もう部活が始まるという時間になっても黒子が体育館に姿を現さなかった。黄瀬に訊いても知らないと情けない顔で言われた。紫原も気だるげにわからないと答えた。緑間は興味のないふうを装って、じつはとても気にしていた。青峰は今日も部活に来ていない。部としてはまだ注意を促すだけで済ませているが、今後どうなるかわからない。 オレは緑間に先に練習をはじめておくようにと言いつけ、体育館を出た。あいつの居場所はすでに特定できている。そうと決まっている。体育館を少し外れたところまで歩くと、途端に人気がなくなり、いつも閑散としている。そのままずっと歩いていって背の高い植木がいくつか重なって茂る景色が見えてくる。その先、開けた視界の端にほっそりとした肩を落として立つ黒子の背中が映る。 「黒子」 オレが口を開くと、黒子の落ち込んだ肩がびくと震えた。風を切る勢いでこちらを振り向いた瞳が、大きく見開かれる。透き通る水色の硝子玉がいまにも転がり落ちて来そうな感じだと思った。目に見えて驚愕としている。それがオレの姿をきちんと捉えたのだろう、黒子は硝子玉を静かに仕舞い込んで、あかしくんと弱々しく息を漏らした。 「また何か言われたのか?」 近づきながら尋ねると、 「……はい」 黒子は力なくうなだれながら簡潔な答えを寄越した。 初めてのことではない。だからオレは黒子の居場所を考えるまでもなくわかっていた。頭角を現しはじめた才能への嫉妬に目がくらんだ馬鹿な奴らが、それには適わないからと、矛先を変えて攻撃してきた。じつに愚かだ。 「周囲の無粋な批評がそんなに気になるのか」 「すみません」 「いや、黒子が謝ることじゃないよ」 事実、黒子が悪い訳ではなかった。彼も、青峰が部活に姿を現さなくなってから気が滅入っているのだ。ここで責めたって何もならない。 分かってはいる。けれどどうにも、身体の内側から得体の知れない誰かが、何かが喉の奥からせり上がってきて、オレの思考を消し去る──。 「……こんなことで心を乱されては、まだダメだ」 「あ、かし、くん?」 「もっとだ。自分を消せ、感情を捨てろ。誰かに左右される心なんかお前にはいらない」 「赤司くん、何かいつもと違、」 黒子が怯えた顔をしている。そんな顔をさせたくて言った訳でなかったけれど、自分にだけ向けられるその表情に優越感を覚える。思わず笑みが漏れ出す。 「大丈夫だ、お前ならできるさ」 僕が見つけた小さな影を他の誰にも消させやしない。 2015.10.02(選手交代の時間にひとり) |