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「あ、テレンスさん、ヴァニラさんおはようございますー」
「おはようございます名前」
能天気な声にため息が出る。
彼女の名前は名前。
DIO様が夜散歩に出かけた先から連れ帰ってきた少女だ。
今では屋敷に関する炊事洗濯掃除に至るまでをこなしている。
それなりに要領は良いらしいが、なにぶん広い屋敷なので、仕方なく俺達も手伝うことがある。
“DIO様の身の回りは、俺がする”そういえば“助かります”と笑っていた。
DIO様狙いの女はよくいるし、たまに運よく助かるが、殆どはその血をあの方に捧げて生涯を閉じた。
名前はまったくといっていいほどDIO様に興味を示さず、手伝ってもらえることにのみ感謝していた。
かといって、DIO様を恐れることもなく、廊下などで見かければきちんと挨拶をしていた。
何故このような女をDIO様は連れてきたのか。
不思議でたまらないが、それを俺は聞けずにいた。
ある昼下がり。
DIO様が情事を楽しんだ後のシーツをせっせと洗う名前。
泡だらけになりながらこびりついた血液を懸命に洗濯板でこすっていた。
「名前」
「あ、ヴァニラさん!今回はDIO様に血を吸われたときに盛大に暴れたみたいですごく汚れちゃってて…」
ため息をつきながらも、手は止めない。
だいぶと色は落ちてきているが、確かに大きな染みなっている。
「これならもうDIO様に許可を貰って新しいのを買った方がいいだろう」
「許してくれますかね?」
「聞いてみたらいい」
「そうですね!」
名前は自分の体についた泡をふき取り、パタパタとDIO様の部屋に向かった。
まあ、DIO様はケチくさい方ではないし、これくらい許して下さるだろう。
俺は残されたシーツを拾い上げ、彼女の手では絞り切れなかった水分を絞りとり、床へ放り投げた。
このままでもいいが、ついでということで洗濯の桶も片づけてやる。
周りに洗濯物はないので、これのためにわざわざ引っ張り出したようだったからな。
しばらくすると、名前が戻ってきた。
首元を抑え、顔を顰めている。
心なしか瞳が潤んでいた。
「どうした」
「DIO様に血を少し…でもシーツの許可はいただいたので買ってきます」
名前の首筋には小さな穴が2つ。
指で血を吸われるDIO様だが、何故か名前に対してはその首筋に顔を埋め、その牙から血を欲する。
これに関しては一度質問したことがあるが“名前の血は美味いからな”という回答しか得られなかった。
とどのつまり、彼女の血は直接その舌で味わいたいというのが本音なのだろう。
髪が首筋に当たり痛いのか、彼女は髪を結い上げる。
白い項が露出され、思わず息を呑んだ。
「あ、ヴァニラさん片づけてくださったんですか!?すみません!ありがとうございます!ではシーツを買いに…」
「名前」
去ろうとする彼女の手首を掴む。
細くて、力を込めれば砕けてしまいそうだった。
「ヴァニラさん?」
「…」
名前の白い手には先ほど傷口を抑えた際についた彼女の血がこびりついていた。
「今日はやめておけ」
「で、でも」
「シーツなら代えはいくらでもある。貴様は自分の顔色を見たのか?倒れたらどうするつもりだ」
「それは…そうですけど…」
申し訳なさそうに眉を下げる。
俺は思わずため息をつくと、そのまま彼女の腕を引っ張って部屋を出た。
「うわわ、ちょ、え?」
「貴様がどうしても行きたいというのならついていってやる。他にもいるものがあるんだろう?」
「ど、どうしてそれを!」
「汚い字書かれたメモを見た。あれだけの量をどんだけ往復して持ってくるつもりだ」
「えっと…5往復?」
「…」
なんと暢気なのか。
とにかく、首元の傷の手当てをし、手の血をふき取る。
「おや、どうしたんですか」
テレンスがちょうどよく現れた。
よし、こいつとの買い物はテレンスに行かせよう。
「今からヴァニラさんとお買い物に行くんです!手伝っていただけるようで助かります!」
「そうなんですね、そんな優しい心がヴァニラに残っていたとは驚きましたが気を付けていってらっしゃい」
しまった!先を越されてしまった!
