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「ごちそうさまでした」

手を合わせ、丁寧に食事を終えた挨拶をすると、さも当たり前のように伝票を手に取った。
俺は驚き、急いでナマエの手をつかんだ。

「何をしている」

「え、何がですか?」

「なぜ伝票を持っていく」

「だってリゾットさんコーヒーしか飲んでないじゃないですか。私がおごりますよ」

「それはダメだ」

ひょい、とその手から伝票を奪い取れば“あぁ…”と情けない声をあげる。
その仕草がなんとも愛らしく、自分でも驚いたが頬が緩みそうになった。
俺は改めて気を引き締め、レジへと向かう。















店を出たころにはナマエは必死に頭を下げていた。

「ほんっとにすみません、あの、すみません…ありがとうございます…」

「かまわない。…少し、買い出しに付き合ってもらう」

「買い出し?…ああ、先ほど“俺たち”とおっしゃっていたのでなんとなくわかったのですが共同生活をされているんですね」

「…よく聞いているな。いかにも俺たちは一緒に暮らしている」

「…“お仕事”に関しては深くは聞きませんが、私の能力が役に立つということはわかりました。どうせ身寄りもありませんし…ところで、いきなり私を連れ帰ってもいいんでしょうか?お仲間さんたちは嫌がりませんか?」

「ふん…まあ、個性という個性が抜きんでているやつらではあるが、これでも俺はそこのリーダーだ。俺が決めたことならある程度の時間はかかるだろうが、拒否されることないだろう」

「リーダーなのに買い出しですか?」

「…まあ、な…」

「大変ですねぇ、これからは私もお手伝いしますよ!…わぁ!」

ナマエが声をあげたのは、俺たちの目的地のマルケットを目にした時だった。

「すごい!すごいですリゾットさん!」

「え?あぁ、まあそれなりに大きいところではあるが…」

そんなに興奮することだろうか。

「どんな食材が売っているんでしょうか!ああ、楽しみです!行きましょう!」

小さな手で俺の腕をつかむ。
俺が動かなければこけてしまうだろうし、俺はせかされるまま足を動かした。

にしても先ほどピザを食べたばかりなのにまた食べ物のことか、と少しあきれた。
















リストを見ながらカートに必要なものを入れていく。
ナマエはとても嬉しそうに棚を見回し、前髪と眼鏡の奥でもその瞳が輝いているのが見て取れた。

「ああ…幸せです…、あの、お家はここまで徒歩で来れるんですよね?幸せですねぇ…」

「そうなのか?」

「あ、はい!幸せです!こんな幸せな気持ちはいつ振りでしょうか…」

俺の後ろをひょこひょこついてくる姿は親子に見えるのだろうか。
何やら複雑だな…

「、と。こんなものか」

「わあ、いっぱいですね」

「男ばかりだからな、やはり食べる量もそれなりだ」

「なるほどー。って男性ばかり?」

「ああ。言ってなかったか?」

「聞いてませんよぉ!いいですか?こんなナリですけど一応女ですし、皆さんの和とか乱しません?」

「…大丈夫だろ」

「微妙な間が気になるところですが…まあ、リゾットさんを信じます」

“信じます”俺には縁のない言葉だと思っていた。
その言葉をさも当たり前のようにこの女は、ナマエは発したのだ。

「何か顔についてます?」

俺が思わず凝視したのでナマエは首をかしげながら聞いてきた。
仕草はいちいち子どもらしく、俺の脳は今までにないくらい混乱していた。

「いや、…帰るか」

「はい!」



























どうしても、というので小さい袋とキャリーバッグを持たせ、俺たちは家路についた。
別にメタリカを使えばキャリーバック程度持っているフリさえしていれば怪しまれないし、小さな袋も持てないわけじゃあない。
ただ、何も持たないのは嫌だとダダをこねたので仕方なく持たせたのだ。

