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「すみません、プロシュート」
「かまわねぇよ」
俺は今、ナマエと2人で街へ繰り出している。
目的は散髪だ。
さすがに女の髪を散髪素人の野郎どもが切るのは控えるべきということで、今日特に予定のなかった俺に白羽の矢が立った。
「ああ、でも緊張します!美容院って初めてで……」
「は、はじめて?」
耳を疑った。
見た目はどうであれ、年齢的には成人女性が美容院に行ったことないってのは相当オカシイ。
「同世代の皆さんは行ってますよね……。私、家で禁止されてたんです。だから知識は全部本からで……すみません、世間知らずで」
「いや……色々あるんだな」
「そうですね、みなさんに教えていただける外の事、全部が全部新しいので楽しいです」
「そいつは良かったな」
乱暴に頭を撫でてやれば嬉しそうに笑った。
そうだ。この笑顔だ。
純粋すぎるこの笑顔だ。
これが俺の感覚を狂わせる。そのくせもっと笑って欲しいと感じる。
「プロシュート?」
「あ?ああ……なんでもねぇよ。もうすぐで着く」
「はい!」
俺の行きつけの美容院に行けば、毎度のごとく女達が押し寄せる。
暗殺者に媚びへつらおうが結局利用されるだけで終わるのに、せいぜい一夜性の捌け口として利用されるだけなのに、馬鹿なやつらだ。
「プロシュート!待ってたわよ!あら?どなた?」
「え、いや……妹ってーかなんていうか…、まあ今んとこそんなもんか。日本から来た知り合いでな、一緒に暮らすことになったんだ。こいつ、仕事が忙しくて全然散髪に行けなかったらしくてな、連れてきた」
「ふぅん」
疑い深そうにナマエを半ば睨みつけると、店員のひとりが席へ案内した。
するとナマエは苦笑しながら声を発した。
「別に嫌なら貴女に切っていただかなくてもいいですよ、そこでマネキンの髪の毛切ってる彼とかダメですか?」
「え!?彼は見習いよ!?」
ナマエの提案に、さすがに女達が動揺する。
ここの店は女が多く、男は肩身が狭い。逆を言えば客は男が多い。
店の隅でカット練習をしていた少年を指名し、相変わらずナマエは笑っていた。
「失敗とかそういうの気にせず切っていただけませんか?お金は払いますので」
年齢はペッシと同じくらいだろうか。
少年は慌ててナマエの元に駆け寄った。
多少腹が立たんこともないが、ナマエが決めたことだ。
「ねえプロシュートは切っていかないの?」
先程までナマエをカットする予定だった店員が声をかけてきた。
「いや、俺はいい。彼女の様子を見てるからな」
そういってナマエのカットの様子がよく見えるところへと腰を下ろした。
そしてカットが始まった。
不安だったのは本当に最初だけだった。
見る見るうちに伸び放題だった黒髪は長さを腰下から肩下あたりまで、前髪も綺麗に不自然なく揃えられ、少し梳いたのかボリュームもいい意味でダウンしていた。
ナマエも大満足のようで、しきりに少年に礼を言っていたし、俺はなんとなく気分がよくなったのでカット代を出し、チップを上乗せした。
ナマエにはだいぶと止められたが知らん。男が払うと言ったら払うんだ。
オイルも塗ってもらったようで、より艶やかで軽い髪にナマエは何度も手ぐしを通していた。
「すごいですプロシュート!すごくサラサラ!どうですか?似合いますか?」
「ああ、似合うな」
「はあーよかったです!」
心から嬉しそうにナマエは笑った。
こいつは、よく笑う。
「そうだ、外で食べてくるって言ったんだったな。なにか食べたいもんあるか?」
「えーっと……実は昨日雑誌で見たお店に……」
そういってポケットからメモを取り出した。抜かりないやつだ。
「なるほど、ここなら歩いてすぐだな」
「本当ですか?やったぁ!食べたかったんですよ!パスタ!」
「そうかよ」
「あ、もしかしてプロシュートはパスタ嫌いですか?」
