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 キセキの世代。誰が最初に言ったか、帝光中の五人の天才は、周囲からの尊敬と期待の上にそう呼ばれたはずだった。彼らがバスケの試合で活躍すればするほどその名は大きくなり、やがて酸素を取り込みすぎた風船のように嫌な音を立て破裂した。
 キセキの世代。いまやその名につきまとうのは、人の嫉妬や畏怖などという薄暗い感情のみだ。
 緑間は一軍レギュラーとして二軍の試合に同行するべく移動する部員たちの先頭を歩いている。隣には、黒子がいる。
 その表情にわずかな翳りを見る。原因はおそらく青峰だろう。学校を出る前、今日も青峰が無断で休んでいるのだと赤司が言っていた。黒子はきっと、それを気にしているのに違いない。ごく最近、突如として才能を開花させ、変わってしまったチームメイトのことを深く思っているのだ。
 今日の試合校の体育館へ着いた。監督のあとから足を踏み入れると、緑間は異様な静けさに迎えられた。かまわず進み行けば注がれる冷めた視線。その中心にいるのが自分であることに、すぐに気がついた。
「おい、アイツ」
「ああ、キセキの世代の緑間真太郎だぜ」
「こりゃあ今日も勝てっこないよ。何しろアイツらみんな、『化け物』だからな」
 嫌悪にまみれた言葉の数々が耳のなかにするりと流れてくる。緑間はしばらく何も聞こえない振りをして前を見て歩いていたが、いつまでも鳴り止まない雑音に嫌気がさし、やがて顔を反らし、目を閉じた。
 気にすることなど何ひとつない。わかっている。わかっているが、終わりの見えない人間の悪意に、呆れとやるせなさとが押し寄せる。
 そのとき、左手の甲に、人の体温がトンッと当たるのを感じた。まるで身体中に電撃が走ったような気までして、反射的に目を開ける。
 視界の端に映ったのは。
「黒子……」
 その背中だ。身体を少し斜めにして緑間に背を見せるようにし、知らない顔でどこかを眺めている。心なしかふたりの距離が狭まった。歩きづらさすらある。しかし、その不自然さを、黒子は崩そうとしない。
 いったいなぜこんな歩き方をしている? 訝しさに眼鏡の奥で目を細め、あるひとつの考えにいたったとき、緑間ははっきりと目を見開いた。
 もしかしたら黒子は、緑間をかばっているのではないだろうか。バカバカしい周囲の言葉や視線から緑間を、小さな背中の裏に隠しているつもりなのだろうか。守っているつもりなのだろうか。
 実に心外だ。緑間が、周りの評価によって、心を塞いでしまうとでも思ったのか。心外だ。
 緑間は少しだけこそっと腹を立てたが、バカだと言って黒子を突き放さないのは、ときどきぶつかる黒子の手がきっと温かいからだ。


2016.07.15(たとえば君が傷ついたら)