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ナマエの作ったズコットもすごくおいしくて俺達はぺろりと平らげてしまった。
ついつい、美味しさのあまり早く食べてしまったので、じっと皿を見ていると、“また作りますね”って笑ってくれた。


俺がここに来てはじめてかもしれないくらい、皆が私事でラウンジに居座ってる。
いつもご飯食べたらすぐに部屋に行くギアッチョすらソファに身を預け、テレビを見ていた。
ナマエはたまたまイルーゾォが今日買ってきたばかりのグルメ雑誌?を一生懸命読み耽っていた。
彼女が座った瞬間、隣を陣取った兄貴に時々わからない単語を聞きながら楽しそうにページを捲っていた。
キッチンで先にエスプレッソをいれてからラウンジに戻ったメローネは、ナマエの隣に兄貴が座ってるのを見て心底嫌そうな顔をしていたけど、渋々俺の隣に腰を下ろした。
しばらくするとギアッチョとテレビ番組へ文句とか言い出したからよかったけど、機嫌悪いままだったら俺なにかされてたかも……だって今日はおれの部屋にナマエが……

顔が熱くなるのを感じて、隠すために新聞を手に取った。
でもやっぱりそういう不自然な行動はすぐにバレるだろう。
俺の隣のメローネは見逃さなかった。

「めずらしいな、ペッシが新聞なんて」

「そ、そうかな?俺、頭悪いけど、少しでもイタリアのことナマエに教えれたらなって……」

ものすごく苦しい言い訳だけど、メローネは、じと……と目を細め俺を見ると

「ふーん」

と、興味無さそうに目線をテレビに移した。

「ありがとうございます、ペッシくん!また教えてくださいね」

俺の言葉を聞いてナマエは本気でお礼を言ってきたのでなにやら申し訳ないやら嬉しいやら。

すると、俺にしか聞こえないような小さい声で

「ナマエに何かしたら明日の朝目覚めることないと思った方がいいよ」


ぞくっと悪寒が走る。
メローネはテレビを見て笑ってるが、さっきの声は間違いなく彼のもので、俺は遠慮がちに頷いた。













「そういえば、日本ってのは湯船につかんのが一般的なんだろ?」

「そうですね」

ホルマジオが思い出したように質問した。

「そうか、言われてみれば日本はそうだな。俺たちの部屋にもシャワールームやトイレは設置してあるが、湯船があるのは1階の奥のバスルームだけなんだ」

「そうなんですね、じゃあ私が使わせていただく部屋も…」

「すまないがシャワーのみだ。湯船に浸かる場合はすまないが1階を利用してくれ。余裕があればバスタブぐらいいれてやりたいが…」

「気を遣わないでくださいリゾットさん!お部屋がいただけるだけでもありがたいのに!お風呂に浸かれないぐらいで死にませんよ」

ふんわり微笑むナマエはすごく可愛くて、今までになかったラウンジの雰囲気になんだか嬉しくなってきた。
たぶん、今までも言葉は交わさずともお互いのことをそれなりに気遣っていた仲間。
俺が任務でヘマしてときは、兄貴に怒られたけど、メローネやイルーゾォがわるーい言葉遣いで慰めてくれたり、風邪を引いたときは兄貴が薬を買ってきてくれて、ギアッチョが氷を作ってくれた。うまく役目を終えれるとリーダーもホルマジオも褒めてくれた。
そんなチームだったけど、今はそれが態度だけじゃなくて、皆の気持ちが空間を作ってるように感じる。

兄貴を見て、純粋に“かっこいい”と感じ、この世界に飛び込んだけど、間違いだったと思ったことは1度も無い。


相変わらずナマエは嬉しそうに雑誌を読み耽っていた。
なんだか俺はそういう彼女を見れてることに“幸せ”を感じている。

スタンド使いの料理人。
母親がいなくて日本から逃げてきた、そんな彼女を一般人に分類するのはおかしいかもしれないけれど、暗殺を生業にしてる俺達と比べたら十分“一般人”だ。