「いや、嫌いじゃねぇよ。少なくともお前が作るパスタは絶品だな」
そう褒めてやると顔を真っ赤にして照れながら喜んだ。
なんなんだよ、いちいち。
……そういえば
「ナマエ」
「なんです……わ!」
名前を呼び、振り向いたところを写真に収めた。
「ふ、不意打ちです!」
「そうか?まあ綺麗に撮れてるからいいだろ」
「そういう問題ではないのですが……」
「気にすんなよ。ほらいくぞ」
そう言ってナマエの手を取る。
それに関してナマエはさほど気にすることなく“はい”と返事してついてきた。
「あのう、プロシュート」
「……」
「めっちゃ後つけられてますけど」
「ああ……」
さっきの美容院の女だ。
どうやら俺とナマエが気になり後をつけてきたらしい。
手をつないでたわけだからな。
素知らぬふりしてまいてやろうと思ったがナマエが気づいた。
嬉しそうにボンゴレビアンコを口に運びながら飄々と言ってきたのだ。
「どうしますか?ばらばらで行動するならそれに従います。彼女をまいてからアパートメントで合流でも構いませんよ」
「……随分、慣れているな」
「……そうですね、慣れてるかもしれません。彼女は私とプロシュートを気にしての行動ですし、離れた方が楽にまけるかと」
「その必要は無い」
「へ?」
俺は席を立ち、女の元へ向かった。
女は焦ったように目線を泳がせた。
「あ、あのプロシュート、あの女は……」
「見ての通り俺の女だ。わかったらさっさと帰れ」
「ッ!!!」
酷く顔を歪め、女はナマエを睨むと店を立ち去った。
「帰りましたね、なんて言ったんですか?」
「?聞こえてなかったのか?」
「ああ、なんか、声かけられてたので聞き逃しました」
「なっそいつはどこに」
「あー、どっか行きましたよ。すみません、彼と来ているのでってプロシュートのこと使っちゃいました」
「!」
「迷惑でしたよね?ごめんなさい」
「い、いや、俺も同じようなこと言ったから気にすんな」
「そうなんですね、嘘も方便ですねー」
“嘘”
確かにそうだ。俺達は恋人同士じゃあない。
ナマエは気がつけばパスタを食べ終わり、満足そうに笑っていた。
「とても美味しかったです。今度家でも挑戦してみますね」
「ああ」
“家”
それは俺達のアパルトメントの話をしているのだろう。
「……なあナマエ」
「はい?」
「おめーは、不安じゃねぇのか?殆ど外に出なかったお前が突然見ず知らずの土地に来て、変な男達と住むことになって」
「……」
ナマエはひどく驚いたように俺を見つめた。深紅と紫暗の瞳が俺を射抜く。
「いえ、その……変かも知れませんがそういう風に感じたことはありません。リゾットさんは、見た目は強面で体も大きいですが、とても優しい方です。ペッシくんも、年齢的なものがあって成熟しきってませんし、とても弱いです。芯は強そうですけど。他の皆さんはまだゆっくり話したことはありませんが、少なくとも日本にいた時、私と住んでいた人たちとは比べ物にならないくらい素敵な方々です」
満面の笑みで俺を見つめ返す。
こいつにとって故郷にあたる日本でなにがあったのだろうか。
切りたての髪が優しく揺れた。
「……そういえば、さっきなんで見習いに切らせたんだ?」
「髪ですか?…ふふ、見てなかったんですか?彼、ずっと隅で練習していて、マネキン相手なのにすごく手つきも優しくて目も真剣でした。少なくとも“ミス”で耳たぶくらい切ってきそうな女性には切られたくないです」
ブラックのまま珈琲を口に運ぶ。
こいつは、周りを見ている、異常なほどに。
無意識なんだろうが、常に警戒をしている。
20そこそこの女が何故そこまで、という疑問とともに俺は腕を伸ばし、切りたての髪を乱暴に撫でた。
「ひぇえ、プロシュート、セットが乱れますぅうあ」
「うるせぇ、撫でさせろ」
「ああう…」
そういいながら嬉しそうに頬を染める顔を見て、胸にこみ上げてくる変な気持ちに困惑する。
