テキスト | ナノ

 間延びした声が、黒ちん、とボクを呼ぶ。
「はい、これ」
 紫原くんから手渡されたのはボクが昨日お勧めした小説でした。もう読んだんですかと聞けば、だってふつーに面白かったしと返ってきました。
 紫原くんに初めて小説を貸したのは、ボクがいま手にする本よりも、何冊も前のことでした。「黒ちん黒ちんマジでヒマなんだけど何か面白いものなあい?」「それなら、この小説でも読んでみますか」「しょおせつう〜? まっ、何もないよりかはいっかあ」きっかけはこんなものです。ボクはすっかりそのときに限った話だと思っていましたが、意外なことに、紫原くんは一冊を読んでしまうと、「また面白そうなやつがあったら貸してね〜」ボクの頭を撫でながら悠々として言いました。
 ボクには紫原くんの誘いを断る理由なんてちっともありません。誰かと好きなことを分け合うのは喜ばしかったし、何より、紫原くんが、ボクの選んで貸すものをきちんと見てくれているという事実が、ボクの心をいちいち擽ったのです。

「自分から本選んで読もうとは思わないんだけど、何でか黒ちんが貸してくれるのは面白くってすぐに読んじゃうんだよねえ。ああ、そーそー、これ」
 紫原くんが差し出した大きな手のひらには飴玉とチョコレートがひとつずつ乗っています。
「本貸してくれたお礼、黒ちんにあげる」
 ボクはそろそろと手を出して、宝物のようにきらきら光るセロファン紙で包まれたお菓子をいただきました。さて、また彼にお勧めできそうな小説を、探しに行きましょうか。


2015.04.12(本に夢中なアナタに夢中)