「ねえリゾットさんやっぱり持ちますよぉ」

「いい。むしろその袋も俺に渡せ。持つからな」

「それはダメです!」

「頑なだな。」

その時だった。

「あー!」

聞きなじみのある声が耳に届いた。
普段仕事の時につけている謎マスクを外したメローネだった。

「なんでリーダーが女の子つれてんの?誘拐?」

「違う」

「えー!?だってこんなに小さい子だよ?しかも日本人ジャン!こんな任務なかったし、どうしたの?ペド?」

「だから違う」

俺たちの言い争いに目を丸くしていたナマエが言葉を遮った。

「あの!その、リゾットさんのお知り合い、お仕事仲間さんでしょうか?今日からお世話になることに、その、なりました?ナマエといいます!」

「へ?あ、え?お世話?なに?ベビーシッター?」

「メローネ…一応言っておくがこの子はもう20を越えている。お前よりは下だがな」

「へ?嘘!?え!?」

「嘘ではないですよー。私、そんなに幼いですかね…」

「ああ、おどろいたよ…あ」

メローネはそういうとおもむろにナマエが持つ小さな袋とキャリーバッグを持った。

「年齢なんて関係なく、女に荷物は持たせられないでしょ」

メローネにしては一理ある。
ナマエは困惑したように手をバタバタ動かしたが、何を思ったか小さい袋を俺の袋に入れなおしたメローネがその手を握った。

「え!?」

「ほら、はぐれちゃダメだろ?俺はメローネ。ナマエって言うんだね、ヨロシク」

「あぅ…メローネさん、よろしくお願いします」

「さんとかつけなくていいよ、俺、あんまり年齢とか気にしないし」

「何自然に手を繋いでいるんだ」

「え?だって、見た目は子どもだし、ほっとけないからな」

「ナマエは十分大人だ」

「絶対、アンタ最初はナマエ子ども扱いしたろ」

“ご明察”と横からナマエに口を出され、俺は何も言えなくなった。


まあしかし、ナマエを連れて帰ること自体に反対ではなく、寧ろ歓迎の様子なのでその点は安心した。















しばらく歩き、俺たちの住むアジト兼アパートメントに着いた。
その頃にはすっかりメローネとは打ち解けたようで時折笑みを溢しながら『日本』の話をしていた。

「俺も一回行ってみたいんだよね〜日本」

「う〜ん、あんまり出歩いたことは無いですけどいい国ですよ」

ナマエの言葉に少しばかり疑問を持ちながらアパートメントに入る。
そのままナマエを連れてラウンジに行くとペッシがいた。

「あ、リーダー、メローネお帰り…あれ?その子は…」

「ちょうど良かった。メローネ、ペッシ、皆を呼んできてくれ。こいつを紹介したい」

「わ、わかった」

「りょーかい。ナマエはゆっくり休んでてね」

メローネらしからぬ優しい言葉をナマエにかけ、彼も仲間を呼びに2階へ上がっていった。




「そこに座れ」

「いいんですか?」

「かまわない」

そういうとナマエは遠慮がちに腰を下ろした。
体格のいい男達ばかりなので少し大きめのソファを用意していたとはいえ、ナマエのサイズだとまんま子どもが座っているようだな…
そんなことを考えながら俺は全員が集まるのを待った。


しばらくするとまずやってきたのがイルーゾォ、続いてホルマジオ。
二人はナマエを目の端に捉えると、何事かという顔をしたが特に口にすることなくお互い近くのソファへと座る。
次にきたのはプロシュートとペッシ。
ペッシは先ほどナマエにあったので小さく微笑みながら彼女に会釈した。
プロシュートは眉をひそめていたが特に何も言わなかった。

問題は一人くらいだろ。



「アァ〜〜〜〜〜!?!?なンでココにガキがいやがんだァア〜〜???カンケーねぇだろォ〜〜〜!?!?イラツクぜぇ〜〜〜!!!!!」

ギアッチョだ。
入ってきて早々叫んだ。
ナマエは驚いて肩をびくつかせたが、次の男の発言で落ち着いたようだった。

「ちょっとギアッチョ。叫ばないでよ、ナマエが怖がるじゃん」

一番最後に入ってきたメローネは、いつも通りキレて食ってかかるギアッチョに一言投げつけると、さも当たり前のようにナマエの隣に腰を下ろした。

と、いってもこいつの普段の行動やスタンドから考えると“何かあった時に母体に出来る”程度の認識なのかもしれないが、今まで見てきた中で初めてだと感じるほどメローネは嬉しそうに笑っていた。

「さ、リーダー紹介してよ。俺達の新しい仲間を」

「……ああ」

「そりゃどういうことだ?」

俺を睨みつけるように声を上げたのはプロシュートだった。

「今はまだ新入りのペッシ1人で手ぇ焼いてんのにまた新入りか?しかも女だ?ガキじゃねぇか。おい、マンモーナ。いいか?ここはお前みたいなやつが興味本位で来るようなとこじゃあない。さっさと帰ってママの乳でも吸ってろ」

