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見覚えの無い、そして、とても心地のいい部屋で私は目覚めた。




白と黒で統一された部屋は、一瞬色を判別できなくなったのかと焦ったが、白いカーテンの隙間から覗くのは紛れも無い“青空”で、私はホッと胸をなでおろす。
にしてもここはどこだろうか?私は確か一人暮らしの部屋でいつも通り眠りについていたはずで…。

うーん、と頭を捻るも答えは出てこないし、もしかしたら夢かもしれない。
寝起きだから、ではなく夢だから、この気持ちのいい浮遊感があるのかも。

にしてもこの感覚は何だろう?
見覚えはない、確かにないのだが…私はこの部屋に、随分と居心地の良さを感じている。
…ともなればまずは探索だ。
別に人の気配はないのだし、かまわないだろう。


適当に興味がそそられるような本が数冊、液晶テレビ、ノートパソコンに、オーディオ機器…うーん、いたって普通のリビングだ。
寧ろ、私が先ほどまで眠りこけていた寝室にあったアロマキャンドルのほうがよっぽど女子っぽい。
ガラス張りのテーブル。そこに違和感を感じたが、今は無視だ。

とにかく、間取りはわかった。
マンションにしてはちょっと広い玄関を入ると、お手洗いやバスルームが右側に、左側には和室、続いて私がさっきまで寝ていた寝室がある。
突き当りには、なかなか広いリビングがあって、キッチンは対面式。
いや、対面式でも対面する相手がいないんだけど。
冷蔵庫の中は綺麗に整理されていて食べ物も沢山あった。
住人が…とも思ったけれど、あまりに生活感が無いし、何より“ここは私の家だ”と、何故だかどうして、そう思ってしまうのであの冷蔵庫のものは後で食べよう。
寝室…まあ、洋間には、なんと立派なことにウォークインクローゼットがあった。しかも洋服も何着か!
ちなみに今着ているのは、確かに眠る前に着たスウェット(ビレ●ンで買ったジョジョのやつ。キラークイーン。)なのでそこが妙にリアルで笑えてくる。


で、だ。
結局何も解決していないし、寧ろ“夢”から“現実”に変わりつつある感覚に私は困惑していた。
だってそうだ、私はまったく別の…もっと狭苦しいアパートで1人暮らしをしていたんだ。
苦学生とまではいかないけれど、短大2年生、就職活動真っ只中だ。先日もいいところまでいった企業の人事にセクハラをされて…ぶん殴ったらなかったことになった。そりゃそうか。
とにもかくにも私はこんなところで油を売っていてはならない。
親を早くに亡くした私はそれはもう親戚中たらいまわしにされて、一刻も早く就職したいんだ。(殴ったけど)


「見るしかないか…」


私はガラス張りのテーブル、その上にある真っ白な封筒を手に取った。
あまりに整然とされすぎたこの家の中の唯一の違和感であった封筒は、私に答えを示してくれた。恐ろしく、簡潔に。






『はじめまして、僕は神様。今日から君にはここに住んでもらうよ』



そこらへんにあったボールペンを使ったようで、ちょっと擦れている。
神様ならもう少し気を遣ったほうがいい。


『ごめんごめん、新しいペンで書いたよ。これでいいかい?』


文が変わった。目の前で。
驚きすぎて声が出ない私に、“神様”は続けた。

『君は僕が選んだ、とてもラッキーな子だ。きっと自分のやることはなんとなくわかると思うから言わないね。この世界の住人と“仲良く”暮らしてくれたら、僕はそれで満足さ。』

“仲良く”という部分が太くなっている。
これは俗に言う“意味深”というやつなのだろうか。


『僕はずっと君を見ているよ』


ストーカー発言をされ、そのまま便箋も封筒も、ポンッと軽い音をさせて消えてしまった。
どうしたものか。


そのとき、インターホンが鳴った。
おいおいおい、引越しで言うなら今日が引越し当日なのに不躾なやつもいたもんだ。
電子モニターで確認しようと思ったけれど、使い方がわからない。あとで説明書読もう。

とりあえず、無用心なのでチェーンをつけておそるおそる扉を開けてみた。

すると


「あ、こんにちは」

随分と大きな、そして見覚えのある男性がひょっこり覗き込んで来た。
私がチェーンをしていることには不快感を示すどころか安堵した表情を浮かべる…私の推測が正しければ、この人は

