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飲みすぎたなぁって思いながら私は夜道を歩いていた。


女三人で飲むのはなかなか楽しい。
気心の知れた仲間なので日常のとりとめもない話を楽しく話せる。
今日もそうだった。
だからついついお酒も進み、明日が休みという安心感もあってかいつも以上に飲んでしまった。
友人二人はバーから西に、私は東に家があるので残念ながら店の前で別れた。
まだ遅すぎる時間ではない。
夜の10時を廻ったくらいだ。
それにこのあたりはカップルのお決まりデートコースでもある。
バーで飲んでホテルになだれ込む。単純な話だ。
だから何かと人通りは多かったし、安心しきっていた。
まあナンパでもされれば別だろうが、私はだいぶとそういった話はご無沙汰だし、今日も仕事帰りなので綺麗に着込んだふたりとは違って、ワイシャツにパンツ、パンプスといった地味な服装で女性らしい可愛らしさは皆無だった。
ただ、万が一がある。
少し遠回りになるが人通りの多い道を選んで帰ろう。


街中にある大きな公園は、夜は盛のついた金のないカップルの聖地である。
女性の喘ぐ声に、男のくぐもった吐息。夜の公園は独特の雰囲気だが、それはそれで人がいるという安心感に変わる。
私はつかつか園内を進み、噴水広場と呼ばれる公園のメインともいえる場所へと出た。
ここはまだ付き合いたてとかラブラブいちゃいちゃいしたいだけの純朴なカップルがベンチで身を寄せ合い語り合う場……なのだが、今日は違った。
カップルがいない。
噴水を囲むようにずらりと置かれたベンチに人影は皆無だ。
ただ一つだけ、ただ一つだけ、ベンチで唸りながら眠る男を除いては。


公園のライトに照らされた男は金髪で、顔はわからないが雰囲気的には私とそう変わらないように見える。
恐怖心と、唸り声からわかる体調の悪さへの心配、そして、一握りの好奇心。
恐怖心と心配が半々で天秤に浮いているとしたら好奇心は……────



「大丈夫ですか?」

好奇心は心配の皿へ上乗せされ、天秤は静かに男に近寄るという道筋を照らした。

「……あ?」

よく見ればとても整った顔をしている。
公園のライトと月明かりに照らされた姿は女の私ですらドキリとしてしまうほどだった。

「あの、具合悪いんですか?」

私を認識したであろう男に私は質問し直した。
もともと他人と深く関わるのは苦手だが、酒が後押ししてるんだろう。

「……やあ、可愛いね。名前は?」

だめだ。話が噛み合わない。
私自身もお酒を飲んでいるからわからないだけかもしれないが、彼もまだ雰囲気的には酔っ払いぽい。

「あの、具合悪いんですか?」

私は同じ質問を繰り返す。
すると男はすこし驚いた顔をした。
ベンチに寝転んでいた男はゆっくりと体を起こし、笑みを浮かべながら言った。

「もしかして、俺のこと心配してくれたの?」

「はい」

そう答えると満足そうに男は笑った。

「嬉しいな」

……さすがイタリア人だ。
どんな女でも口説く女好き。
それを目の当たりにしているようだった。

「お嬢さん、心配ついでにそこの自販機で水を買ってきてくれるかい?具合というか、酒を少々あおり過ぎた」

そういうと私にコインを渡す。
自販機は目と鼻の先にあるし、さっきまで眠っていた彼より立っている私が行くほうが早い。
頼みを了承し、私は自販機へと駆け寄る。
お希望のミネラルウォーターを購入し、ベンチに戻ると、男は寝転ぶ体勢からベンチに腰掛ける体勢へと変わっていた。

