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自分の存在理由が見つからなかった。

ただ、息を吸い、全身にめぐらせたあと吐き出す。

自分の意志とは関係なく言われた『業務』をこなし、眠りにつく。

物心ついた時から強いられてきた生活は、寧ろそれが当たり前だと錯覚し、その麻痺しきった人生を至高のものだと願いながら進んでいった。








あの日までは。

















私は、家族や仕事関係者に何も告げず、日本を飛び出した。
欧州なら陸続きだし、どうにかなる。きっと“追ってこない”だろう。

日本で料理人をしていたときの商売道具である包丁セットが入ったスーツケースは、出国や入国時には大変苦労したが、手放すのはつらい。
何とか、係りの人たちを説得し、ヨーロッパ各国をめぐりめぐってイタリアに降り立った。
イタリアはご飯が美味しいグルメの町だし、色々勉強になるはず。
ココで頑張って自分の店を開ければいいなぁ、とさえ考えていた。
幼い時に日本でであった少年がイタリアに引っ越すと言った時は、外国なんて一生のうちに行くことなんてない、今生の別れだと泣いたのを思い出す。
そんな彼も成長しているだろうし、もし会えることなら会いたい。連絡先は知らないけれど、運命の悪戯的な何かを期待するくらいはいいだろう。

「さあ、どうするかな…」

行く宛てのないイタリアの旅が始まった。

「とりあえず、お腹空いたし何か食べたいなぁ」

観光マップすら持っていない私は、気の向くまま足を進めた。






















一つのアパルトメントで男7人が共同生活をするというのは住んでいる側にも、見ている側にもむさくるしいことこの上ない。あの二人が外で生活をしてくれているだけでも助かる。


まああの二人はさておき、仕方が無いのだ。何かあればすぐに伝達が必要で、場合によっては協力しながら仕事に行かねばならない俺たちは。
そろいも揃って個性が飛び抜けているやつらばかりだが、実力はある。そう、暗殺の。
あいつらをまとめるのはひどく骨が折れるし、年長者としてリーダーとして多少敬って欲しいがそれは結局叶わないだろう。

だから今日もこうして買出しに出ているのだ。
自室の部屋については自己管理だが、共同スペースであるラウンジやキッチン、ダイニングなどの掃除、日々の料理、そして今のような買出しなど、順繰りに当番を決めている。
今日はたまたま俺が買出しの当番で、サボってやがったやつらのせいで些か多い買い物になる予定だ。
どうにかしてあいつらのサボり癖を直したいが、もう全員が全員いい大人だ。直らないだろう。

俺は諦め気味に、目的地であるマルケットへ向かった。






人通りはあるが、車通りは少ない、そんな大通りに出た。
向こうからトラックが来たな、と目の端に捕え、だからと言って道路を横断したいわけでもないので特に気にせず歩いていた。
すると、突然、反対側の道路にいた5歳ほどの少年が道へ飛び出した。
持っていたボールを追いかけて、といった本当によくある単純な理由で。

母親は絶叫し、周りの人間は目をそらし、トラックの運転手はブレーキを踏みながらハンドルを切った。
交通事故には、情けないことにトラウマというものがある。
メタリカを使えばトラックくらい止めれる。能力を使うか?この街中で…
ほんの小さなためらいのうちに、あることがおこった。
俺の向かいから歩いてきた少女が道路に飛び出した。
そうかと思えば、突然、右の肩甲骨からは黒の、左の肩甲骨からは白い翼が生えた。
わけがわからない。

少女はすばやく少年を抱きしめた、そう俺が認識したとき、トラックが二人に突っ込んだ。
いや、正確には二人がいたであろう場所に突っ込んだ。

少女が少年を抱きとめると、突然二人の周りに無数の白と黒の羽が舞い散った。
そして────消えた。


周りの人間が目をそらす中、俺はしっかりと見た。
二人の姿が消えたのだ。
トラックはそのままハンドルを切りつづけ、道路を横断するかたちで止まった。
荷物が多少散乱したが、横転もせず、俺の見た限り巻き込まれた人間はいない。
そして、消えた二人は、さも当たり前のように、また存在していた。
少女が少年を抱きしめたとき、羽に包まれて消え、トラックが過ぎるとまた姿を現した。


