テキスト | ナノ

「それにしても本当にそっくりなんだな」
 そう言って、赤司は口元に指を添え、くすくすと笑う。その視線の先でぱちくりと瞬く大きな空色の瞳が、一対、ではなく、二対。上から順に黒子テツヤと、その腕に抱かれてハッ、ハッ、ハッと愛らしい小さな舌を覗かせる小型犬、テツヤ2号の、瓜ふたつな瞳が、そろって赤司を見つめる。目を真ん丸にして不思議そうな表情まで似ている。それを見て赤司はさらに口元を緩ませた。
 五月の大型連休を利用して、赤司は東京に帰っていた。今年はさまざまな催しが折り重なって最長で十連休になるのだとはやくからテレビで騒がれていたが、洛山高校男子バスケ部の練習日はその半分以上にもうけられており、赤司がこちらにいられるのは一日半程度のことだ。赤司はわずかな時間を惜しみなく黒子テツヤのためだけに使った。
 ずっと会いたかった。顔を見て、すぐ側で声を聞いて、笑って、柔らかく触れたかった。
 集合場所にやって来た黒子の腕のなかには、テツヤ2号がいた。今日は自分がこの子のお世話係なのだと、黒子は少し誇らしげな声で言う。小さくて可愛い同伴者を赤司はそっと受け入れた。その日はそれまで降り続いた雨の休息日となって空はすっきりと晴れ上がり、かくしてふたりは、旧アーケードのなかをゆっくりと眺めて回ったり、河川敷で芝生に腰を落ち着け、テツヤ2号が草花や蝶々と元気に戯れるのを目にしながら、会わなかった日々のことやいま胸のなかに抱える気持ちなんかを話し続けた。
途中で屋外のバスケコートに寄ることも忘れずに。
 その帰り道。日も暮れて高い位置で徐々に星が瞬きはじめた頃、赤司は黒子と、再びその腕に抱き上げられたテツヤ2号を見比べ、そっくりだと言ったのだ。
「そうでしょうか?」
「ああ、本当に黒子がふたりいるみたいだ。健勝な様子で、エネルギーに満ち溢れていて、おまけにどうやら賢いこともよく分かる。周りの人たちに大切にされているんだな」
 赤司がそう言ったら、自分が褒められているのだと分かったかのように、テツヤ2号は丸っこい大きな瞳でゆっくりと瞬く。その誇らしげな顔。
「実を言うとオレはあんまり犬が得意じゃなかったんだが」
「えっ、ボク、それ初耳です」
 赤司はふふっと笑う。
「誰にも言わなかった。黒子がはじめてだ。まあ正確には、言うことを聞かない犬が好きじゃないんだけれど、この子は気に入った」
「嬉しいです。赤司くんが2号を好きになってくれたのも、またひとつキミのことを知れたのも」
 そうしてふたりは顔を寄せて笑い合った。黒子がテツヤ2号の頭の上に優しく手を乗せると、彼はくうんと甘えた声を出し、その手にじゃれた。
「なあ、黒子」
「はい」
「2号、オレが連れて帰ってもいいか?」
「それはダメです」
「ふっ、即答だな」
 なんて穏やかな時間。けれど、もうすぐ終わってしまう。赤司はもうひとつだけ、はじめて言うことを話す。
「本当にオレが一緒に連れて帰りたいのは、黒子テツヤだ」
 ふと、隣を並んで歩いていた黒子の足がぴたりと止まる。赤司は少しだけ先に進んだところから振り返った。黒子はほんの一瞬だけ、甘く痺れたように顔をくしゃっとさせた。いつの間にか夜空に散り広まったたくさんの星が、彼の瞳の奥をキラキラ波打たせる。でも次のときにはもういつも通り、強い意志をありったけ詰め込んで輝きを増していく空色の双眸が、静かに佇んで、赤司を見つめた。
「ボクはここに大好きで大切なバスケ部の仲間がいるので、キミと一緒には行けないんです」
 そう言って黒子はいま立っている大地を強く踏みしめた。赤司は肩の力をそっと緩ませる。
「黒子はそう言うと思っていたよ」
 赤司がゆっくり手を差し出すと、黒子はためらいなく自分の手を重ねた。足元が不安定になって抱き直されたテツヤ2号が、黒子を仰ぎ見る。すみません2号、と謝られれば、わんわん、とふたつ吠えてみせた。
 夜の静寂が響く道を、赤司と黒子は手を繋いだまま歩く。
「赤司くん」
「ああ」
「いつかまた京都へ会いに行ってもいいですか?」
「ああ、大歓迎だよ」
 重ねた手を力強くぎゅっと握ったのは、赤司か黒子のどちらだったのか。その感触はいつまでも柔らかくて、人肌が温かい。


2019.05.10(新たな光の芽生えるとき)