テキスト | ナノ

 暗がりの窓の外に、雨の音を聞く。明け方のことだった。日中は太陽さんさんと猛暑続く日々ばかりのなか、まさに恵みとなるのだろう。
 黒子が目を醒ます。ベッドに横向きに身体を沈めたまま、ぼんやりとした視界の先に鮮やかな赤色が見える。その銀朱の澄んだ双眸をまっすぐに向けられると、吸い込まれてはもう帰って来られない気さえする。すべてを支配されるようなその瞳が恐ろしいのに、ずっと見つめていたくなる。綺麗。そういう言葉こそが真実だ。黒子は唇を薄く開き、ぽかんとした様子ですぐ側にあるそれを見ていた。すると見つめる先からふと手が伸びてくる。黒子が動かずいると、手は黒子の髪や頬を撫でた。擽ったさと気持ちの良さに黒子が目を細くすると、銀朱も同じく笑った。彼の━━赤司の形良い唇がゆったり動く。
「おはよう」
「おはようございます」
「よく眠っていたな、黒子」
「いつから起きてたんですか?」
「ちょうどさっきだよ」
 そうは言っても赤司のことだから、もうだいぶ前に起きていて黒子の寝ているところをずっと見ていたのでないだろうか。何となくそんな予感がして、黒子はいきなり恥ずかしさに襲われ、やっと赤司の目から視線を外した。それを合図に、赤司は身体を起き上がらせると黒子の側を離れる。
 下着を纏っただけで半裸のままの胸板は日に焼けず白く、バスケで鍛え引き締まった筋肉ひとつひとつの繊細な流動をしなやかに見せる。黒子はベッドに横たわりながらまた彼に見とれた。あの腕が自分を抱き、何度も名前を呼んだり呼ばれたりしてゆっくりと、しかし激しく、深く、まぐわった昨夜の出来事がふと思い出され、こっそりと熱い息を吐く。
 黒子が羞恥を紛らせるため、身悶え、視線を宙にふらふらさ迷わせる間、赤司がこちらに背を向けてベッドの縁へ腰かける。そのときだ。黒子はそれを目視するや否や、もうシーツを蹴飛ばす勢いで飛び起きた。
「あっ、あああ、赤司くん!」
「ん? どうかしたか?」
「キミ、それって」
「ああ」
 黒子の慌てっぷりにも関わらずに、静かに答えた赤司は、自分の肩に手を回して肩甲骨の上の辺りを指先でするりとなぞる。そこにはいくつかの赤い線が走り、細かい傷口からはほんの少し血の滲んだ痕もある。乳白色の肌に浮かび上がる赤が生々しい。いつも他人の前に立つことを当たり前に強いられ、誰よりも気を締めている彼が自ら傷を作るところを黒子は見たことがない。それに、昨日ふたりでベッドに入る前まで確かに赤司の肌はつるりと美しく、そうとすれば彼の引っ掻き傷は、他ならない自分が原因なのではないかと黒子には容易に考えられた。
「すみません、赤司くんにこんな傷つけるなんて」
「こんなくらい大したことない。それに、オレも起きたら黒子に謝ろうと思ったことがある」
「キミが?」
「昨日はいつもより激しく抱いてしまったからな」
 身体は問題ないかと、赤司が柔らかく黒子に笑いかける。自分の失態にわなわなと震える手に手を重ねられ、彼の温度を身に知れば、黒子も綻びる花のようにあたたかい笑顔を見せた。
 赤司が目元を緩めて口を開く。
「正直に打ち明けると、嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「ああ、お前につけられた傷が。こんなこと、黒子以外の誰にも絶対許しはしない。これはお前がオレのものだという証だ」
 赤色の双眸が、黒子を射抜く。ただ真っ直ぐに。やはりこの瞳に見つめられると、すべてを支配されるようで恐ろしいのだ。けれど、きっとこれからもずっと、黒子だけはこの銀朱から目を反らさない。


2019.08.16(貴方の瞳って硝子みたい)