テキスト | ナノ

「ウィンターカップの決勝戦。大ちゃん、テツくんたちの試合見て、泣いたんだ」
 小さな花が綻ぶような顔で、桃井は言った。黒子はすこしだけ目を丸くしたが、それはすぐに興味へとすり替わった。黒子が口元をゆるめることで、言葉の先を待つと、桃井もつられるように笑みを深くして、つづけた。
「私もアイツがどうして泣いたかなんて、本当の理由は分からない。でもね、テツくんの名前を呼んだのは聞こえたよ。大ちゃんはあのときテツくんを思いながら涙を流したのよ、きっと」
 なんてね、と締めくくった桃井の声は、ぽわん、ぽわんと楽しそうに弾んでいた。黒子は、自らがまだ中学生だったころのことを頭に思い起こした。
 体育館を飛び出した青峰を必死に追いかけた、あのとき。雨に打たれた青峰の頬につうっと伝わり落ちるひと筋の涙があった。彼のあの涙は、おそらくひとりで薄暗い一本道をえんえんと這っていくような、堪らない絶望だった。ならば今回は、どのような気持ちで涙を地に落としたと言うのだろうか。
 しかし黒子は真実を知ろうとは思わなかった。彼は、心の中でただ祈った。それが青峰くんにとって今度こそ苦しいものになりませんように。


2015.02.04(男が泣いたほんとうの訳)