テキスト | ナノ

 朝食を用意する母に、少し走りに行くと伝え、動きやすい服装にスニーカーを履いてドアを開ける。家の前ではオレと似た格好をしたタイガが、散歩へ出かける前の、主人を待ちわびた犬のような様子で待っていたから何だか笑ってしまった。
 オレたちは長期休暇を利用して、アメリカへ帰ってきていた。「今度、ひさしぶりに向こうに顔見せに行こうと思うんだけど」とオレが秋田から東京へ電話したら、「じゃあついでだし一緒に行くよ」と便乗したタイガと並んでロス行きの飛行機に乗ったのが昨日のことだ。
 公道をタイガと三十分ほど併走して南に下って行くと、海岸に出る。大きくはなく、昔から近くに住む人たちが散歩をしに出かけるのにちょうど良い、静かな砂浜だった。オレたちのようにランニングをする人もめずらしくはない。
「変わんねえな、ここは」
 一歩分先を走るタイガが独り言のように呟いた。
 子どものころから何度となく走ってきた景色は、色褪せることなく、記憶の中にしっかり刻み込まれている。何かにつけては競争だと言って、ふたりでわいわいと張り合っていた。この場所でもどちらが向こうまで速く走れるかなんて言って走り回った。柔らかい砂に足をとられながら、けれど、絶対に負けたくないという一心で必死に食らいついていた。最後は靴の中に細かい砂粒がぎっしり入り込んで、逆さ向けるとどっさり流れ落ちてくるのが何だか可笑しくて、ふたりで肩を寄せてどっと笑い合った。
 あの時、タイガの小さな背中が目の前に見えることが何よりオレを駆り立てていた。今もタイガに置いていかれるかもしれない不安は、すっかりとは消えない。これからもたぶん、ずっとそうして過ごしていく。けれど、どっしりと大きくなった目の前の背中を、頼もしくも思う。きっとそれで良いんだ。
 懐かしく切ない海の匂いがする。


2015.03.09(青空の記憶は兄弟だった)