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嫌なことがあった

それはほんの些細なこと

先生に怒られたーとか、バイトでミスしたーとか
でもそれとは違って

『ユミコちゃんが田中くん好きなの知ってるでしょ!?ヒドイ!』

ユミコちゃん。同じクラスの友人。
別段親しくもないけれど、以前修学旅行で同じ部屋になった時に隣のクラスの田中くんが好きだとは聞いた。
ただ、私が怒られるというかキレられるのは筋違いだ。
だって、私は別に好きな人がいるわけで。田中くんからは一方的に思いを告げられたわけで。
私は、それを断った。ただ、それだけ。

なのになぜあそこまで言われるんだろうか。
『好きな人が、いるから』
そういうと次はビッチ呼ばわりだ。
告白される側の気持ちを考えたことがあるのだろうか。
気持ちはもちろんありがたいが、好きという感情を抱いていない以上、それ以上の関係を望むことはない。
ましてや、私には意中の人がいる。

『金輪際私たちに話しかけないで!』
しくしくと泣く、小柄なユミコちゃん。彼女の横に立つ二人の友人はまるで自分たちが正義のようにすっからかんな理論をぶちまけ私に絶交宣言してきた。
『わかった』

というか、私たちの間柄は『おはよう』とか『バイバイ』とかその程度のあいさつだったはず。
何を今更『絶交』とのたまうのか。

私はめんどくさくなり、鼻息荒く教室を出ていく三人を見送った。
ちらり、と涙目でユミコちゃんが私をにらんだ。
ああ、嫉妬はあんなに可愛らしい子も鬼にしてしまうんだな、と感じた。











誰もいなくなった教室。
部活は文芸部。特別なことをする部活ではないし、出席も義務づけられていない。

どうしような、そう思った時に、手の甲が濡れた。

涙、だった。
なんで泣いてるの?なんで、なんで、なんで

なんで

「なんで私が悪いの…?」

情けなかった。言い返せない私が情けなかった。
私は好きな人がいる、きちんと断った、田中くんとは話したこともない。そうはっきり言えればよかったんだ。
逃げ道を探すかのように、糸にすがるかのように小さくつぶやいた『好きな人が、いるから』は私の精一杯とはいえ、あの子たちにはその場しのぎの嘘に見えたんだろう。
情けない、情けない・・・


「泣いてんノォ?」

その少し高いトーンの声は、私が聞くたびに心が弾む声で。
でも今は一番聞こえてほしくない声で。

「あらきた、くん…」

「忘れ物取りにきたんだけど、苗字チャンどォしたのォ?」

変に間延びするしゃべり方。
でもそれが私の心を落ち着かせる。

「聞いて、くれる?」

おずおずと切り出した私に荒北くんはズカズカ歩み寄り、私の前の席に後ろ向きに座った。

「聞いてやるヨ」

「ありがとう」

私はぽつり、ぽつりと話しだした。







「…と、いうわけで自分が情けなくて、泣いちゃって…」

荒北くんはまっすぐ私を見て話を聞いてくれた。
少し怖いけど、やっぱり優しい。
そんなところが、私は好きなんだ。

「フゥン…ねェ、好きな人ってダレ?」

え?そこ?

「え、いや、その、え?そこ?そこ聞いちゃう?」

「うん」

「そんな、荒北くんにとって有益な情報とは言えないよ?」


むしろ損害だ。目の前で泣きじゃくる女が自分に惚れているなど。


「それはオレが決めっから」

なんだその自信。そんなはっきり言わないでよ。

「てか、聞かない方が俺にとって損ありありなんだけど?」


な、なにそれ
そんなこと言われたら

「期待しちゃうじゃん…」

思わずつぶやいた言葉。
慌てて口をふさぐも、出た言葉が戻るわけじゃない。

私は恐る恐る荒北くんを見た。

驚いた。
荒北くんはまさにその表情をしていた。




「そのセリフ…俺が言うべきなんじゃナァイ?」

そのまま耳を真っ赤にしてうつむく君。

違う涙があふれちゃうよ





ドロップ



(明日、そいつらブっとばす)
(それはやめて!)


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