テキスト | ナノ

「おー、けっこう人いんだな」
 夏の休日。電車をいくつか乗り継いだ先の地域で開催される祭りに青峰と黒子は足を運んでいた。ふだんはそろって自分たちの恋愛事にてきとうなふたりにしては、よほど進んだデートだった。
「何か食おうぜ」
「何食べます?」
「焼きそばイカ焼きたこ焼き唐揚げポテト」
「またそんなに……」
 青峰の言うとおり周りには食べ物の屋台がたくさん出ていて、かしこから食欲を刺激する匂いが漂っている。とりあえず目にしたものを片っ端から羅列していく青峰には呆れつつ、けれど黒子の表情は楽しげだ。
 祭りは人で溢れ返っている。前も後ろも横も人の波、波、波。周りより頭ひとつ飛び出る青峰に比べて平均的な身長の黒子の視界には人しか映らない。おまけに昔から彼の一番の特徴である影の薄さも変わらず、先ほどから人にぶつかりまくられるので「大丈夫かよ」と青峰が言うのに黒子は少しだけ頬を膨らませた。その様子に青峰はケラケラと笑う。それでさらに黒子がむうっと唇を尖らせると、青峰は自身の手で黒子の手を掬い取った。
「青峰くん」
「だーいじょうぶだって、こんだけ人いたら誰も気づかねぇよ」
 大きな手が小さな手をそっと包み込む。何と言っていても、青峰の無邪気で悪戯な笑みを見せられたら黒子は許してしまえるのだ。仕方ないですねと溜め息を吐いて、繋がれた青峰の手を少しだけ握り返した黒子の顔にはほんのりと笑みが浮かんでいた。


2012.10.16(夏祭りのちいさなヒミツ)