昨日会ったばかりの子どもに、こんな。
「ねえプロシュート」
「なんだ?」
「一緒に帰ってくださるんですよね?」
「当たり前だろ」
「へへ」
何が嬉しいのだろうか。
ただ、喜ぶってんならいいか。
さっさと会計を済ますと財布を持って俺に猛抗議してきた。
なんだ、いちいち。
「美容院も払っていただいたのにお昼まで!!!いけません!!」
「いいんだよ」
「よくないです!!何かお礼をさせてください!!」
「何か、ねぇ…」
俺の心の奥に芽生えた気持ちがなんなのか、知らないふりをして言葉を続けた。
「じゃあキスしろよ、俺に」
「キッ!?」
「頬でいいからよ」
「えぇ…」
眉をハの字にして見つめてくる顔がなんともいえない気分にさせる。
背の低いナマエのために屈んでやると、観念したように唇を頬に近づけてきた。
とても柔らかい感覚が俺の頬に当たる。
「どうでしょうか…」
顔を真っ赤にする様子を見ると、もっと“意地悪”をしてやりたくなるが、そこはぐっと我慢する。
「上出来だ」
ぐしゃりと頭をなでると嬉しそうに笑った。
「…まあキスなんて挨拶みたいなもんだからな。」
慣れろ、というとナマエは少し考えて、“はい!”と返事した。
「じゃあ帰るぞ」
「はい!」
俺が手を差し出せばなんのためらいもなくつないでくるので逆に驚く。
だが、まあ悪い気はしないのでそのまま家路へ着いた。
アパルトメントにつくと、ほこりだらけのメローネが飛び出し、ナマエを抱きしめた。
「おかえりぃー!待ってたよ!!プロシュートになにもされなかった?」
「ただいま帰りましたメローネ。なにもされてませんよ〜」
「良かった!ってか似合ってるねその髪型!ディ・モールト可愛い!!」
「ありがとうございますっ」
「オメェ埃まるけじゃねぇか!そんなんでナマエに抱き着いてんじゃねぇ!」
「はあ!?別にいいよ!俺の勝手!ねえナマエ、一緒にお風呂入ろう!」
「え?まあいいです「よくねぇ!!」
俺はメローネの首根っこをつかみ放り投げた。
何でナマエも承諾してんだ!?!
たまたまラウンジから出てきたギアッチョにぶつかったのは悪かったが、まあいいだろう。
「いってぇなァオイ!!何して…」
ギアッチョはいつものごとくキレかけたが、ナマエを見て動きが止まった。
「…ま、似合うんじゃね?」
床に転がったメローネをわざと踏んで(メローネはグエェなんて声を上げていたが)そのまま階段へと向かった。
しかし、何かを思い出したように立ち止まり振り返ると
「そういえば…お前の部屋、用意できたぜ。家具もそろえた。他にいるもんあるなら言えよ。明日なら暇だから連れてってやる」
と言った。
そして黙っていないのがこの男
「え!ずるい!俺も行く!」
「復活早ぇなオイ!」
メローネだ。
「……」
不幸にも俺は明日は仕事だった。
ついていきたいがそうもいかねぇ。
「いいか、なんかされたらこいつらなんて容赦なくお前のスタンドぶち込んでやれ」
「えぇ…」
俺がそう言い聞かせるとナマエは困ったように眉尻を下げた。
「ちょっと!ナマエが困るじゃん!」
そのメローネの言葉を皮切りにまた火花が散る。
どうも血の気が多くていけない。
その時だった。
「あの、プロシュート、今日はありがとうございました!ギアッチョ、メローネ、明日はよろしくお願いしますね」
そういって俺の頬に半ばジャンプをするようにキスをすると、次にギアッチョ、最後にメローネにもそうした。
「えへへ、異国の文化は恥ずかしいですね!私、リゾットさんたちにも髪型見てもらいたいので失礼します!」
ラウンジへナマエが消えると廊下に残された俺たちの周りの気温は一気に下がった。
「てめぇ、あのガキに何教えた」
「あ?キスは挨拶ってことだよ」
「あの様子だと、このキスより前に1回してもらってるよね?どういうこと?死ねば?」
小娘一人に大の大人が熱くなる図はひどく滑稽だ。
どうるする?やるか?
