テキスト | ナノ

 今日はコーチや主将との相談も、その他の用事も普段よりはやく終わった。この帝光中に入学してからというもの、赤司には、空が徐々に薄い夜色を漂わせる頃に帰宅する日の方が数えて少ない。今日がその数少ない日となった。
 しかし、どうだろうか。赤司がスクールバッグを肩にさげてひとりで校門まで向かうと、先に部室をあとにした緑間や紫原、青峰、黒子がいた。彼らはべつに赤司が来るのを待ちかまえていたわけではないらしく、このあとどこかに行かないかと相談していたのだ。「そんじゃあもうコンビニでいいんじゃね? 赤司も行くよな?」どうやらそれぞれの意見に滞っていた話を、青峰が強引にまとめた。こうしてたまたま居合わせた赤司は、強制的に、放課後の遊戯に付き合わされるのだった。
 コンビニへ向かう途中、赤司は黒子と並んで最後尾を歩いて行った。ふたりのすぐ目の前に緑間と紫原がいて、その隙間から最前を歩く青峰の背中が見える。「部室を出た時に灰崎くんも誘ったんですけど、ボクたちとは行かないって断られちゃったんです」そこで黒子が秘密話を吐露するように、赤司にこっそり聞かせた。


「あっ」突然、黒子が短い声を上げた。
「黒子、どうかしたのか?」
「いえ、あの、すみません」
 彼は恥じるように肩をすくめると、まだ暗くなりきらない空を見上げた。
「ひさしぶりに一番星を見つけたので思わず」
「ああ? どこだよ、テツ」
 さっさと先を歩いていた青峰が歩調を緩めて振り向いた。緑間と紫原も歩きながら黒子を見下げる。
「ほら、あれですよ」
 その言葉につられて赤司は空を見上げた。それは藍と紫の間くらいの落ち着いた色彩を描き、夜空と呼ぶにはまだはやい。まっすぐ差し出された黒子の指先に、たしかにひとつの小さな輝きを見つける。
「ああ、まだ輝き始めたばかりと言ったところだが本当なのだよ」
「ミドチン目悪いのにあんな小さいの見えるの?」
「メガネをかけているのだから見えるに決まっているだろう」
「じゃあメガネ取ったらー?」
「む……。それは、見えないかもしれないのだよ」
「うっそ。なんだ、お前、そんな目え悪いのか?」
「なっ! おいっ、こら、青峰! オレのメガネを返せっ! メガネで遊ぶんじゃないのだよ!」
 場はすぐに星空どころではなくなり、押し寄せる大波のように騒がしくなった。目の前に人のメガネを透かしのらりくらりとかわす青峰に、目が悪くなるぞ、と怒っているのか心配しているのかわからない声で追いかける緑間、それを他人事のように遠くで眺めながら笑っている紫原。そんな中で、赤司はいまだに空をじっと見ていた。
 今まで星を見上げる機会があったとすれば、それは赤司にとってすべて勉学のためだけだった。小学生の頃、理科の天体の授業で出された天体観察の課題は今でも彼の頭の中に記憶されているけど、あのとき見た星空に対して抱いた気持ちは忘れた。いいや、そこに自身の気持ちなどなかったのかもしれない。あったとすれば、それは、義務感だった。
 しかしいま、赤司が彼らと共有したたったひとつの小さな星を見てどうだろう。一番に見つけられたくて誰よりもひたむきに輝こうとする。そんな滑稽さが、健気で愛おしくはないだろうか。
「賑やかになりましたね」
 黒子はあいかわらず赤司の隣にいた。だんだんと深まっていく夜の中にいつもの笑顔を浮かばせて、語りかけるみたいにそう言う。赤司は、もう一度空を見上げた。そしてその景色を体の中に取り込むように呼吸をすると、ふっと笑いかけた。
「ああ、そうだな」


2015.03.08(いちばんぼし見いつけた)