花が、空中でゆらゆら揺れている。黒子はそれを赤司の背中越しにぼんやりと眺めた。 よく晴れた夏の日だった。天には青と白の絵の具を混ぜてこぼしたような蒼穹が広がり、どこからか大きな入道雲が昇っている。その果てしない景色をたどって、アスファルトの道が続く。 「母に会うのはいつぶりだろう」 セミの鳴く声の合間から、赤司の呟きがぽつりと聞こえた。黒子はゆったりと赤司の横顔に目を向ける。同時に赤司がうしろを振り向く。赤司と黒子、ふたりの視線がかち合った。 「ついてきてくれてありがとう、黒子」 ふっと笑みをこぼした赤司に答えるように、夏の風が間をすり抜けていった。 赤司と黒子が目指した場所は、赤司の母が眠る墓地だった。高校も二回目の夏休み半ばとなり、赤司は京都から帰省をしている。家を遠く離れて住む彼にとって、亡き母に会うことができる機会はめっきり減った。赤司はその母と自分の特別な時間を黒子と共有してみたいと思った。それは前の冬に、はじめて敗北を知ったときからずっと思っていた。 歩く途中、近くにささやかなひまわり畑があるんだよと赤司は黒子に教えた。静かに、けれど、どこか心躍るような声音だった。 赤司の言葉どおり、しばらくするとちょうど花盛りのひまわり畑がふたりを出迎える。その向こうに墓地があり、まるであざやかな黄色い海の真ん中に浮かんでいるように見えた。 じっさいに足を踏み入れてみると、そこは穏やかな霊園だった。赤司と黒子以外に人影はない。耳を澄ませば、静寂が聞こえた。 「行こう。入り口からも、もう少し歩かないといけないんだ。そこ、段差があるから気をつけて」 腕に抱えた花束をだいじに抱えなおしながら、赤司が言う。黒子は微笑で返事をした。彼らの間には心地よい空気が流れていた。 墓碑の前にたどり着くと、ふたりはさっそく手分けして周辺を整えはじめた。 と言ってもそこは最近誰かが来たあとのようで、雑草など見あたることなく、清潔で身綺麗だった。赤司は持ってきた供花をていねいに分け、すでに先客のいる花立てに小さくスペースを作って挿した。そうしながらふと口を開く。 「はじめてオレにバスケットボールを与えたのは、母だった」 語りかけるような、ひとり言のような声だった。 「オレが小学校のバスケクラブに入ったのも、彼女が父に口添えをしたからだ。何度も、何度も、ね」 線香の匂いが不明確な形のまま天に昇っていく。 それを言ったきり、赤司は墓碑の前にしゃがんで手を合わせはじめた。黒子もその隣りで同じようにした。目を閉じれば、無の時間がじわりじわりと広がる。一瞬の暗闇に、ふたりは静かに身を委ねた。 黒子が合掌をといたとき、赤司がまた口を切る。 「父は母のことを愛していたよ。そうでなければオレは、今ごろバスケをやっていなかっただろうね。母が亡くなってから、それも父にとっての教育の道具にしかならなくなってしまったけれど」 黒子は赤司が話をする間、ずっと彼の顔を眺めていた。目が合えば、赤司は笑う。その笑みの裏にはきっと見つからないように息を殺して、殺して、彼の心の奥深くに潜む何かがある。そしてそれを完全に理解することは、容易でない。 けれども、黒子はひと呼吸を置いて、言った。 「赤司くん、キミは──寂しかったんですか?」 強い風が、木々を揺らし、ゴオッと音を立てて駆け抜けていった。 赤司はわずかに唇を震わせた。口を開きかけ、言葉は出なかった。肯定も、否定すらも出さない。それが、自分の感情をいつでも押し殺して生きてきた彼の、無言の答えだった。 それを間近で静観して、感じて黒子は思った。いつか赤司の言葉でこの質問の答えを聞きたいと、それからもう独りのままで微笑まないでほしいと、祈るように思った。 いつの間にか、セミがまた鳴きはじめている。 2015.08.13(足の下に愛が眠っている) |