キツイ言い方だがプロシュートの言葉には一理ある。
ナマエはあからさまに肩を落とし、口を開いた。

「吸える母親のおっぱいがあれば1人でイタリアなんて来ませんよ…。でも、あなたは私を心配してそういう言葉をかけてくださったんですよね、ありがとうございます」

その言葉にプロシュートはバツが悪そうに舌打ちをする。

「……こいつは、スタンド使いだ。しかも不安定かつとても強い。この能力を利用したくてこのチームへ誘った」

俺の言葉に緊張が走る。
スタンド使い、それは全員そうだが初対面のスタンド使いに警戒するのは当たり前だろう。

「あぁ……警戒されちゃいますよね……」

ナマエはあからさまに肩を落とした。

「でも裏を返せばその反応で皆さんがスタンド使いということはわかりました。こんなにたくさんのスタンド使いの方に会えるなんて感激です!」

思わぬ言葉に空気が緩んだ。


「リゾットさん、私のスタンドをみなさんにお見せした方がいいでしょうか?」

「あ、あぁ……」

これだけの強面の男に囲まれても動じない彼女には驚いたが、認めてもらうために自ら提案してきた。

「んーでは……」

まず、美しい白と黒の翼を己の背中に生やす。
そしてペッシの元へ向かった。

「お名前は?」

「ペ、ペッシ…」

「頬、怪我されたんですか?」

「え、あ、うん……この前、その仕事で……」

キッと横でプロシュートが睨む。
まだマンモー二のペッシが仕事でヘマをするなんて日常茶飯事だが、もう少し大人になってほしいと願うところもある。

「なら……」

そして、さも当たり前のように白い羽を取り出しペッシの頬にかざした。

「痛いの痛いの飛んでけー」

どんな呪文だ。

「ぇ、あ……あ!」

そう、ペッシの頬の傷はとても綺麗に治っていた。
それには全員が驚愕する。

「まじかよ……」

「これなら多少怪我負っても平気なんじゃ……」

ホルマジオとイルーゾォが顔を見合わす。

「……おいガキ。これはどの程度の傷なら治せるんだ?」

プロシュートの質問にナマエはへらっと笑って返答した。

「死んでなかったら治せます」

『!?』

これには全員が驚いた。

「体が生命活動をやめない限り治せますよ。皆さん怪我をされるご職業なんですか?……まぁ、深くは聞きませんけど、この程度ならいつくらでも出来ますよ」

あまりに怪我が酷いとそれなりに疲れますけど、と付け足す。

「ディ・モールト素晴らしい!ナマエは治癒のスタンドなのか?」

メローネが体を乗り出す。

そういうとナマエはまたあの時と同じように悲しく微笑んだ。

「……違います。治癒は、スタンドの一部です。」

「ここからは俺が説明しよう」

先ほど目にした一部始終とナマエから聞いた話をみんなに言い聞かせる。
皆は初めは話半分だったが、気がつけば食い入るようにナマエを見つめていた。

「そういえば、そのスタンドの名前は?」

ペッシがなんとなく疑問を口にする。

「ダズル・ウィングです」

「幻惑の翼か」

俺の言葉にナマエはこくりと頷いた。

「俺は以上のことを踏まえ、彼女をここに住まわせることにした。異論はないな」

一番渋い顔をしていたギアッチョだが“足引張んなよクソガキ”と一言吐き捨てたので了承したと捉えよう。

「あと、言い忘れたがナマエはお前らより年下だがペッシよりかは年上だからな」

『は!?!』

「気持ちがいいくらい声が揃ったな」

俺の言葉で一番ショックを受けていたのはペッシのようで目に見てわかるくらい落ち込んでしまった。

「でもよォ〜〜〜まだ嬢ちゃんは試験もうけてねぇーんだし、“仕事”について話すのは時期尚早じゃあねぇか〜〜〜?まずは俺達がある程度信用おけるくらいにならねぇとなぁ?」

「……確かにホルマジオの言葉はもっともだ。ナマエ、とりあえずお前の部屋は……」

俺の部屋にするか、と言おうとした時

「ナマエは俺の部屋にきなよ」

「メローネ?え?いいんですか?」

『よくないだろ』

今日はよく声が揃うな。

「なんでだよ。リーダーとか体でかいから寝れねぇだろ。お前ら皆シングルベッドのくせに。俺はダブルだぜ?つまり2人で寝ても余裕ってことだ」

「その理屈はおかしいだろぉ!?それにお前の部屋に女入れるってだけでもアウトだろ!」

ギアッチョが正論を投げつける。

「やだなぁ。俺がやらしいことすると思ってるの?しないよー絶対。ナマエは話してて楽しいしそんなことしなーい」

まるで子供ののように笑いながらナマエに笑いかけた。

「あの、メローネがいいとおっしゃるなら私は構いませんし、このラウンジのソファでも……」

「その場合、着替えはどうすんだよ?」

イルーゾォが聞く。

「え、や……まあ皆さんがいないうちに着替えたらいいかなって……」

「お前なぁ……どんだけ人を信用してんだよ。ここは男だらけで毎日たまりにたまったやつらばっかだ。そんでもってメローネはその最たる者で変態だ。それなら誰かが部屋を空けてメローネと同室になった方が絶対いいだろ」