俺たちはしばらく皆でテレビを見たり、雑談して過ごした。
ナマエは誰の話も嬉しそうに聞きながらあっという間に翌日の日付になった。

すると、しきりにナマエが目をこするようになった。
皆の話を聞こうとはしているようだけど、どうやら眠いらしい。

リーダーはナマエに声をかけ、怒涛の1日に終わりを告げることになった。



俺とギアッチョ、メローネは3階の部屋なのでナマエを含め、4人で階段を上る。

「ナマエって見た目だけじゃなくて体内時計も子どもなんだね、かわいい」

「ええ?そうですか?」

「うるせーよメローネ。こいつ、今日イタリアきたばっかなんだろ。だから疲れるくらいあたりまえだろーが」

「おお、ギアッチョから気遣いの言葉が出るとは思わなかった」

「ああ?」

「もー喧嘩はやめてくださいよぉ」

ナマエの声に、メローネは微笑みながらうなずき、ギアッチョは不機嫌そうにしながらも口をつぐんだ。


よく、“男を落とすには胃袋をつかめ”なんて聞くけどそうかもしれない。
ナマエの料理はすごく美味しいし、毎日食べたい。
少なくともこれからしばらくは彼女の手料理が味わえるわけだし、すごく楽しみだ。

でもそれは目の前で喧嘩していた二人をはじめ、このチーム全員がそうかもしれない。
それくらい、今日の食卓は賑やかで、心地よくて、自分たちが世間様には到底なじめない存在であることを忘れさせてくれた。


…といっても、俺はまだ人を殺したことはない。
パッショーネの暗殺チームには所属していても、結局下っ端で、リーダーや兄貴の下でしか仕事をしたことがない。

なんだかとても情けなくなる。
人を殺したことがない、という事実が情けないことと考えるのは異常だけど、このチームにいる以上それは異端であり、俺がマンモーニから卒業できない理由だ。


「ペッシくん?」

思わず俯いた俺を心配そうにナマエが見てくる。
本当にやさしい子だなぁ…

「あ、ううん、ごめん。ちょっと考え事してた。ここが俺の部屋だよ、ちょっと散らかってるけどごめんね」

扉を開けると、さも当たり前のようにメローネとギアッチョも入ってきた。


「え!?」

「なんだよペッシ。ほら、俺はナマエの荷物持ってんだろ?それを届けるために入ったんだよ」

「マンモーニにしちゃあきれーにしてんじゃあねぇか。この前釣りの雑誌貸したろ?あれついでに返せ」

ナマエの荷物を持ったメローネと、釣り雑誌を取りに来たギアッチョ。
きっと俺とナマエを少しでも二人きりにしたくないんだろうなぁ…


「ナマエ、先にシャワー浴びたら?」

「え、でもペッシくんの部屋ですし…」

「お、俺はかまわないよ」

「そうですか…?すみません、ではお先に失礼します」


そういって手早く着替えをスーツケースから出すと、シャワールームに入っていった。


ああ、これで、3人になってしまった。



「「ペッシ」」



二人の声が重なった。すげー怖い。

「な、なに?」

「わかってると思うけどよぉ?あのガキに手ェ出すとかは考えねぇほうがいいからな?」

「そうだよペッシ。マンモーニな君にはまだ早いし、リーダー“達”が怒るからね」


殺し屋二人の気迫は恐ろしくて、俺は縮こまりながら時間が過ぎるのを待った。
























二人から迫りくるオーラに逃げ出しそうになっていた時、シャワールームからナマエが出てきた。
黒のTシャツに黒のハーフパンツ、髪の毛は濡れていて、前髪を邪魔そうにかき上げ、オールバックにしていた。
俺にはその姿が“かっこいい”と感じた。
そして俺は自分の部屋にドライヤーがないことを思い出して慌てた。

