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私は イラついていた


何にイラつくとかそういうのとか、わからないくらいイラついていた



はじめて授業をサボった
なんて言われるんだろう、考えると胃が痛い
そうだ、胃が痛くて休みましたでいいわ、うん。


気が付けば屋上に足が向かっていた
どーせ誰もいないんだろうし、ごろんと寝転がって爆睡してやろう






気が付けば屋上につながる扉の前に来ていた
私はノブに手をかけ、扉を開けた
錆付いているのか、ギギ、と音を立てて扉が開く
眼前に広がったのはとても綺麗な青空
そういえば中一のとき探検がてら屋上に来た以来の訪問になる
風が吹き、頬をなでるような感覚がたまらない



私は駆け出して、フェンス越しに街を見る


自分が住んでいる町なのに、知らないところみたい
思わず見とれてしまう



「そんなとこおったら見つかるぜよ」




突如、のんびりとした声がした
その声に振り返ると視界に映ったのは無数のシャボン玉


そして


「聞こえんかったか?そこはグラウンドから丸見えじゃき、さっさと下がりんしゃい」


銀色の髪をした生徒だった



「え、あ」

「今、3−Aが絶賛体育中じゃ。真田に見つかったらめんどくさいきに」


塔屋の上に腰を下ろし、シャボン玉を吹いている
とても不思議な子だ

にしても真田という生徒がどんな子かは知らないけど、せっかくの忠告だ
聞いておこう


「ありがとう、えっと…」

「仁王」

「仁王くん」

「ちなみに下は雅治」

「へえ。いい名前だね」

「そうかの?」


首をかしげ、塔屋から飛び降りる


「わっ」


思わず飛びのいてしまった


「ククッ、いい反応じゃの」


仁王くんは背中を丸め、喉で笑う
良く見ればとても整った顔をしていた


「で、お前さんは誰じゃ?」

「ぁ、名前。苗字名前」

「ほーう、名前か」


いきなり呼び捨てとは不躾な、と思ったけど、絶賛授業中に屋上にいるような人物だし不躾も何もないだろうなぁ


「で、名前は何でサボったんじゃ?」

「その前に仁王くんの理由を聞かせてよ」

「俺は単純に次の時間が大嫌いな授業じゃったから」

「ふぅん」


私の薄い反応を見て、仁王くんは首を傾げる
何がどうしたというんだろう


「お前さん、本当に俺を知らんのか?」

「え、うん。こんにちははじめましてって感じだけど」

「希少種じゃな」

「私はモンスターか」


彼を知らないことはそんなに珍しいのだろうか
確かにかっこいいとは思うけど、私は色恋沙汰にはめっぽう弱いし、ゆえに情報も疎い
その違いじゃなかろうか


「じゃあ質問を変える。テニス部を知っとるか?」

「うん。とっても有名だよね」

「試合を見たことは?」

「ないけど」

「他にテニス部で知っとること言うてみんしゃい」

「えーっと…とっても強くて、選手がみんなかっこいい」

「他には?」

「…以上。」

「マジか」

「うん」


でもテニス部の質問をしてくるということは


「仁王くんはテニス部なの?」

「おお、頭の回転はええ方なんじゃな。いかにも」

「じゃあ人気なんだね!たしかファンクラブがあるんだっけ?」

「らしいの」

「興味ないの?」

「応援してくれるんはありがたいが、あんまり興味はない。モテるのは最初はよかったが最近はメンドクサイぜよ」


とても自信家だなぁ
ここまで言うってことは


「仁王くんは選手なんだね」

「そこまで鈍くはなかったようじゃの。いかにも、レギュラーじゃ。柳生ってやつとダブルス組んどる」

「そうなんだぁ」


柳生くんっていつもテストの時に上位に張り出されてる子だ
あととても紳士的で、一度同じクラスになったときには大変お世話になったなぁ
唯一私と対等にしゃべってくれたっけ



「シャボン玉吹くか?」

「え、うん」


いきなりの申し出で驚いたけど私はシャボン玉の瓶とストローを受け取る
よくよく考えればこれは仁王くんのファンの子達が見たら卒倒する現場じゃなかろうか
現に彼はこのストローで先ほどまでシャボン玉を吹いていたわけだし


「俺のファンが見たら泣くのう」


私の心を見透かしたように仁王くんが呟く


「そうだね」


そういえばシャボン玉遊びなんていつぶりだろう
小学校低学年の頃が最後かな

私はシャボン玉遊びに興じることにした
仁王くんは、私が作ったシャボン玉をわざと割ったり、いじわるしてきたけどとても楽しかった


しばらくすると仁王くんは『あ』と声を漏らした

「どうしたの?」

「思い出した、お前さんのこと」

「私のこと?」

「ああ、お前さん、いつもテストでトップ3争っとるじゃろ、柳生と柳と」

「え、あ、うん」


確かに、私は毎回テストでは学年トップ3に入る
最悪でもトップ5は確実


「そんな優等生がなんでサボったんじゃ?」


最初の質問に戻ってしまった
そういえば、私はこういう悩みとかを他人に話したことはなかったなぁ
いつも自分で解決しようとしてたし、話す相手もいなかったし

でも、今横に仁王雅治という相手がいるわけで


「長くなるけど聞いてくれる?」

「ああ、かまわんよ」


話すことににした





「私さ、ご存知の通り、勉強はできるのよ」

「そうじゃの」

「でもね、それだけなの」

「?」


そう、ソレだけ


「音楽なんて自分でもわかるくらいの音痴だし、ドッチボールなんて顔面キャッチがお決まりで逆上がりもできない、ソフトボール投げなんて5mも飛ばないくらいの運動音痴に運動音痴を重ねたみたいに最悪だし、手芸なんて布より自分の指を縫うほうが多いくらい不器用。絵なんてもってのほか、幼稚園児のラクガキって言われるくらいなんだよ?」

