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ぱちくりと目が覚める。
何の変哲もない朝だと思ったけれど、それはあるものを目の端に捉えて“いつもとは違う”という感想を持たずにはいられなかった。
これはあれか?ロケットというやつか?写真を入れるその…
どうせ神様とやらからの贈り物だろう。
なんだ?とうとうお顔でも拝めるのか?
眠気眼でそれを手に取ると、ずしりと重みを感じる。
よく見れば金色だし、こいつはもしかして本物の金というやつかな?
これはこれは太っ腹なことで…
「痛ッ」
違った。
結果としては、重みはロケットそのものではなく、中に入っていた鋭利な欠片のせいだった。
待て待て待て、この既視感…
【おめでとう、君もスタンド使いだ!】
ロケットには写真もなく、ただ一言そう書かれていた。
ああ、そうだ!これは徐倫がスタンド使いになった時のあれだ!!
え、え!?まさか、ホントに!?よ、よし…
出でよ!私のスタンド!
と、意気込んだけれど何も起こらない。
嘘だろ承太郎…まさか素質なかったのかな…
ああ、指先の血も止まらない…
でもスタンド使いになったってことは、皆のスタンドが見れるってことだよね?
いや、なったかどうかわからないけど、仮になれたとしたらそういうことだよね?
「やばい…!」
めっちゃテンションあがってきた…!
特別にジョジョラーだったというわけではないけれど…いや、ジョジョラーであるというのを躊躇っていただけかもしれないけれど(じゃないとキャラ物のスウェットなんて買わない。)…やっぱりジョジョの醍醐味はスタンドなわけで!それを見れるとあればテンション!上がらずにはいられない!
「どうしよう、ジョナサンさんのお家にお邪魔しようかな…ああ、でもどうしよう」
すでに何度かお邪魔している。そこにはおじいちゃんじゃない若いジョセフと高校生の承太郎、仗助、ギャングのボスもしていると平然な顔で言ってのけたジョルノに、かっこよすぎる徐倫、生意気だけど可愛いジョニィもいた。勢ぞろいだった。
ジョナサン以外はスタンドを所持しているわけで…よし、電話してみよう。
私が手に取ったのはスマホ。
中世の紳士とスマホでやり取りなんて、本当にめちゃくちゃな世の中だ。ご都合主義。悪くない。
「あ、もしもし?ジョナサンさんですか?名前です。あの、実はスタンド使いになったみたいなんですけど、よくわからなくて…」
生憎、ジョナサンはスタンド使いではないということと、なんとジョースター一家はちょっと家族で遠出をしているとのことで…
すぐに来るのは難しいと言われてしまった。仕方ない。
承太郎には、すぐに慣れる、とぶっきらぼうに言われてしまったけれど、私は君みたいに精神力がずば抜けて強いわけでもないただの元就職活動中の短大生なんだよ…。
仕方ない、と肩を落として礼を言い電話を切る。
どうしようか、ああ、仗助経由で知り合った康一ならどうだろう?億泰もいいけど形兆くん強面で怖いんだよな〜…
康一にしよう。
彼の名前をアドレス帳から探す。
「すごいな…」
このスマホは神様から与えられたもので、最初は真っ新だった。
でも一週間ほどで私のアドレス帳はジョジョの奇妙な冒険に出てくる人たちの名前でだいぶ埋まっていた。
といっても、今のところ悪役というか、そういう人たちにはあまり会っていない。
悪役として割り振っているのは散歩先の公園で出会ったエシディシとワムウ、杖を落としたのを拾ってあげたのが縁で知り合ったンドゥール、ホル・ホース…あ、マライヤとミドラーもいる。あの子らすごい可愛かった。
音石もそういや会ったな。うざかった。
あとはメローネとリゾット…メローネのナンパすごかったなあ…リゾットが来てくれて助かった…
そしてドッピオとディエゴ。荒木荘に住む二人だ。
まさかドッピオとディアボロが分裂してるとは思わなかったなぁ…
「荒木荘」
なんとなく口に出すも、どうも行きたくない。
なんて言ったって、究極生命体に、吸血鬼、爆弾変態殺人鬼に元であれギャングのボス、吸血鬼の親友のイカレ神父に、大統領…あと半恐竜の天才ジョッキーと着信音を自分で言っちゃう系男子…碌なやつがいない。
なるだけ近寄りたくない。なんていうか、怖い。
そう思った時に、インターホンが鳴った。
返事をしながら、どうにか使えるようになった電子モニターで返事をする。
「どちらさまですかー?」
『DIOだ』
「…お帰り下さい」
『な!?いいからさっさと出て来い名前!』
なななななな、邪悪の帝王DIO様がなんで!我が家に!?
なんで知ってんの?今お昼だけど?いいの?灰になっちゃうよ?
