オレは、タツヤは酒に酔わないヤツなんだって、ずっと思っていた。大学の付き合いで飲み会があるから晩ごはんがいっしょに食べられないと、申し訳なさそうに眉を寄せてはじめて言われた日、夜遅く帰ってきたタツヤは出て行ったときと何も変わらない顔色をしていた。オレはてっきり酒を飲んでくるものだと思いこんでいたから、少し拍子抜けしながら「酒、飲まなかったのか?」と聞いたら、タツヤは「飲んだよ。いいや、やっぱり飲まされたって言うほうが的確なのかな」と笑った。その後、ほんのちょっとだったけどねと付け加えたタツヤのほんのちょっとは、かなりのものだった。 タツヤは外で飲みに誘われてもいつもケロッとした顔で帰ってくる。その度にどんな酒豪だよと呆れた。でも次の瞬間には「まあそんなもんか、タツヤだし」と納得する。タツヤがベロンベロンに酔っぱらって千鳥足になっている姿なんか、オレにはぜんぜん想像できない。 だから、いま顔を赤くしながらソファーのふちにもたれかかっているタツヤは、思いのほかレアだ。 「タツヤ、マジで大丈夫かよ?」 「ああー、うん、ちょっとぼんやりする、かな」 タツヤがスラリと伸びた首をもたげて困り顔で笑う。いつもはコップに注ぎたてのミルクみたいななまっちろい首が真っ赤なのは、見ていると面白い。 「水飲むか?」 「頼むよ、タイガ」 悪いね、とタツヤが本当にばつが悪そうな目を前髪の隙間から覗かせる。側で床に座っていたオレは立ち上がってすぐにキッチンへ向かった。 たしかにタツヤは外で飲んでくると、酔わない。本人が言うにはどうにも酔えないそうだ。べつに気を張っているつもりはないが、羽目を外しきれないんだとさ。いつもクールなアイツらしい。 けれど、タツヤはオレの前でだけ酔う。そのとき人並みに顔も赤くなる。いや、肌が色白なぶん人より真っ赤に染まっているのがよく見える。タツヤのそんな様をはじめて見たときは心底驚いたもんだ。 「なんでタイガと差しで飲むといつもこうなんだろう? たぶん安心するのかな、タイガといると」 以前そう言っていたタツヤの言葉に、悪い気はしなかった。 ミネラルウォーターがなみなみになってしまったグラスに気を配りながら、オレはまたタツヤのところに戻る。 「ほら、水飲めよ」 「んっ、サンキュ」 背後から渡したのを、器用に受け取ったタツヤはひと口含んだ後、グラスを手前にあるローテーブルに置いた。オレはそれを目で追いながら、タツヤの隣に微妙に距離を開けて座る。 改めて、オレは横目でちらっとタツヤの様子をうかがった。かなり酔っている。いつも涼しそうな目元はほわんとした赤色で、白のカジュアルシャツから覗く鎖骨のくぼみまでつづいているのが見える。布におおわれたその肌に、指先で触れればしっとりと馴染むことを、オレはよく知っていた。指だけで感じるのはもったいない。自分の何もかもを全部差し出して確かめたくなる、そんな感触だ。 触れたときの、タツヤの反応まで思い出したオレは、耳の先っぽから頭のてっぺんまで、ぶわわっと熱が広がるのがわかった。これ以上熱くなるのは自分で危ない気がしたから、頭を抱えこんでタツヤから目をそらす。酔った相手を強引に押し倒すなんてまるっきりがっついているみたいで格好悪いだろ。 そわそわと心臓をくすぐられる感覚とひとりで格闘していると、ソファーに乗っかっていたケツがいきなり沈んだ。なんでと思って見れば、四つん這いになったタツヤがオレに迫ってきていた。男ふたりぶんの体重を無理に支えようとするスプリングが、ギシリと泣く。 「な、んだよ、タツヤ」 情けない声。けれどそんなことはいちいち気にしていられない。色素が薄く、とろんと垂れ下がったタツヤの目が、薄く色づいて濡れたタツヤの唇が、近づいてくる。やけにゆっくりと見える。映画なんかでよく見る、スローモーションの世界みたいだ。 「タイガ」 酒気を纏ったタツヤの吐息は耳から侵入すると、オレの脳みそを溶かしにかかる。普段から甘ったるい声をしていやがるが、いまはそれの比じゃない。とろっとろだ。 首の後ろに、線の細いタツヤの腕が絡められた。すぐにでも腰を抱き寄せたくなったが、それを実行に移せばもう歯止めはきかない。オレの手はやるせなさそうに宙の上に浮いている。 「タイガ」 今度は耳のすぐ横に顔を寄せ、声を直接流し込んできた。ちう、と耳を柔らかく吸われる。形を確認するように耳の上から下まで舌の先を滑らせると、タツヤは最後、オレの耳たぶに口づけた。 「やりたい」 「な、に」 「やりたいよ、タイガと」 首筋にぎゅっと抱きつかれて、いよいよオレは宙ぶらりんになっていた自分の手をタツヤの腰にあてがった。口のなかに溜まった息を一度吐き出して、オレは理性を捨てる覚悟を静かに決めた。 「なにをオレとやりたいんだよ、タツヤ?」 タツヤの腰をゆるゆると撫でながら答えを待つ。ソファーに押し倒す準備は、いつでもできていた。 タツヤがスッと口を開く。 「バスケ」 「……は」 「バスケ、タイガとバスケがやりたい」 「はあああっ!?」 「ダメか」 タツヤは預けていた身体をあっさり引くと、きょとんとした顔で首を傾げた。 「ダメ?」 「いや、ダメなわけじゃねえけど……」 「そう、よかった」 タツヤがふにゃりと笑う。目元が赤い。照れているわけじゃない。それは全部酒のせいだ。 拍子抜けした。用意スタートで駆けだしていった理性が、走るコースを間違えて早々に戻ってきた。そういう感じだ。タツヤを抱き寄せた手のひらで、残っていた温もりを握りしめるように、前髪をかき上げる。 「ふっ、はは」 「タイガ?」 「いや、なんでもねえよ」 オレはいっそ清々しい気分でタツヤの腕を引く。それからもう一度抱きしめると、真っ赤に染まった耳に唇を寄せた。 「I want to play basketball with you,too.」 2015.05.15(仕組まれた誘惑のゴール) ----------------------------------------- 第2テーマ〈接吻〉/耳/誘惑 この作品は黒バス企画サイト『僕は、天の邪鬼。』様へ提出させていただいたものです。前回に引きつづき、素敵な企画をありがとうございます! |