テキスト | ナノ

 朝。
 丞は目を覚ましてベッドから起き上がると、ロフトの階段を危なげなく下りていく。時刻は午前五時を指している。いつもと変わらず、見慣れた時間。それから着ていたスウェットを豪快に脱ぎ捨てて、筋肉の引き締まった上半身をひやりとした部屋の空気に晒したら、すぐランニングウェアに袖を通す。ここまでかかった時間、僅か六分。そこで、頭上からロフトベッドのギシッと小さく軋む音を捉えた。
「ん、んう、たすく?」
 眠気をようやく堪えたか細い声は、この部屋の、もうひとりの住人だ。いまは所属する劇団の寮でふたり部屋を与えられているが、もともとの幼馴染みである紬が朝にめっぽう弱いことを丞はよく知っている。
「紬、悪い、起こした」
 顔は見ずに続ける。
「俺はランニング行ってくる。お前は早いからまだ寝てて良い。でも少ししたら適当に目を覚ましておけよ」
 きっと返事はない。そのつもりで背中を向けた。しかしもう一度、丞、と今度ははっきり呼ばれた。
「お芝居するときは、俺も一緒なんだからね、置いて行っちゃ、ダメだよ」
 顔は見えていない。けれど、よほど大きい寝言だなと思った。寝ている相手だと分かりながら、丞はついにと吹き出した。
「ハッ、置いてなんて行かないさ」
 そして扉の前で立ち止まる。背中を振り向けば、いつも紬が世話をする観葉植物たちが、薄暗がりのなかで、今日もさやけく葉を垂れさせていた。
 そんな朝。


2019.03.05(すべての朝を待っている)