スーパーからの帰り道、同棲してるマンション近くの公園のすみっこでテツが「あっ」と小さく声を上げた。 「クローバーがたくさんありますよ、青峰くん」 ちっこいすべり台とちっこい鉄棒しかないちっこい公園。空の色が橙色から薄紫色に変わってぐんっと夜に近づいたこの時間帯になると、ここはいつも寂しいくらいにしんとしている。そのすみに緑色の群れを見て、ふたりぞろぞろと連なって寄った。 「見たところ三つ葉ばかりですけど四つ葉ってありますかねえ」 めずらしくガキがはしゃぐような声をして、膝に手を置き腰を折ったテツの背中を後ろから眺める。それにつられたんだろうか。オレも自分がガキだった頃を思い出して、自然と口を開いていた。 「ああー、それってあれか。四つ葉のクローバー見つけたら幸せになるとかのやつ」 「青峰くんが知ってるなんて、意外です」 「オレが頭悪いみたいじゃねえか」 「えっ?」 「はっ?」 テツがこっちを振り向いて目を真ん丸に開く。何だ、いまの間。 べつに知りたくて知ったわけじゃない。あれは確か幼稚園に行ってたとき。さつきに言われたんだ。「四つ葉のクローバーを見つけた人は幸せになれるんだって。だから大ちゃん、探すの手伝って!」って。めんどくせえってバスケットボール持って離れようとしたらぴいぴい泣かれたからしかたなく、しかたなく一緒に探してやった。けっきょく見つからなかったけど。 「つうか、葉っぱ見つけたくらいで幸せになれるとか、最初に言い出した奴、めでてえよな」 オレはテツのすぐ隣まで歩み出て膝を折った。少し乱暴に聞こえたかもしれない言葉を吐き捨てるようにクローバーの上に落とす。手に提げていたスーパーのビニール袋がガサリと大げさに鳴って、細かい砂利の混じった地面にたわんだ。 「ンな簡単に幸せ見つかったら苦労しねえだろ、誰も」 指先で摘まんだ一本を茎の真ん中からぶちりと引きちぎる。こんなふうに簡単に切り離すことができるコレに、男同士だっていうこととか親のこととかこれから続いていくずっと先の未来のこととか、そういうのをどれだけ背負えるって言うんだろうか。無理だろ、そんなの。また自分の体内で感情が冷えていく感覚を思いながら、ちぎり取ったちっこいクローバーを親指と人差し指の間でくるくると回す。意味はない。 オレの言葉を隣で黙って聞いていたテツは、そうですね、とひと呼吸置いた後に言った。 「けれどね、青峰くん」 テツがオレと同じように膝を折って口を開く。 「ボクはやっぱり諦めが悪いので、幸せが欲しいです。だから見つからないのなら自分で作ればいい」 次の瞬間、オレの手の中にあったクローバーが横から奪われた。三枚ある内の一枚を掴んだ細指が、ぴりぴり葉っぱをふたつに引き裂いていく。ああ、これで四枚か。 開けたテツのちっこい手のひらに、ずいぶんと不細工な“四つ葉のクローバー”ができ上がった。 「そう思いませんか?」 にやっと微かに笑うテツの顔は何だか意地悪く見えた。たぶん、オレもそれと同じような顔をしていたんだろうな。 「お前って顔に似合わずやることほんっと男前だ」 「君にそう言ってもらえて嬉しいです。それはさておき、青峰くん」 「ああ?」 「ボクの幸せ作りに協力してくれますよね?」 テツの手のひらからクローバーを奪い返すと、オレはよいしょっと立ち上がった。 「バァカ、ったりめえだっ」 四つ葉になったクローバーが勢いをつけて空に高く飛ぶ。それが落下する前にオレたちは、ふたりでマンションへ帰っていった。 2014.07.27(創作四つ葉のクローバー) |