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プロシュートがいつもつけている髪ゴムでナマエの前髪は頭のてっぺんにむすばれてしまった。
眼鏡はギアッチョに没収され、体に対して大きなソファに縮こまる姿はなんとも愛らしかった。

右の深紅と左の紫暗の瞳がわずかに涙をたたえ潤みだしたとき、声をかけたのはメローネだった。


「驚いたよナマエ。すごくかわいい。どうして隠したりするんだ?」

メローネなりに素直に褒めたようだが、ナマエは相変わらず浮かない顔をした。

「き、気持ち悪いでしょう?父からもよく言われました…生まれつきなので、物心ついた時から瞳に関しては呪われるって罵倒されましたし、スタンドも普通の方々からは見えませんからとても気味悪がられました…」

ナマエにフォローを入れたのはプロシュートだった。
ガシっとナマエの頭をつかみ、言葉を発する。


「日本ってのは個性を重んじないとは聞いたことあるがまったくもってもったいねぇな?こんな綺麗な瞳を“呪われる”だ?むしろ俺からしたら一生に一度見れるか見れないかの幸運の瞳だと思うがな」

「…えぐッ…ぷろしゅーとぉ…」

ついに涙の堤防は崩壊した。
おでこをさらけ出し、えぐえぐ泣く姿は本当に子どものようだったが、今まで色々積み重なったものもあったのだろう、メンバーは落ち着くまでナマエを見守った。


リゾットはできる限り優しく彼女の肩に触れた。

「ここは、少なくともお前を罵倒するようなやつはいない。口は悪いがな。だから安心しろ」

「リゾットさん…」

「っ…」

泣き顔で見上げられたらたまったもんじゃない。
リゾットは急いで顔をそむけた。

「…とりあえず、ナマエの部屋を用意するために皆協力して掃除するぞ。あとはナマエのここでの役割だが…」

仕事に関してはまずここに慣れてから…いや、この様子を見ると仕事に関与させること自体間違いかもしれない。
ということは買い出し…は、まだ土地に慣れていない彼女にさせるのは酷だな。
そう考えたリゾットは言葉をつづけた。

「ナマエ、料理はできるのか?」

リゾットの何気ない質問にナマエはものすごい勢いで顔をあげ、瞳を輝かせた。



「出来ます!好きです!大好きです!!料理は私の全てです!」

ここまで食い気味に喜ばれるとは思わなかったリゾットは驚いてうまく声が出ず、ナマエも畳み掛けるように話し続けた。

「日本にいるときは料理人、シェフをしていました!料理をしているときが私の感じれる唯一の幸せな時間だったんです!」

「つまり、日本では本職だったと…」

「はい!私に許された唯一の時間でした!あの、私作ってもいいんでしょうか?みなさんのごはん作らせていただいてよろしいんでしょうか?」

ここまで瞳を輝かせながら見つめられると、どういう返答が正解なのかわからなくなる。
リゾットが返答に困っているとホルマジオが助け船をだした。

「じゃあよ〜〜〜とりあえず今日の夕飯を作ってくれや。あと、念のため今日の当番のやつがその様子を見張ったらいいだろォ〜〜」

見張る、とはつまり一服盛られる可能性を危惧してだ。
ナマエはそれをもわかったうえで“かまいませんよ”と笑った。

「今日の当番は俺だな」

そういってプロシュートが声を上げると、乗り出してきたのはメローネだった。

「俺も手伝う」

「それは普段から言えボケ」

「ナマエがプロシュートに何かされるかもしれないし」

「そりゃオメーが一番言われる台詞だろ」

プロシュートとメローネの言い争いがはじまり、リゾットは小さくため息をつく。

するとナマエが遠慮がちにリゾットに声をかけた。

「あの、リゾットさん、私の包丁セットとか出してもいいです?」

「包丁…?」

「はい、あの、日本から持ち出した数少ない私の宝物です」

「ほう…」

リゾットがうなずくとナマエは嬉しそうにスーツケースを開けた。
ああ。なんとなく金属が多いと感じたのはこのためか、とリゾットはその様子を眺めていた。

しかし、その中身を見たとき、言い争っていたプロシュートが突然声を荒げた。

「おいマンモーナ!!!この服はなんだ!?黒、黒、黒!!!もうちっと見た目に気をつかえねぇーのか!?」

確かにナマエのスーツケースは驚くほど黒かった。下着も黒かった。
衣類と名のつくものすべてがとにかく真っ黒で、シンプルなものばかり、時折申し訳ない程度に金色の小さな装飾が目に付いた。