「どうぞ」

そう言ってミネラルウォーターを渡すと、男は礼をいい、ぐびぐびと飲み出した。
口を離した時、ミネラルウォーターは半分より少なくなっていたし……喉渇いてたのかな……

「ぷはーっグラッチェ。助かったよ。ツレと飲んでたんだがあいつ俺を置いていきやがって……」

ギアッチョのやつ、と小さく悪態をつく。
ツレの人はギアッチョというらしい。

「いえいえ、私もたまたま通りかかっただけですし、お役に立てたならよかったです」

男の人はまたニッコリと笑った。
よく笑顔になる人だ。

「自己紹介が遅れたね、俺はメローネ」

「私はナマエです」

「ナマエ、いい名前だ」

「ありがとうございます」

すぐに帰るつもりだったのに、私は促されるように男……メローネさんの隣に腰をかけた。

「こんな夜に独りで飲んでたの?」

「そんな寂しい人間じゃないですよ、友人と飲んでたんですが、二人とも家が逆方向で……」

「だからある程度人通りのあるこのあたりを選んだ、と」

「はい。ギャングが多いのは重々承知ですが、私は暗殺されるような恨みを買った覚えはありませんし、多少人がいれば、暴漢もこないかな、と……」

メローネさんは私の言葉を聞くと少し考え込んだ。
そして私を見つめこういった。

「なら何故俺に近づいた?心配した?見ず知らずの俺を」

「え……いや、あの、苦しそうだったし、もし病気なら救急車呼ばなきゃいけないと……」

そう言うとメローネさんは困ったように笑った。

「それが演技かもしれないのに?」

「!」

確かにそうだ。ここはベンチ、後ろは草影。
女を引きずり込もうとするなら格好の場所だ。
それに今この噴水の周りには人がいない。
何かしらの異常を察して人がいないんだろう。
でも……


「でも、メローネさんは現に顔色が優れませんし、体調が悪いのは本当ですよね?なら、結果的に私の行動は間違ってないと思います」

そういうとまたメローネさんの顔には驚きの色が見えた。

「ナマエは可愛いし面白いし、そして聡明だ。君のおかげで酔いがどこかに行ってしまいそうだ」

「それはよかった」

そんな会話をしていると1組、2組、とカップルがやってきた。
各々ベンチに腰掛け愛を語らい始める。
途端に顔が熱くなるのを感じた。これじゃあまるで……

「カップルが増えてきたね。俺達もカップルに見えるかも」

心底楽しそうに笑うメローネさん。
私は恥ずかしくて直視できない。
帰る、と一言言えればいいのだがその言葉もなかなか出てこない。
私はただ黙ってうつむくしかなかった。
その時

「耳まで真っ赤だ」

「!!」

突然吐息が耳に吹き込み囁く声が聞こえた。
犯人はもちろんメローネさん。
私は思わず顔をあげる。
この人は相変わらず笑っている。

「照れてる」

「そりゃ……」

なんというか、弄ばれてる。
うまく言葉が紡げない私を見て、本当に楽しそうに笑う。
顔が整ってるとある意味何をしても許されるのかもしれない。

私は眩暈に似た何かを感じ、きっと酒が回ってきたのだと言い聞かせた。

「さて。じゃあお礼をしようかな」

「へ?」

突然の言葉に情けない声が出た。
メローネさんはすく、と立ち上がると私に手を差し伸べた。

「送るよ。人通りがあっても、やっぱり夜道は危険だ」

「……貴方は危険じゃないんですか?」

私の質問にメローネさんはたいそう驚いたようだったが、すぐに笑みが戻った。

「どうやら学習したらしい。ただ、俺は健康状態が良好じゃない女にはそういうことはしないよ」

「!」

私は何も言えなかった。
健康状態が悪いわけではないが……

「すごく、疲れた顔をしてる」

メローネさんが言葉を続け、私は目を瞠る。

「顔に、出てますかね?」

「すごく」

間髪入れずに肯定され、なにやら情けない気分になる。
確かに私は仕事帰りだし、疲れてるのは当たり前なのだけれど、今日というかココ数日はとにかく体がしんどかった。
でもうまく日を合わせたので無碍にもできず、仕事を必死で切り上げ飲み会に参加したのだ。
飲み会自体はとても楽しいが終わったあとの疲労感は半端ないし、今このベンチに座って、それから立てないのは心理的なものよりも身体的なつらさからだろう。

