今年の誕生日プレゼントは何がいいですか、と聞かれたのはたしか三日前のことだ。べつにそんなのいらねえよ、と答えようとしたら、いらないはなしですからね、あと何でもいいも困るのでやめてくださいよ、と先の先まで言われてしまった。 だったらもう言わなくたって、自分が何を欲しがるのか、そいつはわかっているのだろう。慈愛に満ちたようでいて実は意地の悪さが見え隠れする笑みを浮かべた確信犯。そうに決まっている。青峰は小さく舌打ちをして、口をひん曲げながら、毎年と同じように「バスケ」とだけ呟くのだった。 そして今日、八月三十一日。青峰はバスケを思う存分やり終え、もう陽の傾きかけるなか、帰途についていた。となりには、青峰に誕生日プレゼントをせがませた張本人━━黒子テツヤがいる。先のストバスには黄瀬や火神なんかも参加していたけれど、彼らとはその場で別れ、帰り道は青峰と黒子のふたりきりだ。 「ちゃんとキミの望むとおりのプレゼントになりましたか?」 ふと、黒子がそんなふうに聞いてきた。黒子の大きな瞳が夕陽に反射してきらめいている。まるで、穏やかにさざ波を打つ海が小さく閉じ込められているようだ。青峰はその眩しさから逃げるように目をそらして、ぼそりと答えた。 「……まあまあ、だな」 「それはよかったです」 黒子はきっと三日前と同じ顔をしていただろう。 それからとくに会話もなくショッピングタウンに差しかかった頃、あ、と黒子が静かに声を上げた。何だと思って彼の視線の先を見れば、ケーキ屋のようだった。店の大きな窓から透明なガラスケースにきちんと並べられたケーキなんかが見える。 「いままでこんなところにありませんでしたよね、新しくできたんでしょうか」 「そうなんじゃねえの」 ふたりの間に妙な沈黙が落ちる。黒子は店をじいいっと見入るばかりでその場から動こうとしない。青峰がしびれを切らして呼びかけようとしたとき、ようやく黒子は口をひらいた。 「せっかくなので寄っていきませんか?」 黒子の瞳がまた輝き始める。マジバに行ってもいつも塩気のあるものには目も向けず、バニラシェイクばかりをたのむ彼のことだ。甘いもの好きの血が騒いでいるのだろう。けれど青峰はそれをわかっていて、焦らしてやる。 「あ? 何でそうなんだよ」 「誕生日と言ったらケーキを食べないと、ですよ。ボクが奢りますから」 「お前からの誕プレはバスケじゃなかったのかよ」 「それはそれですよ」 しれっとした顔で、親をなんとか説得して新しい玩具を手に入れようとする子どものようなしつこさを発揮する。まるであべこべな黒子の様子に、青峰は顔をこれ以上ないくらいにやつかせた。 「青峰くん」 いまにも胸のなかで何かがはち切れそうな声音で自分を呼ぶ黒子が可笑しくて、べつだん甘いものに興味はなかったが、青峰はしかたなしに折れてやることにした。 ドアの上に取りつけられたベルのカランカランと鳴る音に招かれて、入店する。一歩足を踏み入れると、肺のなかにまで甘い匂いが遠慮なく侵入してくる。青峰はもうそれだけで腹が膨れそうだったが、黒子は迷わずズンズンとショーケースに進み行く。 「ほら、青峰くん。どれも美味しそうですよ」 どれにしますか、とめずらしく興奮するように話す黒子のすぐ横に青峰は並ぶ。 「どれも甘そうだ」 「ケーキですから」 「オレは何でもいいから、テツ、お前選べよ」 「いいんですか?」 では、と言い、黒子はショーケースの端から順に品定めを始める。青峰ものんびりそれに付き添う。 「青峰くんはやっぱり……チョコレートケーキがいいでしょうか……」 「おいっ、お前それオレのどこ見て言ってんだ?」 青峰は顎の先の肌を擦りながら、ちょっと腹を立てて言った。けれど黒子は知らぬ顔で手を打った。 「ふふっ、そうですね、決めました。ボクのぶんはチョコレートケーキにします」 そう楽しそうに話す黒子だって、店内の明るいライトに照らされる肌は、まるで出来立てのショートケーキのように白いじゃないか。そう考えたら本当に黒子の肌が甘ったるいホイップクリームのように思えて、青峰は口のなかに溜まる唾をごくりと飲み込んだ。いまにも黒子の頬や首筋やいろいろなところに噛みつきたくなったが、その衝動を抑えるために前言を撤回して、自分で、あの白くて、てらてらと輝く綺麗なショートケーキを注文した。 2016.08.31(甘いモノには目がなくて) |