少女は怪我が無いかと少年に確認しているようで、少年もまたニコニコ笑いながら大丈夫だと答えている。
少年の母親はしきりに頭を下げ、少女は焦ったように手を振っていた。
そして、何かに気づいたようにトラックへと駆け寄る。
どうやら運転手の安否を心配しているらしい。
どう考えても心配されるのは自分だろうに。

運転手と言葉を交わすと、次は散らばった積荷を拾い始めた。
その様子を見て、通行人…特に男達が手伝いに道へ出た。
俺は…無視してもよかったのだが、先ほど見えた翼が気になり、気が付けば積荷を拾っていた。
少女が一つの荷物を持ち上げようとしたとき、『にゅ』と何ともまぬけな声を上げた。
どうしたのかと見てみれば、

「重くて…」

俺を見てそう言った。その言葉は俺に助けを求めてのことなのだろうか、独り言なのだろうか。
その真意はわからなかったが、積荷を1つ多く持ったところで何も変わらない。
少女の足元の荷物を持ち上げると、確かに重かった。まあ、持てないわけではないが。
俺がその荷物を積むと、ちょうど最後だったようで、トラックはハンドルを切り、状態を整えると周りの人間に礼を言い走り去った。


「あの…」

走り去ったトラックを見ていると声をかけられた。
見下ろすと先ほどの少女が申し訳なさそうに俺を見上げていた。

「先ほどは、ありがとうございました」

先ほど、とは荷物を持ったことだろう。
俺は『たいしたことはしていない』と返す。
少し困った顔をして少女は笑い、頭をさげた。

その時、俺は翼のことを思い出す。





気が付けば少女の腕を掴んでいた。
長い前髪と眼鏡の奥で瞳が大きく開き、俺を見ているのがわかった。

「あ、いや、すまない。少し、聞きたいことがあったからな…」

そういいながら腕を放す。

「い、いえ…なんでしょうか?あ、私、日本からきましたけど、そんなに知識が豊富なほうではないです…」

確かにキャリーバックを持った見るからに外国人旅行者に何かを尋ねるというのは、その母国についてだと思うのが普通だろう。
しかし、俺は違った。

「君の母国のことじゃあない。・・・・翼のことだ」

そういうと、少女は口をパクパクしたがら俺をさらに見つめる。

「見える、ん、ですか」

しどろもどろに紡がれた言葉は驚きの色しかなかった。
この反応で、あの翼はスタンドだということがわかった。
しかし、敵意があるわけでもない、ただの旅行客。

「見える」

そういうと、少女は俺の腕を掴んできた。
小さな手は俺の右腕の肘辺りをしっかりと掴んでいた。

「怖くないですか?」

「・・・何故だ?」

意外な質問だった。
なぜ怖いというのだろう?俺は疑問に思ったが、何故だ、と聞き返したあと少女の顔には安堵の様子が見えた。
とにかく、旅行者とはいえスタンド使い。ましてや見た限り姿を消せる能力。
これは少々厄介かもしれない。

「・・・時間はあるか?」

「?・・・これから、ということでしょうか?」

「ああ」

「・・・」

じっくり話を聞きたい。どこに泊まり、いつまで滞在するのか。
そしてスタンド能力の実態。


「あの…時間はかまいませんが、その、お腹が空きまして…」

「腹…?」

「…すみません…。私、今朝イタリアについたばかりなんですが、優柔不断な性格が災いして、未だにこの地で何も口にしていないのです…」

“イタリア料理は美味しいというのに”と小さくつぶやく少女に俺は少し考え言葉をかけた。

「なら何が食べたい?俺の知っている店なら紹介してやろう。もう昼時も過ぎている。空いているだろう」

店の混み具合を考慮したのは、やはり話す内容がスタンドに関するものだったからだ。
俺の言葉に少女は嬉しそうに笑うと「ピザが食べたいです!」と言った。





考えをめぐらせ、近くに雑誌にも載るピッツェリアがあったのを思い出した。
そこにしよう、と伝えると『楽しみです 』と疑うことなく俺に続いた。
少女は少し大きめのスーツケースを持っていたので、何の気なしに持とう、と声をかける。

「え、いや、悪いですし、その…逃げませんよ?」

「…」

確かに逃げられるかもしれない、とはわずかながらに考えていた。
しかし、そういった考えが優先されたわけではなく、俺にしては珍しく持ってやった方が少女が楽だろう、と思ったからだ。