天下のDIO様に名前で呼ばれた驚きよりもそれ以上の驚きのほうが大きい。
『日差しがきつい、さっさとしろ』
あ、日差しはきついんだ。
『言っておくがチェーンはするなよ』
ああ、する気満々だったのに。
なんでラスボスの中のラスボスが会いに来るんだ。
私は今更“留守です”なんて言える度胸もなく扉を開ける。
うわ、でかい。
「フン、名前だな」
「はじめ、まして…DIOさん…」
何となく様付けするのは嫌なので100歩譲ってさんを付ける。
DIOさんは、ひょい、と私の家にズカズカ入ってきた。
てめぇ、ここは土禁だ靴を脱げ。
「靴、脱いでください」
「貴様も吉良のようなことを言うな」
「はあ、吉良さんは何一つ間違ったこといってませんから。とりあえず脱いでください」
「wry…」
眉間にしわを寄せながらもちゃんと脱いでくれたので案外物分かりがいいやつかもしれない。
「緑茶と珈琲と紅茶、どれがいいです?」
「生き血」
「紅茶ね」
よくわからない返しをされたけれど、DIOさんをリビングに案内してソファに座らせる。
“こんな立派なソファとは生意気な”
なんかつぶやいた気もするけど、放っておこう。
対面式キッチンなのでDIOさんの様子もすごくわかる。
何キョロキョロしてるんだろう。
「おい名前」
「なんですか」
「貴様、どこで寝ている?男を家にあげるとはつまりそういうことだぞ」
ニヤリ、と笑った顔が何とも綺麗なくせにやらしくて。
背中を奔る何かは間違いなく不快感とかそういうものではなかった。
ああ、そうか、これがカリスマってやつか。
「じゃあ帰ってください」
「な!?このDIOが言っているのだぞ!」
「うるせぇ、どのDIOでもいいから下心満載の吸血鬼はさっさと帰れ。ていうか何しに来た」
乱暴に紅茶を彼の前に置けば、むぅ、と口を尖らせる。
なんだ、不満かこら。
「生き血がいい」
「やだ」
「少しだけ」
「それって、“先っちょだけだから安心して”に似てますね。信頼度0パーセントです」
「wry…」
DIOさんはソファの真ん中に座っていたがズズ、と体を移動させ、左側に空間を作る。
“座れ”ということだろうが、さっきの今に隣に座るほど馬鹿ではない。
私は彼の対面する形で、彼の向かいに腰を下ろした。うーん、見下されてる気分。最高に最悪な気分。
「ククッ、さっきはからかっただけだ。何もしない。何かしたところで俺がジョナサンにどやされるだけなんだからな」
「なんでそこでジョナサンさんの名前が出てくるんですか」
「貴様はある程度を“理解”しているのだろう。俺は今でもジョースター一族に敗北し続けている」
「へえ」
「む、もう少し興味を示したらどうだ」
私の薄い反応にDIOさんは不満そうに顔を歪ます。
歪ましても綺麗な顔には変わりないし、なんで悪の道に落ちたのだろう、もったいない。
「ねえ、なんでDIOさんは私の家にきたんですか?」
「貴様がスタンド使いになったとの一報を受けたからだ」
意外や意外。そんなことでわざわざ来てくれたのか。
「正直、貴様にそれほど興味はなかったがドッピオとディエゴがいいやつだったと称賛するので多少興味があった。生憎、俺たちの家に今日いるのはカーズとこのDIOだけだからな。あいつはスタンドは見えんから俺が来てやったんだ」
“日焼け止めも塗ってな”
DIOさんは予備の日焼け止めを取り出す。すげえや今の日焼け止め。
「上着もUVカットで帽子、手袋、マスクに日傘。万全を期してわざわざ来てやったのに生き血の一つも出せんのか貴様は」
「ありがたいとは思いますが、私死にたくないですし」
彼を見上げながら私は言葉を紡いだ。
悪の帝王のはずだけれど、なんだか面白いな、この人。
「お菓子なら多少ありますけど」
「はあ、俺は生き血がいいんだ。何、少しだけだ」
「頑固だなぁ」
「貴様もな」
“このDIOに吸血されることを望む女なんぞごまんもいるぞ、光栄に思え、俺から誘ったのだからな”
何を偉そうにのたまっているのだろうか。それならヴァニラ・アイスにでも言え。
頑なに拒否を続けていたのだけれど、さすがというかなんというか、気付けば私はDIOさんの膝に跨って座るかたちに収められていた。
ザ・ワールドの能力なのはすぐに理解できたけれど・・・恥ずかしい。
なんてったって対面。綺麗な顔だわ。見とれちゃう。
ぐっと、着ていた服の襟を肩まで下げられる。
びっくりして硬直すると、次に生暖かい吐息、堅いものが当たる感覚、皮膚が避ける激痛と、形容しづらい熱。
「…っはぁ、ん」
変な声が出てしまう。
痛いくせに脳内には別の信号が送られているようだ。思わずDIOさんの服をぎゅっと掴み、左耳から聞こえてくるジュルジュルといった水音が止むのを待った。