「えぇ…生憎、服は黒いものしかなくて…これでもちょっと装飾付のやつを選んできたんですよぉ…」

「んなもん装飾ついてるのにはいんねーだろ!?センスねぇのかお前!」

「だって、自分で服を買うのは禁じられていたので…」

その言葉でラウンジは、しん…と静まりかえった。

おかしい。料理人として“働いていた”ナマエが、自分の服すら買えないという状況は明らかに異常だ。
プロシュートもそれを察し、口をつむぐ。


「じゃあさ、ナマエの服買いに行けばいいじゃない?サイズもわかるし」

メローネがさも当たり前のように発言した。
続いて、トップス、ボトムス、下着のサイズまでもをペラペラとしゃべりだしたのだ。

言われたサイズ、特に下着のサイズには驚きを隠せず、メンバーは顔を見合わせた。

「…あっているのか?」

「あの、ちゃんと計っていただいたことはないのですが、たぶんそれくらいだと思います…」

「…」

「いや、当たってるよ。俺を信じてよ」

確かにメローネならスリーサイズくらい見ただけでわかりそうだ、とそれ以上意見する人はいなかった。

ナマエはさほど気にせず嬉しそうにテーブルへ包みを置いた。

「これは?」

「ふふふ、私の宝物たちです!」

リゾットの問いに嬉しそうに答えると丁寧にその包みを解いた。


そこには素人目にもわかるくらいよく手入れされた大小さまざまな包丁セットだった。




「こいつは…すごいな」

「リーダーの言う通りだな…俺はまったく料理道具に関しては無知もいいとこだが…すごく綺麗だ…」

リゾットの言葉にイルーゾォも同意する。

「えへへ、なんだかわが子を褒められてるようで嬉しいです」

前髪を結い上げられているので表情がよくわかる。
ナマエは、へらっと溶けるような笑い方をよくした。


「あの!さっそくですけど、夕飯に取りかかっていいでしょうか?せっかくですので皆さんのお好きなものお作りしますよー」

その言葉に、メンバーは口々に好物を口にしたが、それが見事にバラバラだったのでナマエは苦笑した。


「えっと、じゃあなるべくご期待に添えるようにある材料で作りますのでお待ちくださいね」

リゾットに案内され、キッチンに入り、それに続いて本来当番のプロシュート、興味津々のメローネが続いた。






残されたメンバーは部屋に戻ってもよかったのだが、なんとなくキッチンの様子が気になり、結局夕飯時までラウンジに居座ることを決めた。






どれほど時間が経過しただろうか。



出来上がったのは、高級料理店さながらのとてもおいしそうな品ばかりだった。

キッチンテーブルに並べられたそれらを見て、ギアッチョは思わず声に出した。

「本当にお前が作ったのか?」

その言葉にナマエはニコリと微笑むと

「お口にあえばいいんですが…なにぶん、記憶頼りのイタリア料理ですので」

記憶頼りでここまで作れたら大したもんだ。
このチームの中で一番料理ができる(実際はできるようになってしまった)リゾットに時折確認しながら作ったというが、盛り付けから何から、そして皿に至るまですべてが食材を引き立てていた。


「ドルチェとしてズコットも作りました。あとで召し上がってください」

“エスプレッソも淹れますので”
何から何まで要領よくこなすナマエに一同は驚きながら席に着く。


「あの、取り分けた方がいいならしますけど、どれくらい召し上がりますか?好き嫌いとかアレルギーとか大丈夫ですか?」

「ナマエ、そこまでしなくてもいい。こいつらもそれくらいはできる」

リゾットの言葉に“わかりました”と微笑むと空いているところに腰をかけた。


「…そういえば、私が座っても、1席余るんですね」

「ああ、このメンバー以外にも2人いてな。そいつらは別のところで住んでいる。二人いてこそ力を発揮するスタンドだから、なるべく他者が関与しないように、と配慮した結果だ」

「なるほど」

「そしてナマエが今後使う部屋ももともとはその二人の部屋だ。二人がアパルトメントを出たことをいいことにこいつらが物置として利用していたが…まあ、そこの片づけは気にするな。そういうのにも“役に立つ”奴がいるからな」

そういってホルマジオにちらりと目線をやると、ホルマジオもまたニヤリと笑った。

「まあ…今日はペッシの部屋なら、なんら問題はないだろうし、むしろ料理ができないペッシに基本料理を教えてやってほしいくらいだがな」

「えっ!私でよければ喜んで!」

嬉しそうに微笑むナマエを見て、暖かいものがリゾットの胸にこみ上げる。
それは他のメンバーもそれは同じようで、“普通の生活”ならこのような空間が毎日味わえるのか、とも考えていた。

「今日はちょっと頑張っちゃいましたけど、今後も皆さんの胃袋を満足させられるように努力しますね!」

「そういや、俺は食ったことネェけど、日本食ってのも美味いんだろ?薄味らしいけどよ。オメーが俺ら好みに作るってンなら食ってやンよ」

ギアッチョがぶっきらぼうに言った言葉にナマエは嬉しそうに震えだした。

「いいんですか…?あの、私努力します、皆さんがおいしいって言ってくれる料理、世界各国の料理、作ります!!そういう風に言っていただけたのはじめてで…あの…おいしいですか…?」