「それはなかなかに最悪じゃの」

「でしょ?柳くんは同じクラスだからよく知ってるし、生徒会の書記まで勤めるくらい優秀で知識も豊富。柳生くんは紳士的でどんな人にも分け隔てなく接することができて気配り上手。おまけに二人とも運動神経抜群じゃん。すごいよ。でもね、私にはないんだよ。親に言われて必死で教科書と向き合って、積み重なるのが学問の知識だけ、豆知識の一つもいえないし、言葉のボキャブラリーも持ち合わせてないんだよ。人を楽しませるとか、そういうの、あこがれる」

仁王くん顎に手をあて、考えていた
私は言葉を続ける

「なんかね、勉強が出来るだけなんだよ、私は。そう思えてきてね、いたたまれなくなって、休み時間をそのまま延長して屋上に逃げてきたんだよ。寝てやるー!反抗してやるー!って。そしたら…」

「俺がいたわけじゃな」

ちゃんと話を聞いてくれていたようで、ナイスなタイミングに会話に入ってきてくれた


「うん。・・・ごめんね、つまんないよね。愚痴だし、こういうのはもっと一人でどうにか「せんでええぜよ」・・・え?」


私の言葉にかぶせて仁王くんが放った言葉


「お前さん、こーんな頑固頭じゃと友達もロクにおらんじゃろ」

「うう、ご名答」

「もっと気楽に考えんしゃい」

「そんなこと言われても・・・」


できるもんならやっている


「あのなぁ、お前さんの世界は白黒か?」

「え、いや、ちゃんとカラーで見えてますけど」

「そういうことでなく、思考回路の世界の話ぜよ」

「?」


何を言いたいのかさっぱりわからない
思考回路の世界の色?なんだそれ


「名前は何事も白と黒の二色のみで考えとる。白がよくて、黒が悪い、そんなとこじゃろ。じゃけど、世界はもっと他の色で溢れとる」

「哲学的なことを言われてもよくわかんないよ、こういうのは苦手だから」

「まぁまぁ聞きんしゃい。俺は数学が得意なんじゃが、どーも音楽が好かん。体育はもちろん好きじゃが、美術はようわからん」

「・・・うん?」

「人には得て不得手がある。それが自分のコンプレックスじゃったり、あるいは羨ましいと思うとこでもあるんじゃ」

「でも私には羨ましがられる要素なんてないよ?」


そう、私は勉強しかできない
可愛くもないし、いいところなんてなにもない


「そうかの?お前さんはじゅうぶん魅力的じゃよ?」

「は?」


魅力的?そんなのはじめて言われた
きょとん、と彼を見ていたが私はあわてて否定する


「いやいやいや、何言ってんの仁王さん」

「そう、そこじゃ」

「え?」


ど、どうしよう
私のコミュニケーション能力の無さが露呈してしまう…!
彼の言いたいことがこれっぽっちもわからない


「お前さんはくるくる表情が変わる。見ていて飽きんのう」

「そう、かな・・・あんまり意識したことないし・・・」

「ああ、ええんじゃええんじゃ、それに惹かれるんは俺だけでええ」

「?」

「・・・あとは天然か」

「な!私はしっかりしてるよ!」

「じゅうぶん天然じゃよ。石頭の天然ってなかなかおらん、ますます希少種ぜよ」

「うう・・・」


バカにされているような気がする


「名前、頼みがある」

「な、なにいきなり」

「今度の日曜日暇か」

「ま、まあ何もないけど」

「テニス部の試合があるき、見にきんしゃい」

「え?いいの?」

「ええも何も、観覧は自由ぜよ。ちぃっと黄色い声が耳に付くがなれるじゃろ」

「うん、わかった」

「これからは石頭のお前さんに色んなものを見せちゃる」


仁王くんはフっと微笑んだ
それはとても柔らかくて、優しい笑顔だった


「なーんじゃ名前。俺に見とれとるんか?」

「え、あ、」

「図星か」

「だって、え、いや、違う!」


肩を震わせて笑う彼
まだ出会って数十分なのに、どうしてこんなに


「ホンットにお前さんはかわええのう」

「かわっ!?」

「ああ、可愛えよ」

「・・・口説くのが上手なことで」

「口説き落とせたら言うことなし、なんじゃがの」


ずるいよ、



「口説く前に、俺のほうがお前さんに落ちとったら意味ないぜよ」


ああ、もうほら



















に落ちた音
(貴方がくれた恋の色は形容できないくらいに鮮やかで)
(私にも誇れるものが出来ました)
(あなたです)