「ご、ごめん、俺ドライヤーない…」

「別にかまいませんよ、乾きますし」

「風邪ひくだろ」

そういって立ち上がったのはメローネだった。
俺の部屋から出て、しばらくすると戻ってきた。手にはドライヤー。


「使いなよ」

「え、でも」

「いいからさ」

さっさとドライヤーをセットするとナマエの髪を乾かしだした。


「ちょ、え、めろーね…」

「はいはい、おとなしくしててねー」

「うう…」

すると次はギアッチョが思い立ったように部屋を出ていった。
そして戻ってきた、手には…

「なんかよーこの前くじ引いたら当たったけど俺つかわねぇからやんよ。ヘアオイル?乾かす時に塗るといいらしいぜ」

「あ、これすごくいいやつじゃないですか!」

「メガネ買いに行ったらくじ引き券もらって適当に引いたらあたった。使えよ」

メローネはギアッチョからオイルを受け取りナマエの髪になじませる。
すごくいい匂いがして、どきりと胸が高鳴った。

にしても二人はすごい、なんというか女性の扱いに慣れてる。
俺もなにかできたらいいのに…


そうこうしている間にナマエの綺麗な黒髪は独特の輝きを見せ、さすがにナマエ自身も眠そうなので俺に念を押して部屋を出ていった。







やっと、二人きりだ。

「あの、ナマエはベッドで寝て?俺はこっちの部屋のソファでいいから」

「え!?だめです!」

「そんな、女の子をソファで寝かすなんてできないよ」

「えぇ…じゃあ一緒にベッドで寝ましょうよ」

「え…え!?」


ナマエの発言に俺は思わず目を見開く。

「だめですか?あの、私人様と一緒に眠るってことなくて、別々のお部屋でねるのはちょっとさみしいなって…」

ワガママですよね、とさみしそうに下を向く。
耳にかけていた髪の毛がサラサラと流れ、彼女の顔を隠した。



「だ、だめじゃない!けど、同じベッドはだめだとおもう!から、ちょっとまって」

俺は大急ぎでソファを寝室に運び入れた。
自分でもどこにこんなパワーがあったのか驚くほど、簡単に寝室に運んでしまった。


「ペ、ペッシくん力持ちなんですね」

「お、おれも驚いた…。で、君はベッド俺はソファ、これだけは譲れないからね!」

そういうとナマエは困ったように笑いながら、“わかりました”とうなずいた。

シャワー浴びてくる、といえば“お待ちしてます!”なんて言われちゃって、すごくうれしかった。






























シャワーを浴びていると、見知った男が鏡から見ていた。イルーゾォだ。


「わっ!?え、なんで…!?まさか!?」

もしかしてイルーゾォ、ナマエのシャワーを覗き…

「人聞きの悪いこと言うんじゃあない。ナマエがシャワー終わるまではがっつりリーダーと一緒にいたよ。明日任務だからな。なんつーかよぉ、ナマエは形容しづらい可愛さがあってよぉ、そういう対象で見ちゃいけねぇと思うんだよなぁ」

