その日の午後は、緑間は諸用で外出し、黒子は家でひとり過ごすことになっていた。 緑間が到着時間のきっかり五分前に目的地へ着くように玄関を出ようとすると、黒子がリビングからひょこっと顔を出した。 「ニュースで言ってましたが、今日はこれから雨が降るそうですよ」 それを聞いた緑間は黒子の背後に透ける窓の外を仏頂面で見やる。外は、ちょうど春から夏に移ろい変わろうとする日差しで満たされているようで、屋内からでもとても雨の降る気配を感じない。だから緑間はそのまま応えることにした。 「まるで雨が降るようには見えないのだよ」 「でも、テレビで言ってました」 沈黙。緑間は少し考える素振りをした後、やはり首を左に傾げた。 「それでお前は、どうしようと言うのだよ」 「傘を持って行ってくださいね」 沈黙。緑間は少し考える素振りをした後、今度は首を右に傾げた。 「さっきも言っただろう、今日はまるで雨が降るようには見えない。よって、傘は必要でない」 「でも、もしも天気予報の通りに雨が降ったら、キミは途中でずぶ濡れになってしまうかもしれませんよ? だから傘は必要なんです」 沈黙。まったくどうしてこんなにも頑固なのであろうか。傘立てに二本あるうち、紺色の大振りな方の傘を何も言わずスッと差し出してくる黒子を、少しだけ憎たらしげに睨み下げる。 意志の強く大きな空色の瞳は、ただただ真っ直ぐに緑間を射抜く。中学、高校と分かち合った日々のなかで、何ひとつ変わらなかったその目が緑間は嫌いではなかった。好きだ。それが誰かのためであるのなら、諦めることを知らない黒子という男をどうしようもなく愛している。 緑間はこの問答の終着をあらかじめ知っていた気がする。だって黒子が自分に心を砕く優しさに、どうしても手を伸ばさずにはいられないのだから。 結局のところ、玄関を出てエレベーターに乗ってマンション前の路地を歩いて通りへ抜けるとき、緑間の手中には傘があった。背高いビルの間から見える空を仰いでも、やはり雨の匂いは遠いようだ。 2019.05.05(晴れ渡る空と私と、傘と) |