弱火にかけたフライパンに油をひいたら、といた卵を投入。じゅわわわっと音を跳ねさせながらじんわり広がっていく黄色い水たまりをヘラでかき回していると、うしろから、とたとたとたっ、とひかえめに慌てたような足音が近づいてくる。 「黄瀬くん」 思いつめたような声に名前を呼ばれて振り向いたら、黒子っちがTシャツの袖をまくりながらオレのすぐ隣まで駆けてきた。 「おはよ、黒子っち」 「ああっ、はい、おはようございます。……あの、すみません黄瀬くん」 「うん?」 「寝坊してしまって」 今日は日曜日。オレも黒子っちもオフの日だからすこしくらい寝過ごしたって、誰も注意なんかしない。そうやってなだめたら「お休みの日はごはん作るの手伝うってボクから言い出しましたのに……」真面目な彼は、ちいさく肩を落とした。オレは、半熟とろふわで、いい感じにできあがったスクランブルエッグをふたつ皿に盛りつけてから、寝癖がついてあちこち飛び跳ねる黒子っちの髪の毛を指で撫でる。 「そう言ってもらえるのはありがたいっスけど、ほんとに手伝いなんてべつにいいのに」 けれどそれくらいじゃあ黒子っちの寝癖は直らない。勢いよくぴょんっと跳ねる髪は、朝ごはんを食べたころにはおさまっているだろう。スクランブルエッグをキッチンテーブルに並べて、まだ立ちつくしている黒子っちを椅子へうながす。 今日はまだ炊飯器をセットしていなかったから米じゃなくて食パン。トーストしたのを、黒子っちのは半分にして、のこりの半分をオレがもらった。当然、オレはちゃんともう一枚、自分の分も食べるけど。飲み物は、必殺の、インスタントコーヒー。そこに砂糖とミルクを混ぜ合わせる黒子っちは、まだすこし落ち込んでいるみたいだった。 「もぉー、黒子っちにそんな落ち込まれたら、起こさなかったオレが悪いみたいで罪悪感っスわ」 「すみません」 「ううん。それにしたって、よくやるっスね」 「何がですか」 オレは、もらった半分のほうのトーストにかじりついたあとに言った。 「だって、黒子っち。料理苦手だって自分でわかってんのにそれでもやろうとするんスもん」 「キミにばかりさせるのは悪いですから」 「オレも洗濯のことは黒子っちに任せっぱなしじゃないっスか?」 「だって、黄瀬くん。あれは酷いですよ」 スクランブルエッグを箸ですくっていた黒子っちが、くすくすと笑う。そのせいで卵はまた皿に逆戻り。でも黒子っちは、かまわず楽しそうに笑う。 「洗剤と漂白剤間違えるなんて」 「ううっ、……あっ、あれは恥ずかしかったっス」 「洗濯コースを間違えて服がすごくくしゃくしゃになったこともありましたよね」 「ほんと、スンマセンっした」 だって、実家にいたときは何も気にせず適当に洗濯機に放り込んどけば綺麗になったし、ねえ? 黒子っちと同棲し始めたころはすこしでも格好良く思われたくてオレもいろいろやったけど、しっくりクるのは料理くらいだった。黒子っちも得意料理はゆで卵だなんて言って張り切ってたけど、他をやらせるとぜんぜんダメで、何かよくわからないモノができては、よく笑っていた。 そんなだからヒツゼン的に料理はオレが、洗濯は黒子っちが、その他のことはまあふたりで、みたいな生活におさまりつつあった。でも、最近、どうしてなのか黒子っちはまた、苦手なはずの料理に挑戦するって言い始めた。どれだけ失敗しても、できないなんて言わない、諦めない。長い間忘れていたけど、黒子っちの頑固はいまにはじまったことじゃない。出会ったときからそういう人だった。 「……ああっ、なんかもう」 「黄瀬くん?」 オレの正面、黒子っちがこてんっと首を傾げる。彼のために焼いた半熟とろふわスクランブルエッグは綺麗にたいらげられていた。それを見ていると、嬉しさと、情けなさに押し潰されそうな気分になった。 昔から、もっと頑張りたい、そう思わせてくれるこの人のことがやっぱり好きだと思った。 2015.03.15(壊れた洗濯機と割れた卵)リクエスト企画『場所』 黄瀬×黒子/未来/同棲部屋 リクエストありがとうございました! |