半身を鏡から出し、イルーゾォは続けた。

「ま、お前ならもしものことはないと思うけど、それがあった場合リーダーに殺されるとだけ思っとけよ。じゃ、おやすみ」

また鏡に戻るとイルーゾォの姿は見えなくなった。
俺は急いでシャワーを浴びてナマエのもとへ向かった。








ナマエはベッドに腰掛け、本を読んでいた。
兄貴が教養をつけろって俺に渡してくれた本だ。

「意外ですね、ペッシくん、このような本を読まれるんですか?」

ナマエは俺を見てにっこり笑いながら言葉をつづけた。

「なかなかのメロドラマ小説ですけど、そういうのお好きなんです?」

「え、いや、兄貴に、おまえも読んで教養を、って…」

そういうとナマエは本で口元を隠しながら笑った。
その姿はすごく上品で、月明かりのせいかどこか幻想的で


きっと、兄貴とかならこのまま押し倒したりとかしてるんだろう。
でも俺はできなくて

「ナマエ、あの」

「はい?」

「すごく、綺麗だね」

素直な気持ちを口にするしかできなかった。
そういうとナマエは目を瞠り、次に微笑みながら

「照れますよ」

と本で顔全部を覆ってしまった。


しばらく談笑し、俺たちは布団に入ることになった。

本当にソファでいいのかとギリギリまで聞いてきたが、やっぱりそこは譲れない。
俺はそそくさと眠りやすいようにソファのクッションを整えた。


沈黙があった。
お互い、何をしゃべるべきか。しゃべらずに眠るべきか。

そもそも今日であったばかりだ。話題なんて簡単には見つからない。


「ペッシくん」

突然名前を呼ばれた。

「何?」

「何か、悩み事があるんですか?」

「!」

ナマエはずっと気にしていた。さっき俺が俯いたことを。


「えっと…その…話しても、いいの?」

「かまいませんよ」

「俺、話すの下手だけど…」

「君のペースでかまいませんよ」

「…」


俺は、口を開いた。



「なんていうかさ、その、人を殺すってどう思う?」















俺の言葉にナマエが動揺したのがわかった。
そりゃそうだ。
普通だったらしないような質問なのだから。



「そうですねぇ……“悪いこと”ですかね」

「……」

わかりきってた答えだ。
どう擁護しても殺人はいいことじゃあない。何を期待してたんだ。


「でも、ペッシくんが聞きたいのはそんな単純なことではないんですよね?」

「!」

俺はナマエに目線を移す。
上を向いて目を閉じ、その小さな唇で言葉を紡いだ。


「例えば怨恨、痴情のもつれ、金絡み、色々な理由で“相手”を殺してしまいたいほど憎んだ場合、罪は同じであれ、“同情”の余地はあるかもしれませんね」

「同情……」

「そして、通り魔やサイコパスといった、誰でもいいから殺したい、殺すことが快感につながる人はお互い殺しあってて、どうぞって感じます。それが正しいこととは思いませんが、少なくとも怨恨殺人も快楽殺人も、この世に一定数の人間がいる限りなくならないでしょうね、残念ながら」

妙に淡々とした受け答えに若干の違和感を覚え、俺はもぞもぞと体を動かす。

「……あとは、殺し屋、暗殺者、でしょうか」

俺はなるべく動揺がバレないように息を殺す。
ナマエは続けた。


「私個人の意見なので、世間様からはだいぶと外れているのは承知で言いますが……人を殺すことを生業にしてる人たちは、幸せになってほしいと思います」

「えっ!?」

思わず声をあげた俺にかまうことなく言葉を続けた。

「だって、殺し屋なんてそれなりの“過去”がないとならないですもんね?過去に縛られて、でも人を殺すことで自分が生きながらえる。見ず知らずの人の命を奪い、ただ、命令にしたがって人の罪を自らの手を汚すことで罪をかぶり続ける、負のループですよね。なりたくてなったわけではないでしょうし」

「……」

「……1つ、私の知ってる話をしましょう。」



そう言ってナマエは口を開いた。








“その人”は生まれながらに殺しを強要された殺し屋でした。抹殺屋、とも言われていたと思います。
絶対に逆らえない“ある人”から命令を受け、それをこなすことが生きるための条件でした。逃げることは出来ません。
まあ……“その人”だけなら逃げれたでしょう。しかし、大切な人がいたのです。
大切な人を守るために、“その人”はひたすら自分の手を汚し、いつしかそれが当たり前になってしまったのです。
“ある人”の命令は些細なことから大きなことまでどんどん酷くなりました。
人生を狂わされ、それでも大切な人を守るために頑張りました。


でも、もうその必要はなくなったのです。

大切な人が死んだから。


大切な人の存在は“その人”の支えであり、同時に“洗脳”の要だったのでしょう。
洗脳が解けた“その人”は全てを捨てて姿を消してしまいました。







「……その人ってのは、今どこに……?」

「……わかりません。犯した罪は消えませんが、罪と向き合い幸せになって欲しいと思います。この言葉を一般の方々に言ってもただの大量殺人犯を野放しに!って怒られるんでしょうがね」

小さく笑ったナマエ。

「さあ、私はそろそろ寝ますね。人がいると嬉しくてつい饒舌になってしまいます、おやすみなさい、ペッシくん」

「う、うん、おやすみナマエ」

俺はとっさに挨拶をする。
すぐに規則正しい寝息が聞こえてきて、無理をさせてしまって申し訳ないと思った。
明日謝ろう。

でも、こうやって話を聞いていると、ナマエが年上だと実感できるな、なんて。







翌朝、ベッドにナマエの姿がなかったのでラウンジに降りるとリーダーと兄貴が朝食をとっていた。
トーストにベーコンエッグ、サラダにエスプレッソ……すごく美味しそう。

「あ、ペッシくんおはようございます〜!ってお着替えまだですか?今からご飯準備しますので先にお着替えしてきてくださいね」

長い前髪も一緒にひとつくくりにしてて、これはこれで可愛い、なんて思ったけど、とりあえず俺は急いで部屋に戻り着替えを済ませた。

ラウンジに降りるとギアッチョも来ていて、ナマエ手作りの朝ごはんを頬張った。

「ジャムとかお嫌いじゃなければ作ってもいいですか?」

「作れるのか?」

「はい!お好きな味があれば言ってくださいね、お作りしますので」

リーダーの言葉にナマエは笑顔でうなずいた。


今日は朝から空気が軽い。

“普通の一日”が始まると思える感覚すら芽生えた。

そんな、幸せな日々が始まったんだ。




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