「今日も仕事帰りだろ?」

「はい……」

飲みに行くにはあまりにもカチッとした服なためわかり易かったのだろう。

「君、けっこう弱そうだし無理しちゃいけないよ」

メローネさんに言われ、私は苦笑する。

「お酒には強いんですけどね」

「じゃあ今日は特別強いお酒を煽ったわけだ?さっきから君の顔は常に蕩けているし、そんな表情は正直むやみやたらに他人に見せるものじゃあない。」

「とろけ……?」

「自覚なかったのか?なんだ、すこし誘われたのかと期待したけど、それじゃあガチでだめなやつじゃあないか。一人暮らしかい?」

「あ、はい」

「俺は水のお礼に君を送り届けたい。ただ君は一人暮らしでましてや、酔っぱらいだ。俺もだけど。そんな俺に君を送らす許可をくれるかい?」

うまく、思考が追いつかない。

「その……仮に許可した場合、私の家まで来て玄関先でさようなら、はあるのでしょうか」

「さあ?気分によるけど、今のところ家の中までは行きたいね」

いっそ清々しさも覚えるくらいきっぱりと言い切った。

「じゃあ招き入れたとしていやらしいことはしますか?」

「今日はそこまでの気分じゃあない。それに疲れている女を抱いても楽しくない」

確かに抱かれたところで私は完全マグロ状態だろうし、男性としてはとても楽しくないものになりそうだ。

「じゃあ、お茶くらいは出しますよ」

「ベネ」

「ひゃっ!?」

メローネさんは差し出していた手で私の腕をつかみ立たせると、するりとそのたくましい腕を動かし抱き上げた。
所謂、お姫様抱っこという部類になる。

「あ、あの、はずかし」

「いいじゃあないか、減るもんでもないし。さ、道案内頼むよ」

あんまり動かないでくれよ?こっちも飲んでるんだから。
メローネさんは囁くように私に呟いた。
みるみる顔が赤くなるのを感じたが、もうこうなってしまってはどうにでもなれだ。

「次の次の角を、右……」

「了解」

とにかく道案内に集中しよう。
そうしよう。









私の住む部屋の前まで来て、やっとお姫様抱っこから開放された。
メローネさんの甘い匂いを嗅ぎ続けたせいか思考も本当に追いつかないし、腰も体を支える役割を忘れたようにいうことを聞かない。
その様子にメローネさんは苦笑して『鍵、あけるね』と一言告げると、普通に何事もないように家主である私の前でピッキング行為を始めた。
驚くものの止められず、そしてものの数秒でガチャと鍵が開いた。

