テキスト | ナノ

 その日の練習試合は、他校まで電車を乗り継いで歩いて行った。試合はもちろんのこと勝利し、帰りもそうして帝光中まで戻る手はずになっていた。
 しかしどうしたことだろうか、さっきまで集団のいちばん最後を歩いていたはずの黒子は、いつの間にかひとりで列を離れてしまっていたことにようやく気がついた。さても黒子は「ああ」と他人事のように思ったきり焦りもせず、「たしか駅はこっちでしたよね」と、何ともあいまいな記憶でひとつ角を曲がりとぼとぼ足を進める。
 というのも、黒子がこうしてひとりだけ迷子になるのは初めてではなかった。この前やったのは、二年になる前の春休みで、その日も今日と同じように電車と徒歩で移動していた。あのときは、どうやらそこにいた部員の全員で黒子の捜索が行われたそうだ。黒子をはじめに見つけたのは赤司で、そのあと虹村キャプテンと真田コーチの前に否応なく差し出されると、ふたりからしこたま怒られたものだ。
 さておきひとりで歩いていると、黒子はいよいよ自分の居場所がどこだかわからなくなってきた。
「困りました……」
 ぽつりとひとりごちるも、閑散とした辺りにむなしく消える。右手側には遊具のふたつみっつしかなく、誰もいない小さな公園が沈黙を守っている。
 行きにこんな公園は見たことがなかったから、もしかして道を間違えたのかもしれない。黒子はその場で踵を返そうとした。そのときちょうど、背後から、見つけたと、そう言う少年の声が聞こえた。黒子が振り向くと、そこには赤司がいる。
「赤司くん」
「探したよ黒子。すぐに道を引き返したんだけど出会わなかったからこっちに来てみたら、案の定、道をひとつ曲がり間違えているね」
「すみませんでした」
 黒子は、自分のほうへ歩いてくる赤司の眼を真っ直ぐに見ながら謝った。赤司は静かに笑う。
「さあ帰ろう」
 言って、赤司は黒子の手をひょいとつかんでしまう。そして手を繋いだまま、幼児を連れるように歩き出した。
 黒子はこれが何であるか瞬時に理解できず、とっさに手を引こうとした。しかしいっそうがっちりと手を押さえられてしまっては、もう動くことはできなかった。膚と膚が、隙間もなく密着する。
「あの、これは……」
「うん、今度こそいなくならないように黒子を捕まえておこうと思って」
「え?」
「影が薄すぎるというのも、考えものだな。そのおかげで今日の試合も大活躍だったんだけど。次から外に出るたび、黒子だけこうして手を繋いで移動するように決めようか」
「それは、ちょっと」
「だったらもうオレの前から消えるな」
 ちょっと痛いくらいに、手をぎゅうぎゅう握られる。もしかして赤司は怒っているのかもしれない、と黒子は思った。ここからでは髪がさらさら揺れる赤司の丸い後頭部しか見えないから、本当に怒っているのかは、黒子には分らなかった。


2016.06.19(いっそこの手で縛ってよ)