俺は、女に荷物を持たせるのはいけない、と普段の自分なら考え付かないような言い訳を伝え、少女もすみません、と俺に荷物を預けた。

受け取った時、なんとなく、このケースには金属が多いように感じたが少女は俺に荷物を預けたことを特に気にする様子を見せず、このあとのピザに思いを馳せていた。










読み通り、店は空いていたので、薄暗いが周りに人がいない店の奥に腰を掛けた。

「あの、」

座った時に少女が口を開いた。
どうした?と俺が言うと少女はニコリと笑った。

「素敵なお店ですね」

ありがとうございます、と俺に礼を告げる。
いちいち律儀なやつだ。

そういえば…

「名前を聞いておこうか」

リゾット・ネエロ、と名前を告げると『ナマエです』と言葉が返ってきた。
ふむ…日本人らしい名前だ。

「姓は?」

特別気になったわけではないが、なんとなく質問すると先ほどまでの笑顔が嘘のように陰りを見せた。

「姓は、日本に捨ててきました」

ただの旅行者がこんなことをいうはずがない。ましてや…

「ナマエ、そもそもお前は一人で外国を旅してもいいような年齢ではないだろう」

そう、あまりに幼く見えるその容姿は本気でギャングとして生活をしているやつらはともかく、そこらへんでチンピラとして生活している奴には格好の餌食だろう。
日本はそういう意味で治安に恵まれているとは聞くが、ここはイタリアだ。日本じゃあない。

俺の言葉にナマエは目を丸くする。(正確には前髪と眼鏡であまり見えないがそう感じた。)

「やっぱり外国だと若く見えるんですねぇ…いくつに見えますか?」

「?…いや、どう考えてもまだ学校に通わねばならない年齢だろう…?」

何を言っているんだ。どう見ても学校帰りは楽しく友人らと遊び、帰宅したら両親の愛に包まれる、そういった年齢だ。


「…世界の国全部見ても、年齢的には大人に分類されます…」

「!!!」

さすがに驚いた。
いや、確かに日本人は幼く見えるが…

「あ、信用してませんね?ほら」

そういって取り出したのはパスポートだった。
見ず知らずの男にパスポートを見せる行為は感心しないが、俺は受け取ったパスポートをめくり、そして二重の意味で驚いた。
まずは年齢だ。
確かにすでに20を超えている。
そしてもう一つは…

「こんなことをしたらパスポートはもう使えないぞ」

「使う気もないので」

黒いペンで、姓の部分が塗りつぶされたプロフィールページだった。
ああ、『ナマエ』はこういった文字で日本では表現されるのか、といったどうでもいいことを考え、パスポートを胸にしまった。

「え! ?」

「なんだ?もういらないのだろう?それに、今は預かるだけだ。これからする質問の答えた内容によっては返してやる」

「…」

ナマエは少し考えた末、『おもしろいですね。お好きにどうぞ』そう返した。

「ならまず…」

グーーーーーーーー

俺の質問を遮った間抜けは音はどうやらナマエの腹から出たらしい。
そういえば、昨日から何も口にしていないと言っていたな。

「…店員を呼ぼう」

「ハイ…」

俺は店員を呼ぶ。しかし呼んだところで注文をきめていないのを思い出した。
ナマエは困った顔をしながら、『今日のおすすめ、とか』と注文すると、店員は快く承諾し、サイズを聞いてきた。

「リゾットさんも食べますよね ?」

確かに昼飯は食べたが、腹が限界というわけではない。
俺がうなずくと、それを考慮しサイズを指定した。

「お飲み物はいかがされますか?」

「あ、私コーヒーで。リゾットさんは?」

「俺もそれでいい」

ますます見た目とのギャップだ。
店員も『コーヒーですか?』と聞き返している。
コーラかそこらの間違いでは、という顔だ。
しかし名前は相変わらず涼しい顔でコーヒーを注文した。

注文を待っている間、俺は質問に移る。



「お前の能力を教えろ」

端的かつわかりやすい質問だが、それに関して、名前はひどく困った顔をした。
答えたくない理由があるのだろうか。
しかし、返ってきたのは意外な答えだった。

「よくわからないんです」

自分の能力をよくわからない、そういった彼女に俺は思わず眉をひそめる。
ナマエはそれに気づき慌てて言葉をつづけた。

「不快にさせてしまってごめんなさい。昔、私の翼が見える人に会ったことがあって、その人も、その、良くわからない他の人には見えない“何か”を背負っていました。それがスタンド、ですよね?私は、小学校に上がるころにこの能力に目覚めました。ただ、これは誰も見る事が出来ないし、こどもながらに気が狂ってしまったかと思いました。」

