テキスト | ナノ

 バスケットコートを観客席から眺める。誠凛が試合をやっていた。昨年できたばかりって言うけど、まあ、面白そうなチームよね。アタシはそう思う。
 アタシはその試合を、征ちゃんと並んで見物していた。第三クオーターも残り時間一分。隣の彼は、少し退屈そうね。肘をついて足もスラリと組んで、ただただコートを眺めているって感じ。
 あら、もう最終クオーター。引っ込んでいた選手たちが、ベンチから次々と立ち上がる。その途端、征ちゃんの目つきが変わった。第三クオーターの前に交代した『11番』がまたコートに戻ってきた。どこかで一般客が、誠凛、ひとり足りなくねえか、とか言ってるのが可笑しいわ。確かにあの影の薄さはシャレにならないけど、洛山にも同じような人がいるから、慣れたのかしらね。とにかく、征ちゃんはもうその子のことしか目に入っていないみたい。
 『11番』のパスが、あざやかな軌道をコートの上に描いていく。試合があの子を軸にして自然に流れる。あの子がボールを弾くたび、灰色の画布に彩りが与えられる。空色の細線がぽうっと浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。そんな不確かなものを捕らえたくてついつい目で追ってしまうのかもしれないわね。それが、ふつうの人間では永遠に掴むことのできないひとつの芸術作品にすら思えてくる。
「美しいだろう?」
 ふと鼓膜に響いてきた声に、ハッとさせられる。それくらい、いつの間にか魅入ってしまっていた。
 急いで声のほうを振り向く。征ちゃんが、笑っていた。その目は。まるで、その目は──。
「僕が作ったんだ」
 愛しい作品を産み出した親のようでありながら、それを無邪気に破壊しようとする子のようだった。


2015.07.29(僕だけの美術館に飾ろう)