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噴水広場には、私の花売りワゴンの他にもたくさんお店が出ている。
パン屋さん、焼き菓子屋さん、天然石屋さん、石鹸屋さん、可愛らしいハンドメイドのお店も数件ある。
皆思い思いにワゴンを飾っていて、人柄もいい。
私が花屋を思い立って、公園の管理者に連絡した時は二つ返事で了承してくれてすごく嬉しかった。
でも、どうしてここまで色んなお店が出ているのに、花屋がないのだろう、と疑問に思った。
他愛のない会話の中、管理者さんに質問すると、なんでも少し前まで花屋はいたのだが、高齢で店を閉めたというのだ。
なんともまあすごいタイミング。うーん、ご都合主義。
長年お店をされていたということはきっと知識も豊富なはず…ということで、ここで以前までお店を出していたという方…ヘレンさんと管理者さんの計らいで知り合うことができ、週に数回彼女の家に通ってはフラワーアレンジを教えてもらっている。
今日もその帰りだ。
足を悪くして長時間での作業が難しくなったというのが店を閉めた理由だというが、現に手先はよく動き、器用で、会話も面白い。
齢75だと言っていたけど、だいぶ盛ってるんじゃあないか?60でも通じるくらい若々しい。
彼女の手作りのお菓子をいただいて、会話をしながらフラワーアレンジを習う。
受講料はタダ。お花は私が準備しているが(能力で)それで手を打つと言ってくれている。
とても心苦しいので何かお礼をしたいので、今度は私が何か作ろうかな…でもヘレンさんのお菓子美味しいし…うーん…
年上の、高齢の方と話すのは元々大好きだった。
親戚中、たらいまわしにされたけれど、どこの家庭でもおじいさん、おばあさんは優しかった。
だから、この世界でもそういう人と知り合えたのはすごく嬉しいし、神様様だ。
日もだいぶ傾いてきた。
さっさと帰ろう。
「あれ?名前?」
「ん?あ、ジョセフ、とシー…ザー…?」
私はもう少しで自分のマンションというところで陽気な声に呼び止められた。
呼び止めたのはジョセフ。
背も高くニカニカと笑う、顔の整った彼に名前を呼ばれるのは悪い気はしない。
それにだ、その彼の横には、未だお目にかかれていなかったあの相棒がいたのだ。
「やあ、君がジョセフの言っていた…うん、小柄なのに芯が強く美しい、可憐さが一つに詰まっているみたいだ…今日の装いは紫が多いね、まるでアガパンサスのようだ」
“シニョリーナ”と私に近づき、その形のいい唇を私の手の甲に押し当てる。
にしても歯が浮くようなセリフをぬけぬけと…これは、歯が浮きすぎて総入れ歯になってしまいそうだ。
「随分物知りなんだね、シーザーは」
とはいえ、やっぱりキャラに会えたことは嬉しいのでにこりと笑って彼らに向きなおった。
…睫長い!綺麗!なにこいつ!
すごいやシーザー…舐めてたわ。そりゃあんな歯の浮くような台詞もすらすら言えちゃうわ。
「アガパンサス」
私は先ほど彼が口にした花の名前を復唱する。
シーザーは“知ってるかい?”と実に綺麗に首をかしげる。
羽根モチーフのイヤリングが揺れる。ああ、ヘアバンドじゃなくて耳に着けてるんだ、羽根。
「アガパンサス、とても綺麗な花だよね。花言葉は知的な装い…それと」
私の言葉にシーザーの笑顔は深まり、逆にジョセフは顔を顰めた。
対照的でこの二人は本当に面白い。
「“恋の訪れ”」
そう答えると、シーザーは“ベネ”と微笑んだ。
「そ。どうかな?俺と一緒にこのままどっか行かない?」
「えー…」
俗にいうナンパかな?こんなイケメンにナンパされるとは嬉しいことで。
でも隣には不機嫌マックスのジョセフがいる。正直ばっくれたい。
「ねえ、名前、君はこんなやつより俺のがいいよな?」
「おいおいおシーザー黙ってきいてりゃ何口説いてんだァ!?」
こんなところで喧嘩をおっぱじめないでほしい。
私は早く帰りたいのに。
「んー、強いて言えばジョセフかな」
「な!?」
「やったぜ!それ見たことかシーザー!」
「黙れジョセフ!そもそもなァお前なんかがこんな可愛い子と会話できるだけ光栄で「…ップ」…名前?」
私は思わず笑ってしまった。
私がジョセフを選んだら、シーザーは取り乱してジョセフと同じような態度になり言い争いをはじめたから。
どんなに気取ろうが、素のままが一番いい。
「そうやってジョセフと言い争いしてると、シーザーもとっても素敵だね」
「「!!」」
二人は面食らったような顔を見せた。
うんうん、可愛い。
あ、でもシーザーは同い年だから可愛いはまずいのかな?
「…あー、その、今から飯食いに行くんだけど」
「良かったら、名前も来ないかい?」
実にたどたどしい感じであるが、イケメン二人にご飯を誘われて断るような私ではない。
もうマンションは目と鼻の先だけれど、予定変更。
結局、二人のおすすめのバーに来たけれど、酒の入った二人は3分に1回喧嘩をし、結局ジョセフはジョナサンに、シーザーはジャイロ迎えに来てもらった。ジョニィからジャイロの連絡先聞いててよかった。
バーに一人ってのもなァと考えていたところ、ウェザー・リポートが一人呑みに来てたので、逆ナンして一緒に飲んで送ってもらった。
やはり硬派。なにもされないというか、私は女としての魅力がないのだろうかと心配になるくらいなにもされなかった。ちょっと悲しかった。
「ありがとう、ウェザーのおかげで楽しく呑めたし…」
「俺も楽しかった。口下手で、あまり気の利いたことも言えず、すまないな」
「あ、いやいや、そんなことは…」
マンションの前。
なんというか酔いも醒める沈黙。
「あ、あと」
「何?」
“おやすみ”と、そろそろ部屋に上がろうとしたとき、ウェザーに呼び止められた。
「皆が皆俺みたいなやつとは限らない、から…こんな不用意に男に送らせるもんじゃあないぞ…」
「え、え?」
「もう少し、自分の外見中身も考えろということだ。…じゃあ、おやすみ」
「う、うん、おやすみ」
私は顔が熱くなるのを感じながら駆け足でエントランスに向かい、そのままエレベーターへ乗り込むと自身の階を連打した。
心臓がうるさい。マンション中に響いてやしないか?
部屋のカギを開け、飛び込む。
「…っ、ほんっとに、…ここの住人らは心臓に、悪い」
まったく引く気配のない顔の熱に、苛立ちながら私は乱暴に服を脱ぎ捨てシャワーを浴び、寝た。