ボソボソと言葉を続けるナマエを俺は黙って見守った。

「ある日、白い服と帽子をかぶった男性に出会ったんです。本当に、たまたま一人で珍しく出歩いているときに、スタンドだと教えてくださったんですが、その能力はあまりにも不安定で私の年齢に対してはあまりにも大きいからむやみに使わないように忠告を受けました。それから自分なりに考えてみたのですが、その、結論としては『守る能力』です」

「守る?」

「はい、たとえば…」

左手を出し、きゅっと手を握り、また開くとそこには白い羽根があった。

「こっちの白い羽根は…、えーっと…すみません、あの、ナイフとかありませんか?それでちょっと肌を切りたいのですが」

「…は?」

「あ、いえ、大したことじゃないです。すぐ治せるので」

俺はためらったがメタリカで自分の体内からカミソリを出して彼女に渡した。
ナマエは至極当然のように自分の手首を切りつけた。

「お、おい」

俺が声を上げた時、先ほどの白い羽根を傷口にかざした。
するとどうだろうか。白い肌からあふれ出ていた赤い液体はピタリと流れるのをやめた。
俺が目を瞠っているとその傷どころか血も見る見るうちに消えてしまった。


「これが白の羽根の能力、究極の癒しで己を守る能力…と思ってはいるんですが、さっきみたいに姿を隠したり一時的に私をその空間から消すこともできるんですよ。これは癒しではなくて危機回避的ですよね。でもあれは意識的にするととても疲れますし、先ほどみたいな場合には反射的に発動するんです。だから、なんというか…私を守るための能力、私の大切なもの守るための能力なんです。…こっちは。」

最後にそう付け足したとき、ちょうどピザが届いた。
もちろんコーヒーも一緒だ。

俺はとりあえず砂糖とミルクを入れるが、ナマエは息を吹きかけコーヒーを冷まし始めた。

「…砂糖は入れないのか?」

「へ?え、あー…私、コーヒーと紅茶は無糖派なんですよね。カフェオレとかカフェモカとかなら入れますけど」

「…そうか」

これでは砂糖やミルクを足している俺が子どものようだ、と思ったが顔には出さず、嬉しそうにピザを見つめるナマエに目をやった。

「いただきます」

手を合わせ頭を下げると嬉しそうに1欠片取り、口へ運ぶ。
小さな口からチーズが糸を引くその姿は、なんというか形容しづらいものがこみあげてくる。

「ああ、おいしい。素敵です、最高です。リゾットさんありがとうございます」

もぐもぐ、とおいしそうに1つを食べ終え、もう一つを取ろうとしたとき、ナマエの手が止まった。


「…黒い羽根ですけど」

「?」

「黒い羽根の能力ですけど、それは“私を守るため”に攻撃に転じる、至極攻撃的な守りの能力です」

途端に声が真剣になり、俺は思わず身構える。
そしてナマエはそれがわかったように、自嘲した。

「リゾットさん、大丈夫です。あなたを攻撃なんてしませんし、私はそもそも黒い羽根の能力が好きではないのです。…先ほどのカミソリはどうやらあなたの能力で作られたものと推測していますが…これに対して攻撃を加えた場合、あなたは怪我をしますか?」

確かにメタリカで作り出したカミソリだが、スタンド本体ではないので攻撃されたところで俺には何も起きない。

「いや、関係ないな」

「そうですか」

そしてまるで手品のように黒い羽根を出した。
まるで羽ペンでカミソリに文字を書くのかと思わせるように、刃へ羽根の突き立てた。

「消えろ、すべて」

そういうとカミソリは音もなくその姿を消した。
カミソリが消えるとともに羽根もまた一緒に消滅した。

「これは…」

「私が消えろと願ったから、消えました。あと…これくらいの小さいカミソリくらいなら平気なんですけど、大きいものは体力使うんですよね。…別に、この店1つくらいなら消せますよ」

一週間近く寝込むかもしれませんが、と付け加えた。

「…お前の能力はそれだけか?」

「…というと?」

ピザを口に運ぶのを止めてしまったのは少々申し訳ないが、俺は言葉をつづけた。

「お前の能力はあまりにも不安定で、これといった決定打がない能力だ。傷を癒せる反面、ものを物理的に消せる能力…姿を消せる能力まである…まるで起きたことを無効化するようだ」

