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偏頭痛っていうのは厄介で、本当にいきなりやってくる。
今まさに私はそれに悩まされていた。

ズキズキと痛む頭を押さえつつ、薬を探す。
しかし見つかったのは空箱。つまりストック切れということだ。
ついてない、ありえない、と私はつぶやきながら財布を持ち立ち上がる。

薬局に行こう。

そう、考えたから。














「う〜…」

小さく唸りながら目指す薬局。
散歩がてらいけるいつもの薬局。
いつもなら気にならない車の音が頭に響く。

病院から処方されているお薬だからその薬局の調剤でしか手に入らない。
市販ならどれだけ助かったことか…
しかし遠い。あと、どんなに唸っていても、つらそうでも誰も声かけてくれない。
精神的にもつらい。

ズキズキが最高潮になり、思わずしゃがみこむ。


「痛い〜…」


その時だった。

「大丈夫か?」

声が降ってきた。
田舎とはいえ大通り。それなりの交通量のあるなかしっかり聞こえた声。
私は思わず、大丈夫じゃないです、と答えた。

「びょ、病院は!?」

少し焦った声の主は男の子。同じくらいかな?顔があげれないや…

「薬局に…処方箋を…」

「薬局?この先のか?」

私はうなずいた。
このあたり、徒歩で行けるのはあの薬局ぐらいだ。

「俺が送る、立てるかい?」

「うー…」

私はよろよろと立ちあがる。
そこには分厚い胸板と箱根学園の文字。

「ぇ…?」

思わず主を見上げると、見たことのある顔。

「し、新開くん?」

「ああ、苗字さんだったのか。頭痛?」

「う、うん」

思い出したように襲ってくる痛みの波は間がいいのか悪いのか。

「っと、立ち話は後だな。ほら、サドルに跨って」

示されたのは彼の自転車。

「え、…え!?」

「俺が押してくから。さすがにロードで二人乗りは乗せる相手の体調がよくないとだめだしな。ゆっくり押していく、俺の腕につかまってくれたらいい」

「で、でも」

「いいから。さ、薬局に向かうか。本当に病院は大丈夫か?」

新開くんはにこりと笑った。
こんな感じで笑うんだ。

「ありがと…」

横を車が通り、私のつぶやきに似た声が届いたかどうかはわからない。
ただ、私を乗せた自転車を、新開くんはゆっくりと引きだした。






頭痛は相変わらず続いている。
ただ、なんだろう、こう、甘い匂い…新開くんかな?なんかいい匂いがして、その匂いがすごく私を落ち着かせてくれる。

頭が痛いのに、眠くなる、変な感覚。


そうこうしているうちに目的の薬局へ着いた。
すぐに調剤薬局ブースへ足を運ぶ。


「すみません、いつもの…」

「あら、名前ちゃん、いらっしゃい。そこ座っててね。彼氏さんもどうぞ」


彼氏、と言われたのはもちろん新開くん。
違います、と言いたかったのに頭痛のせいで私は倒れこむように
椅子に座った。
そして彼氏と言われた新開くん本人は否定するどころか『どうも』なんていってちゃっかり座ってる。とても気まずい。


無言の時間が流れる。
先ほどの顔なじみの薬剤師さんがいつものように薬を渡してくれ、私は1錠を口へはこぶ。

「ふぅ」


もちろんすぐに効くわけではないけれど、気持ち的にはだいぶと楽になる。

「ごめんね、新開くん、助かった」

「気にしなくていいよ、それよりいつも通ってるの?」

「あ…うん、偏頭痛持ちで病院から薬を処方してもらってるの。でも病院は遠いから定期的な通院はしてるけど、普段はここの調剤部でお世話になってるの。」

「そうなんだ、知らなかった。何か飲み物いる?買ってくるよ」

「え、え、悪いよ」

「いいよ、気にしないで。俺も買うし」

「じゃあ、…お茶」

「ダイエットかい?」

「多少気にしてます」

「そのままでも十分なのに」

「え!?」

「じゃあ買ってくる」

そんな言葉、急にかけないでほしい。心臓に悪い。
そのままでも、なんて、

顔が赤くなるのを感じながら新開くんの帰りを待つ。
この薬は即効性があるからだいぶと痛みの波の間隔は開き、強さも弱くなってきた。
そのおかげでやけに思考が冴えわたる。
私、あの新開くんの自転車に跨って薬局まで連れてきてもらって、かつ、いま飲み物を買いに行ってもらってる…。
箱根学園の自転車競技部、特にレギュラーといえばファンクラブというか熱烈な応援団がいる。
男子には主将の福富くんや荒北くんが人気だけど、女子に人気の東堂くんや1年生の男の子…そして、新開くん。
そうだ、彼はとても人気がある。彼の1番のファンは同じくレギュラーの2年生の男の子だって聞いたけど…それでもやっぱり女子にだって人気がある。
自分の置かれた状況がもしファンの子に見つかればどうなってしまうだろう、と考えながら俯いた。
嫌な汗が出てくる。