不快感と妙な快感が織り交ざった感覚にひたすら耐える。
ぐちゅ、と嫌な音を響かせて牙が抜かれる。
やっと、終わったかと思うと、視界がぐらりと揺れて私はDIOさんに体重を預ける。
どうやら生きているらしい。
DIOさんはペロリと傷口を舐めた。沁みる。痛い。
「ディ…」
文句の一つでも言ってやろうと口を開くも上手く言葉が出てこない。
しかし、DIOさんはとても優しい、まるで硝子細工を扱うかのように私の頭を撫でた。
「なかなか美味かったぞ」
ああ、優しい手つきのくせに、言うことはカスだな。
「サイッテー…」
彼は私の言葉にクックッと喉を鳴らして笑った。
ああ、かっこいいのはなんでも許されるのか。くそ…。
「名前、少し顔をあげてみろ。俺のスタンドが見えるか」
「すたん…?」
私は、必死で顔を上げて本来壁がある所を見る。
そこには
「ぁ、、ワールドだ…」
「見えるようだな」
そこには漫画で見た通りのザ・ワールドが立っていた。
思わず彼(?)に力の限り手を伸ばすと戸惑った表情を見せたのち、手を握り返してくれた。
あー、なんだこれ幸せだー。
ありがとう、と彼との握手を後にする。
「貴様もどうやらスタンド使いになれたようだな」
「でも、私のスタンドって…」
「ああ、そういえばそうだな。貴様のスタンドも確認せねばな」
「うーん…」
貧血で意識も朦朧としているのに、何がスタンドだ。
朝一でやってみたけどなんも出なかったわ。
心の中で悪態をつき、ザ・ワールドに握り返してもらった手を見ると、ある不自然なことに気が付いた。
「あれ?ワールド、さん、指輪くれた?」
なんだか呼び捨てでいいのかわからなくなり、中途半端に敬称をつけ彼を呼ぶと、彼はフルフルと頭を横に振った。否定の意味だ。
しかし、朝にはなかったはずの、シンプルな指輪が私の中指に嵌められていた。
いつ、装着したのだろうか?未だに私を抱きかかえるえらっそうな吸血鬼が時を止めたときだろうか。
眉を顰め、じっと指輪を見る。でも、はじめて見るそれは、嫌というほど“しっくりと”私の指になじんでいた。
「…DIOさん」
「なんだ?」
私の背中に手を回し、至極優しい手つきでさすり続けてくれている。
何故かわからないけれど、それでだいぶと気分が落ち着いたのも事実だった。
「横暴だし、我儘だし、うざったいけど、…DIOさんは“興味”だけでうちに来たわけじゃないよね?」
ほんの一瞬だけ、手が止まった。
「DIOさんのザ・ワールド、めっちゃ心配した表情だったの、さっき。手を握る前。あれって、私がスタンドに精神力で負けて倒れないか心配だったってことでいい?」
「…自惚れるな」
「勝手に自惚れておくよ、ありがとう、DIOさん」
ポン!
軽い音を立てて目の前に1輪の花が咲いた。いや、正確には私の手の中に1輪の花が突如握られた。
今まで花なんて興味もなかったのに、この花の名前もわかるし、表れた意味も理解している。
不思議な感覚に、私は目を丸くしながらも、心から湧き上がってくる喜びに笑みを溢した。
「DIOさんDIOさん」
「ん?」
「これ、あげます」
私は花をDIOさんに手渡す。
彼は怪訝そうにしながらもそれを受け取ってくれた。
「そのお花の名前は、ダリア。花言葉は感謝、威厳」
「…貴様のスタンド能力は、随分とつまらんもののようだな」
「そうみたいですね」
“植物を作り出す能力”
戦闘にも向かない、とても暢気な能力だった。
「まあ、この花は貰っておいてやる。たまには血を吸わせに荒木荘まで来い」
「それはどうかなあ」
相変わらずの上からの物言いに私は苦笑する。
でも、DIOさんがへりくだった言い方をするのも変だから、きっとこれでいいんだ。
「で、貴様はこれからどうするんだ?ずっと家の中にいるニートなのか?」
「まさか。DIOさんやカーズさん、ディアボロさんじゃあないんですから」
「よく知ってるな。だがこのDIOを侮辱「聞こえなーい」
悪の帝王の言葉を遮ると、帝王は不機嫌そうな顔をする。
それが妙に面白くて笑うと、さらに顔を顰める。
「ニートは嫌ですねー、んー…花屋でもやりますかね。ワゴン調達して花売りの少女?みたいな?」
「少女…?貴様、情報によると20だろう?少女は言いすぎじゃあないのか」
「うるぜーぞ100年以上生きてる吸血鬼にとっちゃハタチなんて少女だろ」
後日、神様から送られてきた小さなワゴンのもと、私は中心地にある公園の噴水広場で花屋さんを開業した。
入荷にお金はかからない。全てが純利益。あ、花束の作り方とかは覚えないとな〜…リボンとか包み紙は…さすがに買うしかないか。ちぇ。
ちなみにお店の名前は
「フラワー・フェアリー」
私の、スタンド名だ。