テキスト | ナノ

※第11Q捏造


 オレは黒子っちと一緒に、学校近くの公園に来ている。春の日の夕暮れどき。辺りには自分が赤い海の底に取り残されたような夕焼けが広がっていた。
 その中心でオレが足を止めると黒子っちも足を止める。重たいつま先を中途半端に返して、黒子っちと向き合った。お互い違う学校の制服とジャージを着込んでいる。
「怪我、大丈夫っスか?」
「はい、大丈夫です」
 オレは顔を上げて黒子っちの頭に何重にも巻かれている真っ白い包帯を見た。その気がなかったとは言え、それはたしかにオレがつけた傷だった。
「あのときはオレ、負けたくないってそれだけで、周りがぜんぜん見えなくて本当にわざとじゃ……」
「はい、分かってますよ。負けるのは嫌だって思うことは、誰もが持ってるふつうの気持ちですから」
「ふつうの」
 黒子っちの言葉を繰り返して、オレはぐっと唇を噛み締めた。
 彼の頬を打った感触とか細く小さな身体が体育館の床に倒れるところを鮮明に思い出す。オレは瞬時に動けなくて、オレの知らない奴らが黒子っちに、「大丈夫か、大丈夫か」って駆け寄るのを、コートの反面で傍観していた。そのときオレの近くにいたのはオレと同じユニフォームを着た人たちだった。もう昔とは違うことを、無言のまま突きつけられた気分だった。
 オレはガバッと黒子っちに向けて頭を下げる。
「ごめん、ホントにごめん、黒子っち。オレのこと嫌いにならないで。離れていかないで。黒子っちに許してもらえるならオレは、何だってやるっス」
 同じ場所に無条件にいられたあの頃とはもう違うんだ。望んでないのに、自分のどうにもならないところで誰かとの関係が変化しつつあるとき、何でもいい、ひとつでもいいから、理由を探して必死に繋ぎ止めようとする。それがこんなにも恐いことだってはじめて知った。
 許してほしいって口に出して願うのはオレの知っている黒子っちならばすぐに笑って許してくれるから。けれど、もうそれも手遅れだったらどうしようか。続く沈黙が永遠のように感じた。
「黄瀬くん、顔を上げてください」
 無意識に肩がびくつく。ぎゅっと目をつぶりながら、なんだか格好悪いな、とか思ったけれど、どうでもよかった。
 オレは言われたとおりに顔を上げる。目に映ったのは、真っ赤な夕日と、黒子っちの笑顔だった。
「そんなことでボクは誰かを嫌ったりしません。あれは完全に事故だったわけですし、黄瀬くんだけのせいじゃなかったんです。だからボクは何とも思ってませんよ。けれども、そうですね。何でもいいと言うのなら、君はこれからもバスケを好きでいてください。ボクの願いはゆいいつこれだけです」
 最後まではっきりと言い切った黒子っちの微笑みは頼もしいものだった。許すことと約束を与えることを当たり前のように同時にやってしまえるのだから、やっぱりこの人はすごいと思う。
 次にオレは口を開く。そう言ってくれた黒子っちのために、そして、これからのオレ自身のために、答えなんてたったひとつで十分だ。オレはバスケを好きでいたい。それだけで十分だ。


2014.10.03(繋がりを守る未来の約束)