テキスト | ナノ

 からりと晴れ上がった寒空の下を、虹村はキャプテンとして、先頭に立ってどうどうと歩く。彼が帝光バスケ部で過ごす、二度目の冬が過ぎ去ろうとしていた。今日はバスケ部の一軍の試合ではなく、二軍の試合がある。虹村は普段ではあまり関わることのない二軍の部員たちを率いて歩いていた。一軍のメンバーが何人か二軍の試合に付き添うことは、無敗を誇る帝光バスケ部の理念から作られた伝統であるが、虹村自身は、キャプテンに選ばれてからずいぶんと久しいものだった。いつもの緊張感とはまた微妙に違う緊張が、虹村の全身をピリピリと駆り立たせる。
 ぶるりと肩を震わせた虹村は、ふと背後が異様なほど静かなことに気がついた。自分の肩ごしにちらあっと盗み見れば、虹村よりひとつ下の学年──片や一年生からすでに副キャプテンを任せられチームを支え、片や最近になって三軍から一軍への突然の大抜擢──というふたりが並んで虹村のすぐうしろをついて歩いている。前者の赤司も、後者の黒子もおそろしいほどずっと黙りだ。一年生の他の一軍レギュラーに比べると、ふたりともに大人しい質ではあるが、それにしても空気がどんよりと重い。その原因は見れば明らか、なんと黒子の方だった。ずっと口を半開きにした顔は締まりがなく、いまにもそこから、ゆらゆらと魂が飛び出してきそうだ。だからなのだろうか。普段からふつうではない黒子の存在感が、さらに未知なるものに、虹村には思えた。虹村は、はああーっ、と長いため息を吐いた。
「黒子」
「はっ、はひっ」
 勢い余って舌を噛んだらしい。黒子が口をもごもごと閉じる。黒子と隣り合う赤司は、視線だけでふたりの会話を追っていた。
「そんなにビビんなよ、何も取って食おうって言ってんじゃねえんだから」
「すみません……」
「まあ、試合で緊張すんのはオレも分かるし、いままで出たことなかったんならなおさらだろ? それでもオメエはこの前の試合でちゃんとチームを勝利に導いたんだ。だから、そんな心配すんな」
 ──な? 言うがはやいか虹村はもはやクセのように、黒子の額の前で用意した指を弾いた。何の抵抗もなかった額には、強烈なデコピンがビシッと音を立ててきれいにヒットした。それに満足した虹村が腕を下ろした瞬間、ドタン──ッ! 先ほどデコピンが決まったときより盛大に、黒子がその場に倒れた。とっさに腕を取っていた赤司の助けがなかったら、頭から地面へ突っこんでいたかもしれないくらい、黒子はすでに目をまわしていた。
「く、黒子!? 大丈夫かっ?」
「あ、あかしくん……らい、じょーぶ、れすー」
「いやっぜんぜん大丈夫ではないね!?」
 あの赤司が動揺してるとか面白えな、などとしばらく呆然としていた虹村も、ようやく事のしだいがつかめると、慌てて黒子に駆け寄った。いつも同級生に対してふざけて虹村がデコピンをするときも相当痛がられるが、まさか一発でノックアウトしてしまったとは!
 このとき虹村は誓ったのだ。もう決して黒子にだけは、デコピンはしない、と。


2015.04.19(その指さきに愛を乗せて)
黒子っちが虹村先輩のデコピンに一発KOだったというネタより。