名前は“よろしくお願いします”なんて頭を下げている…
まあ、こいつの買い物は、DIO様の命令のものもあるようだし、仕方ない。
こいつではなく、DIO様のためだ。
近くの店で物色する。
あれも、これも、と必要なものをまとめていく様を俺は何をするでもなく見ていた。
結局のところ荷物持ちだ。別にどうでも…
「んーしょ、んー…よっと!ふぇえ…」
「…」
情けない声を上げながら高い棚の商品を取ろうとしていた。
どうするんだろうか?俺に頼むか?
脚立でも探すか、店員に言うか?
その様子を見ていると、ひとりの若い男がやってきた。
ひどくニタついた笑みで名前に近寄り、その手を取った。
なんだあいつは。
耳を澄ませば、物を取ってやる代わりにこの後お茶でも、という等価交換とは呼べない下劣な交渉だった。
気が付けば、
名前の手を取る男の腕を捻りあげていた。
ごく自然に、当たり前のように。
「ヴァ、ヴァニラさん!?」
「いでででで、なんだよ、男連れかよ!?」
男は顔を顰め、そそくさと立ち去った。
「どれがいるんだ」
「あの、一番上の棚の、青い箱洗剤です」
「あれか」
なんてことはない。
取ってやれば名前は俺に礼を言う。
「礼を言う必要なはい」
「でも、ありがとうございますヴァニラさん」
帰り。
俺も名前も大量に荷物を抱え、屋敷へ戻った。
テレンスとたまたま来ていたダニエルがすぐにその荷物を持って片づけに行ったので、まあいいか、俺の仕事はおわ…
「いたたたた」
って、なかった。
「どうした」
「実は昨日足をひねりまして、ちょっと腫れが治まらないんです」
「言え」
足首を見れば、なるほどだいぶ腫れている。
しかし、なんでこいつはこうも何も言わないんだ。
DIO様に血を吸われようが、炊事洗濯で手がひび割れ血が滲もうが、熱があろうが、今みたいに足をひねりながら重い荷物を持ったりして。
ひどく不愉快に感じながら、その小さな体を抱き上げる。
小さな悲鳴が聞こえたがどうでもいい。
名前を横抱きにすると、こいつ自身の匂いだろうか、なんとも言えない香りが鼻を掠める。
「お前は日ごろから無茶をしすぎなんだ。怪我をしたなら休めばいい。俺もテレンスもいる。そもそも遠慮をしすぎなんだ。DIO様が連れてきた女だからどれほどのものかと思えば、普通に生活をし、し幸せな結婚が出来そうな人間じゃあないか。だから気に入らない。いつもヘラヘラ笑って、貴様は何をしたい」
横抱きのままつかつかと彼女の部屋へ向かう。
そういえば(うらやましいことに)彼女の部屋はDIO様の隣だった。
部屋に入り、女性特有の、香水とはまた違う華やいだ匂いに妙な感覚が湧き上がる。
ベッドに名前を横たわらせ、勝手に部屋を物色し、包帯などを出す。
「ヴァ、ヴァニラさん…」
さっさと腫れあがった足首に処置を施すと、名前は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいか、この屋敷の人間は皆無茶をするお前を心配している。あのテレンスは特に心配して俺に愚痴を言ってくるんだ。それにDIO様もだ。時折呼ばれてDIO様に血を捧げているのは知っているが、最近の手の荒れも気にしてらっしゃったぞ」
「ああ…すみません……あの」
「なんだ」
「皆、ということは、ヴァニラさんも心配してくださっているんでしょうか?」
「!?」
俺が、この女を、心配?
いや、しているのか?そうでなければ手当などせん。
どうしてだ?DIO様の寵愛を受けているからか?
いや、寧ろ寵愛を受けていようものなら出来うる限りの冷たい態度と、こと切れた死体を暗黒空間に引きずり込むだけであって
今までに感じたことのない感覚が体中を奔る。
「…貴様は心配してほしいのか」
「え、あ、えっと…」
ベッドのシーツを掴み、顔を赤らめ、小さく肯定する。
待て、なんだその反応は。
やめろ、やめてくれ
「ヴァニラさん、怖い、ですけど、優しい時もありますし、もし心配していただけるなら、嬉しいなって…うわっ」
気が付けば小さな体をベッドに組み敷いていた。
驚いた表情の名前が俺を見上げる。
「ヴァニラ、さん…?」
「それ以上言葉を発するんじゃあない…」
“喰うぞ”
それは忠告
(この感情を名を知れば、きっと戻れない)
(わかっているのに)