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「雨だ」
止みそうにない突然の雨に見舞われて、私は立ち往生する。
古びた店の軒先に駆け込むも、サァアという優しすぎる雨音が鳴りやむ気配はなかった。
「すいませェん、隣、いいですか?」
「あ、はい」
黒いレインコートのようなものを着た男性がいつの間にか現れ、申し訳なさそうに私の隣に並んだ。
レインコート着てるんだから素直に家に帰ればいいのに。
「止みそうにないですね」
「すいませェん…寒いですね」
何故謝られたのかはわからないけれど、確かに寒い。
秋口だ。そんな時の雨なんて体を冷やしに冷やしてくる。
「そうですね…ヘックシュ」
つい、寒さを意識してしまうとより冷気が襲ってきて、私は思わずくしゃみをする。
知らない男性の横でくしゃみをするってのは、生理現象とはいえ恥ずかしい。
「すびばぜん…」
ああ、鼻もぐずぐずだ。
恥ずかしい、逃げ出したい。
男の人は(元々そうなのかは知らないけど)困り眉で私を見つめた。
「風邪ひきました?」
「いや、寒さを意識したらつい…」
自分の体の単純さに情けなくなる。
「スイませェん…わたしがいらないことを言ったから…」
「いえいえ、寒いのは事実ですし…」
「…」
男の人は、少し考え込むように顎に手を当て下を向いた。
そして、おもむろに上着を脱ぎだした。
何事か、と目を瞠っていると、私の肩にそれをかけた。
あまりにも、もごもごとした不器用な動きだったので“ときめき”なんてものはなかったが、なんというか、心がほっとした。
悪い人ではない、直感的にそう感じた。
「あ、あの」
「スイませェん、わたしの服だと少し大きいと思いますが、体を冷やすよりはいいかと」
そういって彼は私を見て笑った。
ああ、笑えるんだこの人。
レインコートで見えなかったけど、結構しっかりした体してる…やっぱり男の人なんだなぁ…
ぽけーっとそんなことを考えていると、“何か顔に付いてますか?”と聞かれてしまった。
ああ、恥ずかしい。
「い、いえ、すみません。ありがとうございます…っ」
「気にしないでください」
そういって男の人は空を見上げた。
「雨は、好きですか」
「え?」
唐突にそういうことを聞かれると困ってしまう。
好きでも嫌いでもない。
男性の表情から、彼の求めている“答え”もわからない。YES?NO?
「場合に、よります」
「場合…」
「た、例えば外に遊びに行く日とかに雨だと嫌です、でも、失恋とか悲しい時に雨だと一緒に泣いてくれてるようで好きです」
とても自分勝手な理由ですけど、と付け加えると、彼はおもむろに私の手を握った。
「じゃあ、今日は雨を存分に楽しみましょう」
「え?」
彼はどこからか傘を取り出した。
持ってたのかよ傘。
そのまま私を連れて雨の中に飛び出す。
確かに私はレインコートを着ているし、彼は傘がある。
まあ、いいのか。
「スイませェん…お名前は?」
「あ、ナマエです」
「ナマエ。私はブラックモアです」
「ブラックモア?」
「はい。ナマエは高いところは平気ですか?」
「案外いけますよ」
「なら」
そういうと彼は宙に浮いた。
いや、違う、無数の雨粒にその足を乗せたのだ。
雨粒がそこだけ固定されている。
「ナマエも、ほら」
ぐいっと引っ張りあげられた。
いやいや、そん魔法みたいなこと…
「え?」
私の足の裏にも雨粒の感触があった。
「あまり下にいると人に見つかります、上に行きましょう」
「あ、はい」
彼に誘われるように、私も見えない雨粒の階段を上る。
雨空の散歩はとても楽しかった。
ブラックモアは雨粒を固定できる超能力的なものを持っているらしい。
彼と手を離して歩いても、私の思ったところで雨粒を固定してくれた。
はじめて雨具を買ってもらった子供のように、私は雨空の散歩を楽しんだ。
しかし、雨は長くは続かなかった。
少しずつだけれど、確実に雨が弱まってきたのを感じる。
「ブラックモア…」
「家まで送りましょう…」
“すいませェん”
口癖のそれを言うと、私をひょい、と抱き上げた。
「ふあぁ!?」
「雨がやむ前に、行きましょう」
彼は傘を閉じ、自身が濡れるのも構わず雨の中を突き進んだ。
私が住所を告げると、ヒョイヒョイ、軽い足取りで目的地を目指した。
そして、
「すいませェん、つきました」
着くと同時に雨はやみ、雲の隙間からは青空が顔を出していた。
「ありがとう、ブラックモア」
「いえ」
「…おうち、来る?」
「え?」
「あ、いや…ブラックモアが暇なら、だけど」
“美味しい紅茶もあるの”
そういうと、彼はいつもの癖であの言葉を口にしたと嬉しそうに笑った。
あなたと出かけるのなら、どんな雨の日でも最高にハッピーね。
Rainy Dance
(最近、雨でもないのにブラックモアのやつはよく出かけるな)