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“清清しい”とはまた違う、別の“すっきり”に似た感覚が名前を包んでいた。

まるで今まで見えない足枷をされていたかのように、ずるりと重かった何かが消えうせ、ずっと体が軽くなった。
思わずスキップしてしまいそうだ、と思わず笑ってしまう。


名前は会社に復帰した。
無論、やっかみは相変わらずあったが、それはパタリと止んだ。


「私の彼女をあまりいじめないでくれるかな」


堂々と、名前のことを恋人と吉良が宣言しだし、名前もまたそれを素直に受け入れたからだ。


準備は整った、と吉良は考えるも、相変わらず責任感が強い名前はこの仕事だけは、と業務に励んでいた。





月日は流れ、会社全体での大きなプロジェクトも大成功に終わったクリスマス。
社長からクリスマスケーキというささやかなプレゼントも用意され、社員たちは浮き足立ちながら帰路に着いた。
懲りずに吉良や名前に声をかける社員もいたが、当の本人たちは恋人と過ごすので、と恥ずかしげもなく言い放ち会社を後した。






クリスマスは、ここ近年では珍しいホワイトクリスマスとなった。
ちらちらと申し訳ない程度に降る雪が黒髪の名前を飾る。

「寒いですね」

「そうだね、本来ならいい店を予約した、と言いたいんだが生憎今回のプロジェクト担当だったから余裕がなくて…すまないね」

「そんな!私は吉影さんと過ごせるだけで幸せですよー」

綺麗過ぎるその手を吉良の手に絡ませる。
どきり、と胸の高鳴りを感じながらそっとその手を握り返した。


「何が食べたい?帰ってから何か作ろう」

「うーん、寒いからお鍋が良いです」

「ああ、賛成だ。何鍋にする?」

「んー…みぞれ鍋」

「さっぱりしてていいね、それにしよう」

「はい!」

そうと決まれば、といわんばかりに二人は帰宅を急いだ。


























クリスマスプレゼントは、吉良からは手袋を、名前からはマフラーをそれぞれ渡しあった。

「手編みかい?」

「…来年はがんばります」

「冗談だよ」

来年、と未来のワードが出てくるだけでこんなにも嬉しく思うのは何故だろう、と吉良は鍋をつつきながら考える。
年内の仕事はあと数日で終わり、年越しの準備もしなければいけない。これは二人に共通した準備だったが、吉良にはもう一つやるべきことがあった。


























12月30日。
すでに会社は休みに入り、名前も吉良も大掃除やらおせちやらと忙しなく家の中を歩き回っていた。
名前は、すっかり30日だといっても殺人衝動に駆られることはなく、至極落ち着いていた。
しかし、今日は忌まわしき12月30日。すべてが始まり壊れた日だ。

そして、その思い出を払拭するために吉良は動いた。






「名前、今いいかい?」

「あ、はい!何か荷物片付けますか?色々ひとつにまとめちゃうのもいいですよね」

「ああ、そうだね。でも大掃除より前にひとつになりたいことがあるんだ」

「?」







吉良が取り出した小さな箱。
三角巾をつけ、エプロン姿にゴム手袋、そしてマスク…大掃除スタイルも甚だしい名前だったが、この小さな箱が何を意味しているかはすぐにわかった。
泣き出しそうになるのを必死で我慢しながらゴム手袋を脱ぎ、マスクと三角巾をはずした。



小さな箱をあけると、そこには箱より小さくも、美しく光を放つリングがあった。
目に溜まった水分と、その輝きは名前の良好な視界をあっというまに奪ってしまった。



「どうしてもこの日に言いたかった。名前、私とひとつになってくれないか。永遠に」



なんてベタな台詞を言っているんだ、と吉良は少し恥ずかしくなったが、目の前の名前を見ると案外いい台詞だったのかもしれない。
我慢していた涙はとうに決壊し、綺麗な線を頬に作っていた。
肩を震わせ、耳まで赤くしながら、えぐえぐと泣いていた。

「よろしく、おねがいします、」

やっと紡ぎだした言葉は、吉良を受け入れるもので、吉良もまたその言葉を聞くや否や名前を胸に収めた。




殺人鬼と殺人鬼が恋をした。
結末は。




















余談なのだけれど、彼らがお付き合いをはじめてから徐々に、そして結婚してからはグンと杜王町の行方不明者数は減ったらしい。





fin.
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