テキスト | ナノ

 部活の終わり、誠凛高校の校門前に黄瀬くんが現れるのは久しぶりのことだった。連絡のマメな彼にはめずらしくここ最近何の音沙汰もなかったので、学校生活に部活、それからモデルの仕事といろいろ重なってきっと忙しいんだろうと思っていた矢先。
「黒子っちに会いたくなっちゃって」
 街灯の下で待っていた黄瀬くんは、綺麗な顔を微笑ませながらそう言った。蛍光灯の白い光に照らされた彼の笑みは、ちょうどいま、ボクたちの頭上で雲に覆い隠されてしまった月のようなものだった。
 黄瀬くんにうながされるまま、ふたりで学校から近いファミレスに入った。店内は学生風の若い客でにぎわっている。ボクたちが席に着いたのは、そんな喧騒から少し隔離されて奥まったところだった。スピーカーからゆるやかなBGMがわずかに届く。
 注文した料理を待つ間、ボクは手洗いに立った。さっさと済ませて戻ったつもりだったけれど、ボクが席に向かう途中に料理を運び終えたのだろう店員さんとすれ違う。案の定、遠くから覗いたテーブルの上には頼んだ食べ物がきちんと並べられていた。
 そんななか、黄瀬くんは料理に目もくれないで、テーブルに頬杖をついて窓の向こう側を眺めているようだ。なにを見ているのか微動だにしない。いいや、もしかしたら黄瀬くんの目にはなにも映ってないかもしれない。ある日突然、自分の周りにあるすべてを遮断して、なにも見ず、なにも聞かなくて良い世界に飛んでいってしまいたくなるような、強い孤独感。そんな想いを胸に抱きながら、なお、黄瀬くんはどんな気持ちでボクに会いに来たんだろう。
 彼がちいさくため息を吐き出したところで、ボクは向かいのイスを引きながらようやく声をかけた。
「ため息を吐くと幸せが逃げますよ」
「わ、黒子っち、びっくりしたっス」
 目元を和ませてボクを見る彼に少しホッとする。けれど次の瞬間にはもう、黄瀬くんが真面目な顔をするからボクはびっくりしてしまって、テーブルに手を置いたままでいると、そこに手を添えられた。
「じゃあため息吐いても逃げないように捕まえとくことにするっス、幸せ」
 そう言った黄瀬くんは、ボクの手をそっと、でもぎゅっと強く握り込んだ。
 テーブルの上には冷めた料理が、役目を果たせずにいつまでも待っていた。


2016.02.28(幸せは月に飲み込まれた)