そういわれてハタとみんなの食事を口に運ぶ手が止まる。
彼らは全員“あまりの美味しさ”に言葉を忘れ、ただ口に運ぶたびにこみ上げる幸せとも呼べる暖かい気持ちとともに食事を楽しんでいたのだ。

「すまない、いうのが遅れてしまったな。とても美味い」

「ディ・モールト美味しいよ!驚いて夢中で食べちゃったよ、ごめんネ」

「ああ、このカルパッチョ、俺好みだな。上出来だ」

「ナマエ、あの、この炒め物すごく美味しい。これなら俺にもできるかな?教えてもらってもいい?」

「俺はこのピザが好きだな、本で見たことある、確かテリヤキ?だったか?美味い。また作ってくれよ」

「んだよこのパスタすげー美味いじゃねぇかよ〜〜おいギアッチョも少しは見習えよなァ」

「うるせーよホルマジオ!…でも、ま、俺はこのスープ嫌いじゃねェよ」

皆がいきなり褒めだすのでナマエは困惑し、そして泣き始めた。
褒めたのになぜ泣くのか理由がわからず、メローネは心配そうに顔を覗き込んだ。

「ナマエ?ナマエ大丈夫?」

「うっ、えぅ…はじ、めて…」

「え?」



「はじめて、こんなに料理を、褒めていただきました…」


ナマエの言葉に一同はまたも驚く。
また同じ料理を出されても、また美味しいと声を上げてしまうだろう。
ナマエの料理を食べて、“美味しい”という言葉を出さないとは味覚障害なのではないか。


「そん、え?こんなにおいしいのに?俺、こんなに美味しい料理初めて食べた。ねえ、今度俺にも教えてよ。ペッシより先にさ、俺に一番に教えて?ね?」

「うぅ…メローネェ…」

「ああ、泣いても可愛いね。でもやっぱり笑っててほしいな、俺は」

そう言いながらせっせとハンカチでナマエの顔を拭いた。
普段の様子からは想像できないメローネの様子に一同は目を丸くするも、それくらいナマエは何かしらの魅力を持っているのかもしれない。


「おい」


声をかけてきたのはギアッチョだった。



「水、入れてくる。お前もないだろ。ガスなしのがいいか?」

「え、あ、私いれますよ!」

「お前、さっきから全然食ってねぇだろ。食えよ、」


“美味いんだから”
らしくない褒め言葉をポツリとつぶやき、ギアッチョは冷蔵庫へ向かった。



「あいつが褒めるとか明日は雪か」

「氷だろ」

イルーゾォとホルマジオはピザにがっつきながら笑い合った。



「ナマエ、どうした?気分でも悪いのか?」

「あ、いえ…その、今までこうやって人様と食卓をともにしたことがないので…緊張してまって…」

申し訳なさそうに、頭を下げる。
それなりに彼女の過去があるのかもしれない、どうしたものか。
リゾットが考えあぐねていると、リゾットとは反対側のナマエの隣に座るメローネが名前を呼んだ。

「ナマエー」

「あ、はい、むぐっ」

メローネは自分のフォークに刺さったペンネをナマエの口へ運んだ。
ナマエは驚きながら口を動かし、それを飲み込む。

「食べないと死んじゃうよ?」

いたずらっぽくメローネが笑うと、ナマエも少し困ったようではあったが、嬉しそうに“そうですね”と返した。

やっと、ナマエがフォークを手に取り、口に料理を運ぼうとしたときに、何か思いついたように手を止めた。
そしてメローネを見て微笑みながら


「さっきのって間接チューってやつですね」

“はじめてです、そういうの”
そして食事を再開した。

もちろんナマエ以外は時が止まっていた。

メローネとしては今更間接キスがどうこうと騒ぐ年齢じゃない。このメンバーでせいぜい騒ぐのはペッシぐらいだ。
しかし、さっきの行動はそういった意味を込めたわけではなく、素直に“美味しいから食べたらいいのに”程度の意識しかなかった。
それをそういう形で指摘され、また自分自身もナマエの口にはいったフォークで食事を再開していたので、不意打ちをくらったことになる。

メローネは目に見えて頬を染め、肩を震わせ俯いた。

「?メローネ?どうしましたか?」

「ナマエ、その…メローネは今はそっとしておいたほうがいい」

リゾットの言葉に首をかしげながらも“わかりました”とうなずいた。

ギアッチョはガス入り、ガスなしの水を手に持ち今から自分はどうすべきか考えていた。




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