テキスト | ナノ

 黒子はバニラシェイクのストローに口をつけながら、周囲を目で追った。6人連れで、ぎゃあぎゃあと騒ぐ学生風の男たち。コーヒーを手にしながら、常にノートパソコンを離さないサラリーマン。おそらく祖母と孫の関係にある、小柄な老婦人と小さなふたりの姉妹。視界にはいる範囲だけでも、いろいろな人がそれぞれの思いを持ってそこにいる。
 黒子はそれをじっと見入ってしまっていた。
「また人間観察っスか?」
 正面から声がし、黒子は初めてハッとした。向かいの席には黄瀬がいる。ふたりは部活帰りに待ち合わせて、ファーストフード店へ入店していた。
 WCを終えると両者ともさらにバスケへ打ち込むようになった。しかも黄瀬は少しとは言え、モデルの仕事もいまだに受けている。そんな黄瀬と黒子にとってふたりで会う時間というのは、とても貴重なものだ。そんなときにぼうっとしてしまって、黒子は何だか申し訳ない気がした。
「すみません」
「謝ることなんかないっスよ。黒子っちにとって人間観察はもうクセみたいなもんなんでしょ?」
「クセ、と言えばそうかもしれませんね」
 黄瀬は黒子と共用で買ったポテトをつまみながら笑った。
「黒子っちはホントどんなときでもバスケひと筋っスよね。そういうとこマジ尊敬するっス」
 そう言いながら黄瀬は新たにポテトをつまむ。それを左右に振り、「人間観察、人間観察ねえ」と口ずさむ。黒子が、「行儀悪いですよ黄瀬くん」と注意したところで、黄瀬はパッと顔を明るくした。
「オレも人間観察して分かったことがひとつだけあるっスよ」
 黒子が途端に首を傾げる。黄瀬は得意そうに咳払いをすると、満面の笑みを見せて言った。
「黒子っちがオレのこと大好きってことっス」
 なんてね、と最後に黄瀬が冗談めかしたのは、黒子に、何バカなこと言ってるんですか、と返されるのを、予想したからだった。けれどその予想は、みごと裏切られることになる。
 しばらく目をぱちくりと瞬かせていた黒子が、次には、ふっと笑みを零した。
「よく観察できてますね、黄瀬くん」
 その瞬間、黄瀬は、熱が一気に全身を駆け抜けるのを感じた。
 いつも気のないように振る舞って、ときどき不意打ちで仕掛けてくるから、黄瀬は限りなく黒子にハマっていく。何が人間観察して分かったものか。黒子テツヤに関して、黄瀬はまだまだ修業が足りないようだった。


2015.09.25(観察対象は可愛いあの子)