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「ギアッチョ!ギアッチョ!」

「なんだよ」

「ちょっと!ちょっと俺の部屋来て!」

「なんでだよ」

「いいから!」

「...」

帰ってきたかと思うと興奮気味にギアッチョを呼ぶメローネ。
ギアッチョは心底嫌そうな顔をしたが、そんな顔をされるのはメローネ自体慣れっ子なのでさほど気にした様子も見せず彼を部屋に呼んだ。






脱いだら脱ぎっぱなし、出しっぱなしのメローネの部屋はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、このチーム内では歳が近いことやキレやすいギアッチョとマイペースなメローネはそれなりに上手く仲間関係を築いていた。
そして、今日も面倒臭いと思いながらも彼の汚すぎる部屋へギアッチョは足を向けた。


「なんだよ?いいAVでも見つけたんか?」

「違うよ!いや、違わないかも?じゃなくて、」

「?」

何を言いたいのかわからない、とギアッチョは首をひねる。
メローネはいつにもまして落ち着きがなく“なんて言えば…んーと、えっと”を繰り返している。

「外でなんかあったんか?」

「そう!そんなんだよ!めちゃくちゃ可愛い子見た!!」

「...」

心底どうでもいい。
ギアッチョはため息をつき、部屋から出ようとする。
しかしメローネはぴぃぴぃ喚きながらギアッチョの腕を掴んだ。

「いってぇ!離せよ!」

「やだね!話を聞いてよギアッチョ!」

「あーもー!わかったから離せ!!!あと酒も出せ!!」

「わかった!」

素直に自分が持ってる酒をずらりとテーブルに並べる。
いつもなら渋るのに、こいつは本気か...?とギアッチョはメローネを見た。

「で、どんなやつなんだよ、その可愛いってのは」

「んーと、フルーツ売ってた」

「フルーツ?」

「うん、ワゴンで」

「名前は?」

ギアッチョの質問にメローネは全力で顔を赤らめた。

「お、おいまさか」

「聞けるわけないだろ!!りんご下さいって言うだけで精一杯だったんだよ!」

「まじかよ...」

こいつは重症だ…
『こんにちは、君可愛いね、うん、ディ・モールト可愛い。名前は?年齢は?スリーサイズは俺が当てちゃうね?えっと…』ここでビンタを食らうまでがメローネの可愛い女の子に会った時のテンプレだ。
それがどうだ?
名前すら聞けず、精一杯が“りんご下さい”だという。
それくらい、5歳児でもできる。

「名前くらい聞いとけよ」

「だって…」

「…オレンジジュース飲みてぇな」

「え?」

「生絞り100%オレンジジュースが飲みてぇ」

「ギ、ギアッチョ…まさか!」

「ごちゃごちゃ言うな!!行くぞ!!」

「心の準備が!!!」

「うるせぇ!!俺は出来てる!!!」

「俺は出来てないぃいいいああああああ」

メローネの首元を引っ張り、半ば引きずるようにギアッチョはアパルトメントを出た。













「で、どこ?」

「市場の…広場…」

「ふぅん」

このメローネがここまでになるってどういうことだよ。
どんだけ美人でグラマーでえっろいやつなん…

「あ、あの子」

「…!?」

メローネの視線の先にいたのは、黒髪で小柄、ロリってほどではないがいかにも“清楚”って言葉が似合う女だった。いや、少女か?

「ちょちょちょ、どうしようギアッチョ!俺さっきも行ったばっかなのに不審がられない??」

「へーきだよ、フルーツが好きですとかそんなんでいいだろ」

「よくないよ!!」

ゴタゴタ言ってくるメローネはうざいが乗りかかった船なのでもうどうにでもなれだ。
俺はさっさとのそのワゴンに近づく。
ワゴンの女もこちらに気づき微笑んだ。

「いらっしゃいませ。…あ!」

メローネを見て声を上げる。
当のこいつは顔を真っ赤にして“やあ”なんて柄にもない挨拶をする。

「また来てくださったんですね!いらっしゃいませ!何か買い忘れですか?」

「え、あ、…お、おれんじ、を…」

「オレンジですね!何個ぐらいご入り用でしょう?」

「えっと、5つ…?」

俺を見るな俺を。

「はい、わかりました!」

ワゴンの女がオレンジを吟味しながら袋に詰める。
おいおい、時間がねぇぞ。

「メローネ、名前訊けよ」

「えぇ!?」

「おまたせしましたぁ」

「あの!お名前は!」

受け取りながら言うやつがいるか。
脈絡なさすぎだろボケ。

「わ、私のですか?」

「う、うん」

「ナマエです」

「ナマエ、…俺は、メローネ」

「メローネ!素敵な名前ですね!」

そりゃそうだ。
メロンだもんな。

「グ、グラッツェ…君は、その…いつも此処で売ってるの?」

「あ、はい。最近やっと此処に定着させてもらってきまして…ほら、このあたりドルチェリーアが多いので結構ご贔屓にしていただいているんです」

「そ、そうなんだ…あの、また来てもいいかな」

「もちろんですよ!お待ちしています!」

ナマエってやつは本当に屈託なく笑って、付き合ってやった俺まで変な気分になる。
何故か俺にオレンジを押し付け、ナマエと握手したメローネはちょっと多めにチップを払い、店を後にした。









