうと思い、立ち上がる。疲れきって重たかった体も、なんだか不思議と軽くなったようで、足取りもさっきよりずっと軽やかだ。

あたしは暗くなりかける空を見上げながら、のんびりと帰路についた。


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