「起こったことを無効、は言い過ぎですよ。あとは、そうですねぇ…」

また手に現れたのは黒い羽根だった。
そしてその羽根を指揮棒のように軽やかに振ると…

「ナイフ…?」

その手には羽根の代わりに小さなナイフがすっぽりと収まっていた。

「羽根をナイフに変えました。私が攻撃をしようとしたとき、羽根は私を守るため、私の望んだものになるんです」

『羽根で作ると自分には刃が立てれないんですけどね』そう言ってナイフを自分の腕に突き立てようとしたが、するりと腕を抜け、テーブルに突き刺さった。

「ほらね。まあ攻撃は最大のなんとやら、ですかね」

ナイフは深々とテーブルに突き刺さっていたが、能力を解除したのだろう、傷だけ残してナイフは姿を消した。
ナマエは二つ目のピザを口に運びながらどこからともなく白羽根を取り出すとテーブルの傷にかざし、傷もまた当然のように消えてしまった。

「物を直す時は下手すると新品にまで直してしまうとこなんですよね…ある程度加減しないと一部だけ新品になっちゃうんです」

そうすると全体直すしかなくてとんだ重労働ですよ、と笑った。

「なるほど…とにかく、白い翼と黒い翼、双方ともお前自身を守るということを基準に発動するスタンドというわけだな」

「ですね」

コーヒーをすすりながらニコリと笑った。


「そういえば、ナマエ、ホテルはどうしている?」

「ホテル?いや、ありませんけど」

意外な答えに俺は言葉をうしなう。

「ならばどうやって…」

「あんまり、足がつくようなことはしたくなんですよね。だから人のよさそうな家族や…いかにも下種な男とか、そういう家に転がり込んだりして過ごしました」

行為に関してはスタンドで回避しましたけどね、と自嘲的にいう。
年齢を聞かされたとはいえ、見た目はまだまだ子ども…に見える。
こいつを抱こうとするなんてどんなペドだ。

「パスポートは返してもらえます?」

「…」

返答に困る。
こいつの能力は上手く使えば俺たちのチームにだいぶと有利に働いてくれるが、そもそもそれが正解なのかわからない。
長い前髪の奥には、淵の太い眼鏡をかけた、見た目だけは少女なナマエ。

どうする…?

「お前は先ほどもう使わないといったな。つまりそういうことだ。俺が持っていく」

「えぇ…そんな使えないパスポートとか持ってても仕方ないじゃないですか」

「それはお前もだろう」

「一応写真は貼ってあるし、身分証明書くらいにはなりますよぉ」

情けない声をあげて抗議してきたが、俺はそれを却下した。

「お前は行くあてもない、そして身分証明になるパスポートは俺が持っている」

「そうですね…困りましたねぇ」

さほど困った様子を見せず、ナマエはだいぶ冷めてしまったピザに手を伸ばした。

「つまり、今の私は一方的に能力を知られ、また、一般人として生活するために必要になる可能性が高いパスポートまであなたに握られている。つまり、」


“あなたは私を利用したい”
そういいながらぺろりとまた一切れピザを食べた。


「物わかりはいいようだな」

「まあ、事なかれ主義で育ってきたので」

「どうする?俺はお前を利用しようと企んでいる。そして、」

「あまり表だった利用をしようとは考えていない。…正解ですか?」

「…心を読むこともできるのか?」

「なんとなーくですよ、なんとなーく、私に向けられた思考回路が時々流れ込んでくるんです。お腹が空いてたり、気分が悪いと特に。今はまだちょっとお腹すいてるのでね」

“さっきの店員さんも私のこと子どもだと思ってましたしね”と笑った。

「お前の能力はいったいどこまで伸びるんだ?」

「さあ?自分以外の能力者に会えたのがこれが人生で2回目ですし、他にはどういった能力を持った人がいるのかわからないですからね」

「…お前は俺についてくる気はあるか?俺たちと暮らす気はあるか?」

その言葉にピザを食べる手を止めた。

「“YES”と答える以外の選択肢をつぶしておいてよく言いますね」

「それもそうだな」

これじゃあまるで俺がこの娘を連れ去るようじゃあないか。
そう思うもナマエはさほど気にせず、“冷めてもおいしいですね、このピザ”と嬉しそうに最後の一切れを食べていた。
俺は1つも食べていない。あの小さな体にどう収まったのか不思議だが、至極満足そうにしていたのでそれはそれでいいと自分に言いきかせた。







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