そう考えた時だった。
白い羽根が降ってきた。
天井から舞い降りる無数の羽根はたちまち俺たち足元を埋め尽くし、同時に何とも言えない幸福感に満たされた。
「これは…」
「喧嘩はダメですよー」
ナマエだった。
背中から生えた黒と白の翼。ダズル・ウィングの能力だと気付くのに時間はかからなかった。
右翼よりも何倍も肥大化し廊下まではみ出している白き左翼はまるで大きな手にも見えた。
手に見える“それ”は廊下にいる3人ごと平手打ちをするように大きく靡いた。
いや、まて。
そんな翼振ったらどうなる?
廊下どころかアパルトメントがぶっ壊れちまう。
「やめ―――」
制止むなしく、ナマエの白き翼は俺たちへ降りかかってきた。
しかし、廊下が壊れることも、俺たちが弾き飛ばされることもなく、“通過”した。
すべての物質を通過したのだ。
よく考えれば肥大化した翼が廊下にはみ出していること自体奇妙な図だった。
最初から物質には当たっていなかったのだ。
「…落ち着きましたか?」
ナマエの言葉に我に返る。
確かに、怒りが消えた。
先ほどまであれほど殺気立っていたとは思えないほど、心が穏やかだった。
「白い方は治癒の能力があります。私を守るための治癒。トラウマとかそういうのは治せませんけど、一時的な精神安定ならできますから」
“仲間内の争い事は嫌なので”
ナマエは困ったように笑い、ラウンジに引っ込んだ。
翼に隠れて見えなかっただが、後ろにはリーダーとホルマジオが立っていた。
「ナマエに無駄に能力を使わせるな」
ホルマジオは何も言わなかったが頭をガシガシ掻き、二人ともラウンジの奥へと姿を消した。
「「「…」」」
なんとなくバツが悪くなったので、俺たち三人は無言で自室へと戻った。
翌朝
仕事のために早く起き、ラウンジへ行くといい匂いがした。
「おはようございますプロシュート!フレンチトースト作りましたよ!」
俺が座ると当たり前のように飯を目の前に置いてくれた。
「早いじゃねえか」
「だってプロシュート、お仕事なんでしょう?お腹ペコペコじゃお仕事は大変ですよ」
“どんな仕事でも”
そう笑ってエスプレッソを注いでくれた。
何とも言えないいい香りが立ちこめる。
ナマエもまた、俺の向かい側に座り、新聞を読み始めた。
「お前、結構読み物好きだよな」
「あ、わかります?私、本の虫なんですよね!だからイタリア語も独学で覚えたんです!」
「そいつぁすげぇな」
「へへ…あ、リゾットさんおはようございます」
「おはよう」
このチーム内で、普段は一番リーダーが起きるのが早い。
だからこのタイミングでここに来るってのはしかたねぇが気に入らねェ。
「準備しますね〜」
ナマエは笑顔で立ち上がり、リーダーの飯の準備をし始めた。
そしてそんなナマエを横目に、リーダーは俺を見ながら小さく笑った。
「邪魔したな」
確信犯かよ。クソが。
俺はさっさと飯を済まし、ジャケットを手に取った。
「プロシュート!」
「なんだよ」
玄関先、ナマエが慌てて追いかけてきた。
「いってらっしゃい」
そういってまた頬にキスをした。
ああ、こりゃ
「頑張れるな」
俺の言葉にナマエは嬉しそうに笑った。
遠くで『ナマエにおはよーのチューしてもらうんだ!』という声が聞こえたので、俺は声の主が来る前にナマエの額にキスを落とした。
「いってくる」
後ろでリーダーが睨んでたが、見えないふりをしておこう。