テキスト | ナノ

 実はウィンターカップの開会から間もなく、ふとした縁があってボクは赤司くんと二人で話をした。
 5センチなんて身長の差は、目にはあまり分からないものだとボクの意地が主張していたけれど、いまの彼には向かい合って並ぶだけでそれ以上の威圧を感じさせられる。ボクは喉を一度小さく鳴らして口を開いた。
「前髪、ずいぶん短くしましたね」
 記憶の中の赤司くんは中学生のままだったからそれと比べて。開会式の日、階段上から現れた彼の顔はボクの位置から逆光でよく見えなかったのだ。髪型ひとつで印象がころっと変わってしまったいまさらだけれどあの時、まだ彼の前髪が切られる前、どんな顔をしていたのか見ておきたかったと思う。記憶の中の、中学生の赤司くんがそのまま少し大人びたイメージだったのだろうか。
 短くなった赤色をついつい凝視していると、赤司くんもボクと同じように自分の前髪を見上げて指先でそれをさわりと触った。
「うん、いいだろ?」
「ええ、似合ってますよ」
 頭の中に生まれたセリフを反射的に口にすれば、赤司くんがふふっと笑った。赤と鬱金色の瞳がボクを捕らえる。
「テツヤにそう言われたのは素直に嬉しいかな」
「そうですか」
「ああ。だってこれ、僕たちが出会った頃のお前にそっくりだろう」
「そうですか?」
「うん。髪がちょっと鬱陶しかったのは本当だけれど、思いの外いい感じになってくれたよ。自分でも気に入っている」
 彼の記憶の中に、彼と出会った頃のボクが存在していたということが意外だった。赤司くんは確かに頭が良くて記憶力も相当なんだろうけれど、まさかまだ他人だったあの頃のボクを印象に覚えているなんて。
 何とも言い難くてむず痒いような気持ちが胸の奥底から湧き上がっては、溶けてなくなる。そんなことを3回くらいひとりで繰り返していると、そういえば、と今度は赤司くんから口を開いた。
「そう言うお前はずいぶんと伸びたんだな、前髪」
「あっ、はい」

 そっくりでしょう?


2014.07.26(前髪が気になる年頃なの)