テキスト | ナノ

 心のどこかで、また、いる、そう思った。
 薄暮れのなか、部活を終えた黒子が火神や降旗など、他の一年生と誠凛高校の校門口まで歩いてくると、知った横顔を見つけた。光に照らされてなくてもきらきら流れる金髪、目鼻立ちのくっきりとした顔。こっちを振り向いた瞳はいつの間にか、黒子の記憶にいる彼よりもぐんっと大人に近づいていた。太陽はないのに、彼の周りだけが、輝いて見える。まるで彼自身が太陽であるかのように。
 こっちに大きく手を振ってくる彼を、黒子がぼんやり眺めていると、「また黄瀬のヤツ、来てるよ」と、誰かが言った。それを言ったのが火神だったのか、それとも他の三人だったのか、じっと黄瀬ばかり見つめていた黒子には判らなかった。
 いよいよ校門前に着くと、黒子は、大輪の花が咲いたような笑顔の黄瀬に出迎えられた。
「黒子っち、どうもっス」
「黄瀬くん、どうもこんばんは」
 ちょっと会釈して、また見あげれば、黄瀬は目を細めてなんとも切ないような顔で笑う。それも束の間、すぐに、あたかも黒子以外はまるで空気のように目に映らなかったとおどけるように、火神たちへ陽気に話しかける。実際にそう言われた火神はまんまと口車に乗って、ムキになっていた。
「つうかお前さあ、こっち来すぎだろ。今月に入って何回目だと思ってんだ」
「ええーっ、覚えてないっスよ、そんなの」
 高校生活が始まって三カ月目、どの部活動も、どの部員も、ようやく新体制に慣れるころだろう。黒子だって新しい環境で、こうして同じバスケ部の同級生たちと帰路をともにしようとしている。
 けれど黄瀬は、部活が終わるとすぐに、以前は同じ中学に通っていたとは言え、いまは他校生の黒子に頻繁に会いにくる。それが悪いとか嫌とかは思わないけれど、黒子の心は小さな針先で円を描いて不気味になぞられるように落ち着かなかった。
 その後味の悪さを胸の下にぎゅっと飲み込んで、黒子は口をひらいた。
「それで黄瀬くん、何かボクに用があったのでは」
「ん? べつに用って言うほどのことはないっス」
「じゃあキミは、どうしてここへ来るんですか?」
 そう尋ねると、黄瀬は曖昧な顔をして笑んだ。口をひらきかけて、また閉じる。ゆっくりまばたきしたあと、首をちょっと傾げた。
「ていうかとりあえず、黒子っち、オレといっしょに帰んねえっスか?」
 言うが早いか、黄瀬は黒子の手首を取ってずんずん歩き出してしまう。それから後ろを振り向いて、火神たちに楽しそうに手を振る彼を、黒子は目を丸くして見つめていた。
 ふたりになり、大通りに近づくと、黒子の手首を引いていた黄瀬の手が自然な動作で離れていった。離れたあとになって、握られた手首がじんじん熱を持っていく気がした。
 黒子は、つかまれていたのと反対の手で手首を軽く擦りながら考えた。黄瀬はまだ、新しいチームに馴染めていないのだろうか。だからちょくちょく自分に会いにくるのだろうか。黒子が帝光中バスケ部を『退部』と言う形で去って以来、お互い高校生になって久しぶりに顔を合わせたときも、子どものようにひとりではしゃいで、またいっしょにバスケをやろうとまで言ってくれた。それが嬉しくなかったわけじゃない。ただ黒子には叶えたい目標があり、誠凛高校のバスケならそれを実現できると信じた。またみんなで笑ってバスケができることを。だから黄瀬に何度言われても、黒子は同じチームに来いという申し出を断りつづける。黒子が丁寧に頭を下げると、いつも寂しそうに眉を寄せて唇を噛む黄瀬をいくら見ても。
「ねえ」
 うつむいてぼうっと歩いていたから、黄瀬の呼びかけに、黒子はハッとした。慌てて顔を上げれば、黄瀬は一歩前を進んでいて、黒子からは彼の横顔しかうかがえない。微妙な角度だしどんどん陽も落ちていくし、黄瀬がどんな表情をしているのかも分からない。黄瀬の口が夜のなかでぱくぱく動いて言葉を紡ぐ。
「さっき黒子っち、オレに聞いたっスよね? どうしてオレが誠凛に行くのかって」
 黄瀬がとうとう黒子に振り向く。黄瀬は、笑っているのに泣いているような顔をして言った。
「黒子っちはどうしてだと思う? あ、これ、オレからのクイズね。簡単に答え聞いちゃったら面白くないでしょ? だから、ね、黒子っち。その答えが分かったらまたオレ会いに行っても良いっスか?」
 人懐こいようでいて、必死に自分の殻を守ろうとしている、黄瀬涼太はそういう繊細な人だ。黒子は昔から知っていたような気がした。
 だからなのだろうか。黒子が誠凛バスケ部に馴染みはじめたように、彼にも彼のチームで自分の道を進んでいってほしいと願いながら、完全に手を離せないでいるのは。


2016.07.11(今から問題を言うからね)