「ジョナサン、ジョースター…」

初対面の人間を呼び捨てなんて我ながら阿呆だけれど、驚くだろう、だって彼は漫画の主人公だ。
そんな彼が目の前に、私の家を訪ねてくるなんて。

「よかった、やっぱり君も知っていてくれたんだね。何かわからないことがあったら言ってくれるかい?力になるよ」

「え、あの、えっと…」

「君は今日からこの世界の住人になった名前ちゃん、だよね?」

「なん、」

「なんで、って思うよね。ごめん、その理由は僕たちにもわからないんだ。実は昨日手紙が来てね、“君たちを知っている新しい子がくる”って。何のことかわからなかったけど、なんだろう…ついさっき、それを何事もなく受け入れられたんだ。君がこの世界に来た瞬間に、かな?」

…ジョナサンは、ここまで不思議ちゃんじゃなかったはずだ。
でも、ジョナサン・ジョースターに歓迎されているのなら幸先いいんじゃない?
DIOとかだとちょっと戸惑うけど。

「へ、変なこと言ってゴメンね」

私が黙りこくってしまったのでジョナサンは慌てて言葉を継ぎ足す。
むしろコッチが申し訳ないわ。

「あの、詳しく聞きたいのは山々なんですが…色々混乱してまして…この世界には“どういった住人”がいるのでしょうか」

私の質問に、ジョナサンは、パッと顔色を変えた。
まずいことでも聞いただろうか。

「び、便箋に、君からそういった質問をされたらこう答えるようにってかかれてたんだよ…えっと…」

なるほど、“こいつマジでそんな質問してきやがった”って顔か。

「“1部から7部まで。星の一族は同じ館に、ラスボスは荒木荘に”…星の一族って、いうのは僕たちジョースターの血を引く人間で集まって暮らしてるんだ。全員じゃないけど…あと荒木荘っていうのはその…昔、ぼくたちジョースター一族と戦ったことがあるやつらというか…まあ、今は仲良くやってるんだけどね」

いがみ合いはするけど、と付け足す。
おいおいおいおい。ジョースター一族が同じ家に住んでて、スレで有名な荒木荘が実在した世界だって!?
私はとんだミラクルガールじゃあないか。


「たぶん、君のほうが詳しいと思うし…“皆”なんとなく君の存在を感知、認知してると思う。悪いやつらは、少なくともぼくらと関わりのある人間にはいないから安心して。何かあったらここに連絡してね」

綺麗な字で書かれたメモ。
番号に住所が書かれている。

「あ、あの、上がっていきますか?引越し?したばかりですけど、荷物とかは別にないので…」

その封筒とやらは、もしかしたらジョナサンのところ以外にも届いているかもしれない。
でも、わざわざ挨拶にくるお人よしなんてこの人ぐらいだろう。
何もお礼が出来ないのは至極申し訳ない。

「うーん、悪いけど、今日は遠慮しておくよ。仮にも初対面のレディの家に手ぶらでお邪魔するなんて不躾な事はできないからさ。今度は何か手土産を持ってくるね」

じゃあ、と颯爽と歩いているジョナサンの後姿は最高にかっこよかった。


「あー…さすが主人公…」


去りゆく彼を見ながら、私は小さく呟いた。



















神様の言うとおり、住民たちは会うたびに“お前が名前か”と簡単に納得していた。
私としては超豪華キャストに会う気分で最高だった。

「仗助はさ、私に会ったときに挨拶する前に“名前か?”って言ってたけど、なんで?」

仲良くなった東方仗助になんとなく疑問を投げかければ、彼はちょっと上をむいて答えを考える。
あー、綺麗な顔してんな、この子も。

「なんつーか、赤ちゃんって生まれてきたらちゃんと空気吸うために呼吸すんじゃん?誰も教えてないのに」

「え?あ?うん」

「そんな感じ!」

説明下手かよ。
上手いこと例えたな!なあんて喜んでいるのでスルーしておこう。

「だから、名前は俺たちにとって“当たり前”なんだよ。その度合いは人それぞれかもしれねえけど、名前の存在は、急に、…んでもってあまりに綺麗に咲いたんだよな〜」

「…口説いてる?」

「え!?は!?」

「冗談だよ」

真っ赤になって慌てる仗助を見て、私は思わず笑ってしまう。
慌てる彼が面白いのと、皆が自分を受け入れてくれる喜びに。






高層マンション。末広がりの8階。角部屋でバルコニーが広い。
部屋は洋間兼寝室、和室、リビング、他バストイレ別で対面式システムキッチン。
家賃は知らない。神様ってのがいるらしいのでそこに任せよう。
隣の部屋は旅行好きの老夫婦。
旅行に行っているときは取っている新聞が郵便受けにたまらないように持ち帰って欲しいと頼まれている。その新聞はもらえる。
下の階はなんと、託児保育をしているらしく、夜は人がいないので多少の物音も全然許される。やったぜ。


バルコニーから見える綺麗過ぎる夜景を見て、一つ伸びをする。
これが、ここに来てからの私の日課。

まあなるようになるさ。
今日もいい夢が見れますように。ラリホー。




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