「苗字さん?」

降ってきた声に顔を上げる。
そこには心配そうな新開くんの顔。

「大丈夫?まだ痛む?」

俯いていたせいで、まだ頭痛がひどいと思ったらしい。
本当にやさしいなぁ。

「ううん、もう平気。少し、考え事してた」

「頭が痛いのに考え事?無理は禁物だぜ?」

「ありがとう」

はい、と手渡された冷たいお茶。
でも、一度意識してしまった私の熱は冷めることを知らないらしい。
隣に新開くんがいる。あの、新開くんが。

「…おめさん、顔赤いけど、熱?」

「へ、平気、です」

顔赤いって言われちゃった。泣きそう。

「ふーん、ま、無理はだめだぜ?この後用事がないなら一緒に帰るか」

「え!」

「用事あるなら付き合うし」

「!?」

驚きで声すら出ない。何を言っているんだこの人は。
カロ○ーメイトみたいなやつをもしゃもしゃ口に運びながらニコニコ笑ってる。

「し、新開くんも用事あるでしょ?ほら、部活の…」

「あれは自主練習だから」

ひぇー!何も言えない!
嬉しくないといえば嘘になるけど…どうしよう

「大丈夫、何もしないよ」

「そ、そういうことじゃ」

「なんだおめさん、俺が嫌いか?」

「ち、ちが」

「なら好きなんだな」

「なん、でそうなる「俺は好きだぜ」

-------は?
今、なんて?


「なんか、元気になった途端表情コロコロ変わるし、なんか学校での印象と違うな」

「え、あ、そうかな」

なんだ、好きって、おもしろいとかそういう類の『好き』ね…


「よく本とか読んでるし、人としゃべってるときも聞き手だし」

「…」

「でも、優しいよな」

「え、そうかな…?」

「覚えてない?1年のころ、俺が自主練習してたらこけてさ、結構血も出てやばくてさ、」

ぽつぽつと新開くんが語りだした過去。

「でもあれなんだよな、血流してても自転車引いてたし、異様に見えたみたいで誰も声をかけてくれんかったんだ」

「…」

「でも、そんな俺に声をかけてくれたのが--------」






























「大丈夫?」

皆が避ける血まみれの俺にかけよってきた、同じクラスの内気な女子。
名前は…悪いけどわからない。
ただ、俺を心底心配する顔は、不謹慎かもしれないが可愛いと思った。

「箱学の子?大丈夫?こけちゃった?病院は?」

おとなしい、と思っていたこともあり、矢継ぎ早に質問され少し戸惑う。
女の子は持っていたハンカチで懸命に血を拭いだした。

「汚れるよ」

「平気」

俺は女の子に連れられるまま近くの公園へ。
水道で傷口を洗い、汚れをふき取ってくれた。
小さなポーチに入った救急セットみたいなので消毒も、手当もしてくれた。

「これで、大丈夫だと思うけど、ちゃんと先生に診てもらってね。じゃ…」

女の子は足早に公園を去った。
それが…



















「苗字さん、おめさんなんだよ」

きょとん、とした表情で新開を見つめる名前。

「もしかして気づいてなかった、のか?」

「う、うん…あれ、新開くんだったんだ」

出来事は覚えていたが、それが誰だったのか覚えてはいなかった。
少し日が傾いた時間、怪我をした男の子が自転車を押している、その様子だけは鮮明に思い出された。
ただ、新開の言う通り名前はクラスでも目立たない内気な女子。
ゆえに、クラスの面々、ましてや男子に等さらさら興味もなく、同い年くらいの男の子の手当てをした、程度の記憶だった。


「まじ、か…え、俺、今すごく恥ずかしい…?」

ふんわりウェーブの髪をくしゃくしゃかきながら新開は俯く。
名前はそんな様子を見て思わず笑ってしまった。

「そんなことないよ、かっこいい」

「!」

その言葉に新開は顔をあげる。

「俺、ちゃんとおめさん…苗字さんにお礼云えてなくて、でももう2年経って、どうしようかって思ってて…そしたら今日うずくまってるおめさんを見つけて…」

「え?でもあの時私の顔見て苗字さんって…」

「…寮出てくときに見かけたんだ。体調悪そうで心配だったけど、寿一と部活で相談事しててな。あとから慌てて追いかけたんだ。見つけた時うずくまってるのはびっくりしたけど、見つけれてよかったって安心したんだ。」

「新開くん…」

「これからはおめさんがしんどいとき、俺が薬局でも病院でもどこでもつれてく。だからおめさんも、その、俺の怪我の手当てをこれからもしてほしい。」

少し頬を赤く染めながら真剣な表情で名前を見つめた。

「私、不器用ですけど、いいですか?」

「おめさんのおかげでちゃんと傷も治ったんだぜ?」

「…よろしく、お願いします」

「うん、こちらこそ」

ぎこちない挨拶でお互い頭を下げる。

「あ!でも!」

名前がバッと顔をあげ、新開はOKをもらってからの『でも』にショックを受けた顔をした。

「で、でも…?」

恐る恐る次の言葉を聞いてみる。
そうすると名前は目に見えて真っ赤になり、俯いてしまった。

「でも、その、薬局とか、病院だけじゃなくて、もっと色んな所に、行きたい」

消え入りそうな声で告げられたお願いに新開は思わず笑う。

「当たり前だろ、さっきどこでも連れてくっていったじゃないか」

「あ、そっか」

二人で一通り笑い終えると、薬剤師に礼を言い、店を出た。


傾いた日は、どこか出会ったあの日に似ていた。














(でも、二人乗りって駄目なんだよね?)
(じゃあ、おめさんを乗せて、今度のレースぶっちぎりでゴールするよ)