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あとひとり。

実にあっけないカウントダウンだった。
既に残り1まで行ってしまったそれは、文字通り1回スイッチを押せばすべてが終わる。

しかし、

「蝿永、か」

よもやここで名前を思い出すとは思わなかった。
















蝿永秀樹は、いわゆる同級生だ。
素行が悪く、いつも教師に呼び出され、女子生徒にもちょっかいを出していた。
無論、関わりたくないのが本音だったが、彼にとって私の存在はだいぶと煙たいものだったらしい。
植物の心のような生活を幼いころから心がけてきたというのに…。
物を隠されたり、盗まれたり、あることないこと噂を流されたり…それくらいならどうでもよかった。
彼は決して私に暴力をふるうことはなかったから。

弱い者いじめ、本能的に私に対して一線を越えてはいけないと感じていたのだろう。
だからこそ、私は彼を殺すことなく今まで生きてきた。
もっとも、今から殺すんだがね。



「あ、吉影さん、今日の買い物私も行っていいですか?」

「ああ、かまわないよ」

名前は嬉しそうに身支度をして私の後に続く。
こんなに純粋で愛らしいこの子をどうしてあいつは。

しかし、彼女が付いてくるなら少し用心せねばならない。
私は、今日…あの蝿永を殺すつもりだからだ。
今日は彼の誕生日。記憶がいいってのも困りものだ。
誕生日に最高のプレゼントをあげようじゃあないか。


「お夕飯はなんですか?」

「んー、ジャージャー麺とかどうだい?」

「あ!いいですねぇ!」

無邪気に横で笑う彼女が心を温める。
その綺麗すぎる髪の毛に指を通せばくすぐったそうに身をよじる。
ああ、可愛い。

















近くのスーパーに行き、買い物をする。
だが、今日の目的はそれだけじゃあない。蝿永を確実に仕留める事。


「名前」

「はい?」

「すまない、先ほど旧友を見かけてね、声をかけてきてもいいかな?なに、男だから気にすることはないよ」

そう言えば名前はにこりと微笑んで頷く。
頭を優しく撫でてやり、私はその場を後にした。





蝿永の姿はここに来てすぐ確認した。
女と二人で歩いていたが、なんとも不細工な女だ。手も汚い。
此処のスーパーは人柄がよく、商品も安い。
どこで聞いたか、こいつらは最近毎週のように来ては、やれ値切れやら不良品やらとクレームをつけるらしい。
決まって、このスーパーが特売日と称する火曜日に顔を出す。まさに今日が火曜日だ。


女とは来て早々喧嘩を始めた。
情けない奴らだ。
まあ、こっちとしては好都合だが。



女はスーパーに、男…蝿永は年齢に合わない、どこぞのチンピラのような恰好で背中を丸めながら外に出た。
どうやら“一服”するらしい。
私は彼に歩み寄り、声をかける。

「蝿永」

「あ?誰だお前」

「忘れたのかい?吉良だよ」

「吉良…ああ!あのいけ好かねぇ吉良吉影か!」

「随分とストレートに物を言うところは変わっていないね」

本当に変わっていない。
下品な笑い方、顔を顰めてしまいそうになるのを耐える。

「いいもん着てんじゃん?なァ吉良、金貸してくれよ、少しでいいから」

「なんで久々に会った君に金を渡さなきゃあいけないんだ」

「頼むよ、な?ほら、こっちこっち」

蝿永は私を手招きし、店の裏に呼ぶ。
ここで2、3発私を殴って脅すつもりなのだろう。
過去、子どもながらに持っていた野生の勘は消え失せ、すでに殺人鬼となった私に対して、まるで自分が優位であるかのように振る舞っていた。
確かに体格差としては歴然としているが、そんなちゃっちいもので私たちの差は埋まらない。



「なァ?吉良クンよぉ?」

店の裏、ダンボールやゴミが積み上げられた汚い空間。
誰も来ることはないだろう。


「君に名前を呼ばれると虫唾が走るな」

「んだと?」

もし、漫画とかなら“ブチ”と擬音が書かれていただろう。
蝿永は近くにあった木材をこちらに投げてきた。
なに、それくらいならキラー・クイーンで爆破を…

「チェネレントラ」

ひどく澄んだ声が響いたかと思えば、飛んできた木材が灰になった。
サラサラと流れ、風に吹かれて、消えた。


声の主はもちろん…


「名前」


「…ハエナガ…」


彼女の瞳は憎悪に燃え、私の体を透かして奥にいる蝿永秀樹をただただ静かに見つめていた。





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