うだるような暑さに、火神は辟易する。白々とした太陽が頭上高くからアスファルトを焼き付けるせいで、遠くのほうに蜃気楼が立ちのぼる。 道が歪みもうひとつ別の世界が現れたみたいな光景は、幻なのだ。しかしその幻に誰ひとり残らず飲まれてしまったかのように、今この通りを行くのは火神と氷室のみ。細い路地裏などひょいと覗き込んでは、じきに蜃気楼の彼方へ連れて行かれてしまうのかもしれない。 夕食の買い出しへ出かける途中だった。例え猛暑だろうと極寒だろうと、こればかりは疎かにするわけにはいかない。 「これだけ暑いとちょっと贅沢なアイスを買っても許されるんじゃないかな」 火神の数歩前を進む氷室が風の通るような声で笑う。まったくだ、と火神は口をとがらせて答えた。 ふと、Tシャツの半袖から伸びる氷室の腕が火神の目に止まった。白い。自らが光を放つような白ではなく、内に秘めたるものをそっと開放するような白。言うならば、そう、淡い雪のようだ。 季節外れのものはこの世から隠される。冬に陽が暗雲に覆われるように、夏は陽が雪を溶かしてしまう。火神には、氷室がそうして季節外れに迷い込んできた結晶のように思えてならなかった。このまま手を出さずにいればぽっと消えてしまうのではないか、そう思った。 気が付けば、火神はぐっと足を踏み出し、氷室の手を握っていた。突然にうしろから引き止められた氷室は、わっ、と小さく声を上げ、丸くなった右目で火神を見やる。 「びっくりした。どうしたんだい、タイガ?」 「ああ、いや、そのっ」 火神は明らかに困った顔をした。自分でもどうしてそう動いたのか分からないのだ。けれど、握った手はけっして離そうとしなかった。 氷室は言葉を探しながら真摯に見つめてくる火神に目で頷くと、彼の手を引いて再び歩き出した。 「さあ、はやく行こう。のんびりしていたら溶けてしまいそうだよ」 「……ああ」 普段、キスもセックスもするけれど、火神が氷室と手を繋ぐのはこれが初めてかもしれなかった。 互いに肌をさらけ出して精神をぶつけ合うよりも緩やかに伝わる体温は、火神にとって、いくらか気恥ずかしいものだった。繋いだ手から、自らの心のすべてを相手に見透かされるような気さえした。 それでも、火神は構わなかった。氷室になら、自分の心を全部くれてやりたかった。そうしたら氷室は火神の前から消えず、いつまでも一緒に生きていられるような気がした。 蜃気楼が揺れている。 2016.05.28(甘美な追憶のミラージュ) |