「えー!?男と同室!?ディ・モールト不快だ!!!」

「誰も好き好んでお前と一緒の部屋にならたいとか思わねーよ変態」

いつにもまして賑やかなラウンジだが、なんとなく心地いいかもしれない。

「なあ、空き部屋あるだろ。ほら、物置になってるとこ。メローネの隣の…ギアッチョの向かいの部屋だ。あそこ掃除したら使えるんじゃあねぇか?」

プロシュートの一声にメローネは小さく舌打ちした。
こいつ、気づいていたか。

「掃除は、まあ俺らの荷物だし適当にやればいいだろ。その間、ナマエ、お前は俺の部屋に来い」

「ちょっと待ってプロシュート!それは聞き捨てならないぞ!?」

「なんでだよメローネ。兄貴分である俺が一番適役だろ?つーわけでナマエは俺の部屋に来い」

「え、あの、えと……」

「プロシュートだ」

「プロシュートさん」

「なんだ?別に仲間なら呼び捨てでいいぜ?」

「プロシュート……なにやら気恥しいですね」

小さな口元が小さくはにかむ。
顔がほとんど見えないのに可愛らしい。

……可愛い?この俺がそんなことを思ったのか?

心なしかプロシュートも顔が緩んだぞ、一瞬。

「あの、もしワガママを言ってもいいのでしたら、私はぜひペッシくんのお部屋が嬉しいのですが……」

『は!?』

「えっ」

ペッシ以外の声が揃う。
なんでだ。なんでペッシなんだ。

「あのう……だってペッシくんは私より年下なのでしょう?でしたら、なんというか、その、変な抵抗感はありませんし……」

それは遠回しに色々な意味を含めペッシは“対象外”という意味だが、当のペッシは普通に顔を赤くして喜んでいた。
まあナマエが決めたことだし、ペッシなら何もしないだろう……何も出来ないだろうと思ったのか、それに了承し、倉庫になっている空き部屋を片付ける話をはじめた。

その時、おもむろにギアッチョが立ち上がった。

「さっきからよぉ!おめーの長い前髪がすげー気に食わねぇ!!!顔ちゃんと見せろボケ!!!あとその眼鏡、度入ってねぇだろ!!!輪郭ずれてねぇもンなぁ!?外せ!!!おしゃれ眼鏡なんて俺は認めねぇ!!!!」

そういうと突然ナマエに掴みかかった。

「うわゎあ」

ナマエは情けない声を上げながらも眼鏡と前髪を必死に抑えた。

「なんで隠すんだよ!?生活するならちゃんと目ぇ見て話せや!!!」

「ギアッチョの口から目を見て話せなんて、常識的な言葉が出るとは思わなかったよ」

「うるせぇぞ変態!おめーはこいつを抑えろ!!!」

「……」

メローネはちょっと考えたがすぐにナマエの両手をつかんだ。

俺も少し素顔に興味があったので“乱暴はするな”と一言声をかけるだけにしておいた。

「えぇ!?リゾットさん?!メローネ!?」

「ごめんね、ナマエ。俺も君の顔が見たい」

「だ、だめなんです!わたし、本当に不細工で、あの、目を見たら呪われるって昔から言われてて、だから見ちゃだめです!!」

「呪いが怖くてこの仕事してられっか!!!」

ギアッチョは乱暴にナマエの眼鏡を投げ捨て、勢いよく前髪を捲りあげた。

「あぅ……」

ナマエの情けない声とは反対に、ギアッチョは静止した。
そして後ろにいたホルマジオ、イルーゾォもナマエの顔を凝視して動かなくなってしまった。
メローネは、“どうしたんだよお前ら”とナマエの顔を覗き込んだが、そのまま動かなくなってしまった。

俺とプロシュート、ペッシは顔を見合わせる。
ペッシが恐る恐るナマエの顔を見ると先程までの赤みを超えるほど頬を紅潮させて止まってしまった。
プロシュートはソファから腰をあげ、俺もナマエの顔が見える位置に移動する。


そしてまた、俺達の時間も止まってしまった。




そこにはルビーとアメジストの二つの輝きを放つ瞳を持った今まで見たことがない美少女がいたのだから。



「そんなに、そんなに見ないでください……」


ナマエのか細い声が俺達の耳に届くのはもう少し後の話だ。







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