「じゃあ行こう」

ひょい、とまた持ち上げられ、私はなすがままにベッドへと寝かせられた。
ああ、このまま犯されてしまうのか。所詮口約束だしなぁ、と回らない思考回路をつないでいると

「これじゃあお茶も入れれそうにないね」

すく、とベッドの横に立ったメローネさんを見てとても寂しい気持ちになった。
恋とかそういうのかはわからないけれど、ただ寂しいと感じた。

「……行かないで」

私は確かに声を発し、メローネさんは去りゆく中、その声に反応したのに


かちゃり、と冷たくしまったドアはとても私の心に鋭利な牙を突き立てた。







寂しい、寂しい
名前しか知らない。
恋ではない、きっと。
酔っ払いの私がはしたないだけだ。

自責の念に押しつぶされそうになっていた時、私の頭に誰かが触れた。

急いで起き上がると、そこにはメローネさんがいた。
当たり前のように笑いながら私を見ていた。

「ミネラルウォーターぐらい置いておきなよ、女の子なんだから」

どうやら私のためにミネラルウォーターを買ってきてくれたらしい。
冷たいボトルを頬に当てられ、私は小さく叫んだ。

「ご、ごめんなさい……」

「さみしかった?」

「え?」

「顔に書いてある」

私はなんでも顔に出てしまうのか。厄介な顔だ。

「あの、その、私ちゃんとお礼も言えてないのにメローネさん行っちゃうから……」

「お礼?これは俺から君へのお礼なんだよ?だからいう必要なんてないんだ」

「でも……ありがとうございます」

そう言うと、メローネさんは微笑みを湛えたまま立ち上がった。
ああ、今度こそ行ってしまう。

私は先ほどと同じようにメローネさんを行かせまいと言葉を使う紡いだ。

「泊まっていきませんか」

「……え?」

さすがのメローネさんも聞き返してきた。
私も驚いた。行かないで欲しいと言おうと思ったら、随分と大胆なアバズレみたいな発言になってしまった。

「あの!私のベッド!その、セミダブルなので2人でも寝転べますし、メローネさんもお酒を飲まれてますし、その、あのですね」

だめだ。
もう当分お酒はやめよう。
ここまで思考回路が回らないとどんどん墓穴を掘る。
もう来来世分の墓穴を掘った気分だ。

「ずいぶん大胆だね」

メローネさんに組み敷かれ、私はますます顔が熱くなるのを感じた。
顔が近い。
息がかかる。ああ、どうしよう、臭くないかな……

「あの……そういう、アレがしたいってわけじゃなくて、最近独り身にも磨きがかかってきたので、人といれるの嬉しいなーっていう、やつなんですが……」

「うん、わかってる」

そういいながら首筋に顔を埋めて、小さく吸い上げた。
チクリとした痛みと同時に、全然わかってないじゃないか、という思いがこみ上げる。

「今日はこれくらいにしとくよ。俺も酔ってるし、手加減できないかもしれないし」

「ああ、そうですね……私も今、すでに眠いのであなたが満足するような反応はできないと思いますし……」

そう答えるとメローネさんは私の上で笑い出した。
綺麗な顔だなーって見てると唇に柔らかい感触が降ってきた。

驚いて目を瞠る私を見て、満足そうに笑を零すと、そのまま私の横に寝転がった。
『いい布団だね、高いだろ?すごく気持ちがいい』そんなことを言いながら。

恋人と一緒に住んでたらこんな感じなんだろうか。
住んだことないからわからないけど。

そして、私は頭に浮かんだ言葉をメローネさんに伝えた。

「おやすみなさい、メローネさん」

その言葉にメローネさんは少し目を瞠ると

「おやすみ、ナマエ。いい夢を」

そう返してくれた。
見ず知らずの酔っぱらいの男性の横で、アルコールを摂取してる状態で眠るのはとても危ないのだろうが、眠気には勝てない。
メローネさんの甘い香りを鼻先に感じながら、私は深い眠りについた。








目が覚めるとたくましい腕が頭の下にあり、ああ抱かれたのか、となんとなく感じるも下半身にも、そして眠った時の服にもまったく乱れがない。
メローネさんが抱き寄せたのだろうか?私が抱きつきに行ったのだろうか?
答えはわからない。

「……ん……」

眩しそうに目を細め、私を瞳に捉えたメローネさんはまるで蕩けるように笑った。

「おはよ、ナマエ」

顔に熱が帯びるのを感じながら私も挨拶を返す。

「もう少し、寝よう」

ぎゅ、と抱き寄せられ私は何がなんだかわからず、彼の腕の中で情けない声をあげる。

「だめ、あの、シャワー浴びなきゃ、」

そういうと、喉を鳴らしてメローネさんが笑ったのがわかった。

「誘ってるの?君はつくづく面白い」

「あぁ……」

何を言っても完全に裏目というか淫乱女だ。
とてもつらいし恥ずかしいし淫乱ではない。

「ねえ、」

耳元に息を吹きかけながらメローネさんは私に問いかけてきた。

「なんですか……?」












「また、君の家、来ていい?」










そんなの、とてもずるい。










「お好きに、どうぞ」










「ベネ」








ほろいベンチ


(ギアッチョ!!!昨日俺置いてってくれてありがとな!!!最高だった!!!そして今も最高だ!!!)
(うるせぇーーー!!!死ね!!)


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