それからというものアジトにはフルーツがあふれた。
メローネは上機嫌でミックスジュースを毎日作るし、それのおかげで朝食には困らなくなった。

「今日はナマエと30分も話しちゃった!」

知るかよ。

そんな変態の初心な恋愛事情を聴かされるのが俺の日課になってきたが、まあ聞くだけでいいから別に気にしなくてもいいな、なんて最近は思ってる。







ナマエ、ナマエ、ナマエ
大好きな彼女の名前を何回も呼ぶ。
だいぶまともに喋れるようになったはずだ。

怖がられたくない。
大切にしたい。

そこらへんをうろつく安い女じゃあない。
俺だけを見て欲しいなんて欲もあるけど、我慢だ我慢。

時刻は夜の11時半。
ちょっと冷えるなーって俺は外を走っていた。
何の気なしにはじめたランニング。
“好きなタイプ?健康的な人ですかね?”
そう言った彼女の言葉を真に受けた結果だ。
でも、まあ悪い習慣じゃないし、酒飲んで寝るってこともなくなった。
変な女連れ込んでリーダーに怒られることもなくなった。

それは全部ナマエのおかげだ。
ナマエが俺を変えてくれた…


「離して、ください…っ」

「いいじゃん、付き合えよ」

「そーそー、お兄さんたちと楽しいことしようぜ?」

「や…」

「嫌がった顔も可愛いねぇ」


頭にグンと血が上ったと思ったら、それが一気に下がっていく。

嫌がっている女は間違いなくナマエで、3人組の男は彼女を囲んで笑っていた。


自然と足がそちらに向かう。


「おい」

「あぁ?なんだよ兄ちゃん、邪魔すん…グォフッ」

加減はない。
力任せに男の顔を殴り、続いて別の男にも蹴りを食らわせた。
最後の男は這いつくばって逃げようとしたので、その背中を踏みつけた。

情けなくうめき声をあげる男たちを見下ろしながら、後ろから感じる視線に泣きそうになった。

“恐怖”

その視線からはそれがひしひしと感じられた。

“嫌われた”と脳内信号が発する。


「メロ…「遅いから、気を付けて帰るんだよ」

顔は見れなかった。
どんな顔をしているのだろうか。
毎日フルーツを買いに来る男が目の前でこれだけの暴力を振るったら…
そりゃ二度と来てほしくないよな…


俺はさっさとその場を走り去った。















「おいメローネ」

「なにー?」

「最近フルーツ買ってこねぇじゃねぇか」

「うんー」

上の空のメローネに話しかけても帰ってくるのはやはり上の空の返事。
俺は頭を掻く。

「ナマエとなんかあったんか」

訊けばメローネは泣きそうな顔で俺を観ながらつぶやいた。

「フラれた」

「は?」

いつの間に告白までいってたんだよ!?
こんだけ相談してくんだからそれも言えよ!?

「ナマエが暴漢?なんか気持ち悪いやつらに言い寄られてたから、ナマエの目の前でそいつらボコった…めっちゃ怖がってたし…嫌われた…絶対…」

項垂れるメローネはいつにもましてうざい。
だがそれだけではこいつの早とちりってこともあるんじゃないか?

そう言おうとしたとき

「おいメローネ、可愛い御嬢さんがお前に用事だとよ」

プロシュートがラウンジに顔を出し、そして“御嬢さん”を招き入れた。
それは


「メローネ…」

「っナマエ…」

それはナマエだった。
袋いっぱいに詰め込んだフルーツを持って、今にも泣きそうな顔をしていた。


「なんで、ここ…」

「いっぱい、いろんな人に聞いて…それで…」

なんとなく察したのだろう、プロシュートはすぐに自室に戻った。
俺も気になるが、当人の問題だ。
俺も部屋に行くかな。



















「あの、えっと…ナマエ、ごめん…俺…」

「メローネ、あのね、ありがとう」

「え?」

俺は彼女の目の前で暴力を振るった。
それは馬鹿な俺でも十分わかるくらい彼女に恐怖を植え付けてしまったはずだ。
なのに何でお礼を言われなくちゃあならない?

「助けてくれて…」

「いや、あれは…」

どちらかと言えばナマエに手を出したことが何よりも腹立たしかった、そんな短絡的思考が招いた結果だ。
もともと話し合いとかは苦手なので起こるべくして起こったともいえるが。


「怖かっただろ…?」


そうに決まってる。
俺は目を伏せて聞きたくない返事を待った。


「驚いた、けど…嬉しかった」

「え…?」

“嬉しかった”

彼女の唇は確かにそう奏でた。
嘘だろう?だって俺は

「君の前で暴力を振るったんだよ?」

そう言えば、ナマエは優しく笑った。
とくり、と何か温かいものが溢れ出し、俺を包む。

「だって、メローネは私を守ってくれたんでしょ?」

「!」

確かにそうだ。
俺は彼女を守りたかった。
頭に逆上せた血に任せて拳を振るったが、俺の行動の根本はそこにあった。


「でも、今度からは、その一緒にいるときに絡まれても…一緒に逃げようね」

「え?」

「私、あの日ね、ジョギンングしてて…ほら、メローネがはじめたって言ってたから…会えるかなぁって考えてたんだけど…メローネが嫌じゃなければ私と一緒にジョギングして欲しいなって」

ナマエは恥ずかしそうにはにかんだ。
今にも抱きしめてしまいたい衝動をぐっと抑える。

「俺で、いいの?」

「んー?メローネがいいかな」

“一緒に走ってくれないかな?”
ナマエはもう一度俺に問いかけた。
そんなもの、返事は決まっている。
















その日以降、俺は仕事がある日以外は絶対にナマエと過ごしたし、毎日フルーツも食べた。
たまにアジトへナマエを連れてきても、リーダーは文句を言わなかったし、他のメンバーもなんか優しくてちょっと腹たった。

でも


「メローネっ」


「なに?」


「えへへーだいすきー」



君の瞳に俺が映ってるなら。





Do give me fruit?




(Dogive me love?)