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0117//ポケットの中


まだまだ冷える。
出かけついでに運動不足を解消するため、一駅ぶん歩くことにした。
歩けば確かに体は温まるものの、手先は冷える。
手袋盛ってきたらよかったな。

よりによってポケットのない上着なので手は冷えるばかりだった。


「名前さん?」

「あ、花京院」

独特の前髪を揺らして、前方で手を振る彼に、私も寒い手を振り返す。
すると彼は、少し驚いた顔をして駆け寄ってきた。

「名前さん、手袋は?」

「え、忘れた…」

「はあ、あなたって人は…」

高校生にあきれられた…身も心も寒い…。
うん、でも手先の色ちょっとやばめだもんね、言いたくもなるよね。

「たまたま忘れた日がこんなに寒いなんて最悪だよ」

はぁ、と息を吹きかけても一瞬暖かさを感じ、それ以降はすぐに寒さが倍増した。
うう、寒い。

「仕方のない人ですね、貴女は。」

ずい、と出されたのは彼の手袋。右手だけ。

「え?」

「大きいかも知れませんがないよりかはマシでしょう」

「あ、うん、ありがとう」

手を入れれば、彼のぬくもりがじんわりと広がって胸が高鳴る。
あったかーい!

「ありがとう!片方だけでも十分あったかいよ!」

「僕は右手が寒いです」

「あ、そうだよね、ごめんねーって、え!?」

「家まで送りますね」


私の左手は彼の右手に捕まり、そのまま彼の右ポケットに捕獲されてしまった。
車道側を何気なく歩く彼に紳士さを垣間見ながら、ポケットの中の手をぎゅ、と握ってみた。
花京院は特に表情は変えなかったけれど、そっと握り返してくれた。

彼のポケットは、家につくころにはすっかりこたつよろしく離れがたいものになっているだろう。


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