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「ペッシくん、今日は何時に出るんですか?」
「えっと、少し遠いから三時くらいかな」
「わかりました」
翌朝、何事もなかったように朝食を準備して皆の起床を待っていたナマエは、おそらく眠れずにこの夜を過ごしたであろうクマを作ったペッシに話しかけた。
ホットミルクを差し出し、ペッシは不安げな表情でそのミルクを見つめた。
「怖いですか?」
ナマエの質問に首を縦に振る。
そしてホットミルクを持った手は小刻みに震えていた。
何も言わず、その手に自分の手を重ねたナマエ。
彼女の持つ、高すぎず冷たすぎない体温が、ペッシの心を癒した。
「ナマエ…?」
「ダズル・ウィングには、精神的なダメージを緩和する作用もあるんです。不安があれば取り除くことこそできませんが少しだけ落ち着かせることはできます。いつでも相談してくださいね」
「ありがとう…」
しばらくするとリゾット、ギアッチョが入ってきた。
ナマエが来てからというもの、彼女の朝食をしっかり味わいたいがためにメンバー全員が早起きになった。
といってもこの二人は元々起きるのが結構早いので、すでに二人分の朝食用の皿は準備されていた。
「おはよう」
「はよ」
「おはようございます、リゾットさん、ギアッチョ」
準備しますね、とキッチンに向かったナマエを見て、ため息にも似た何かを吐き出し席に着く。
昨日…というより夜中の今だ、頭の中の整理がつかないのは当然だろう。
リゾットについてはなんとなく“普通じゃない”というイメージが頭の端にあったので、どちらかといえば“やはりか”という印象が強かった。
ギアッチョはというと妙にイライラした様子で、ガタガタと片足を揺すっていた。
「ギアッチョ、貧乏ゆすりはみっともないですよ」
ナマエは飽きれたようにホットミルクを二つ持って現れた。
リゾットとギアッチョに前にそれを置き、二人の手を握った。
「黙っていてごめんなさい。あまりに幸せで…でも、言ってしまった後でも私はとても幸せです。皆さんのおかげなんです。だからこそ、役に立ちたい」
真っ直ぐな宝石の瞳に射抜かれては何も言えない。
それに、スタンドを使ったのだろう。
ささくれ立った心が徐々に落ち着いた。
「ったく、言えよボケ。そーゆー大事なことはよぉ」
「ごめんなさい、ギアッチョ。嫌いになりました?」
「使えないヤツなら超嫌いになってた」
「じゃあ私は使えます?」
「めっちゃ使える。だからさっさと朝食くれよ」
「はい」
ギアッチョの言葉に頬を高揚させ喜ぶとナマエは二人の朝食の盛り付けを始めた。
「…ナマエ」
口を開いたのはリゾットだった。
あまりにあっけらかんと、いつもどおりのナマエなので起きてきたメンバーは拍子抜けし、いつしかラウンジには笑い声が聞こえていた。
すでにギアッチョとイルーゾォは仕事に出ていたので他のメンバーしかいなかった。
「なんですか?」
メローネの膝に座り、ラウンジで寛ぐナマエは首をかしげて返事をする。
この膝にお座りはメローネがダダをこねて必死に獲得したナマエに引っ付ける権利なので、彼女がリゾットに返事をしようが腰に回した腕を緩めることはなかった。
「いや…俺は、変な言い方をすれば、お前が何かを抱えていることを知っていた。なのに今まで気を使わせたかとおもうと…すまない」
「え、いや、こちらこそ…聞かれないならいいかなって皆さんに甘えてた結果ですし…メローネ?」
ナマエの言葉にメローネはぎゅ、と抱きしめる力を強め、彼女の首筋に顔を埋めた。
親に甘えるような行為に、ナマエはどうしたのかと彼の頭を撫でた。
「ナマエ…」
消え入りそうな彼の声に、ナマエは柔らかく微笑み、振り向くとその頬にキスをした。
「大丈夫、どこにもいきませんよ」
何故そういったのか、何故メローネが寂しがっているのか。
ナマエにはわからなかったが、その言葉にハッと顔をあげ、メローネは嬉しそうに顔をあげ、ナマエの頬や額、瞼にキスをした。
誰よりもこういったスキンシップが激しいので随分慣れたナマエは“くすぐったい”と身体をよじった。
だが、これがいけなかった。
身体をよじり、バランスを崩したナマエ。
ナマエの頬にキスをするはずだったメローネの唇はそのままナマエの唇をふさいだ。
「「!」」
『!?!?!?!?!?!』
驚く当事者二人と、手に持っている新聞や雑誌、はたまたコップなどありとあらゆるものを破壊させたメンバーの動揺は計り知れない。
しかし、おかしかったのは何よりメローネだ。
「ご、ごめんナマエ!」
「え、ううん、平気ですよ?びっくりしましたけど」
ラッキーであれ、ナマエとキスができたのだ。
手放しで喜ぶのがメローネらしいのに、彼は焦って謝った。
「じゃあ俺ともキスできんのか?ナマエ」
「え?キスってそう簡単に皆にしていいんですか?ほっぺとか額ならわかるんですが」
「メローネとのキスなんて汚れちまっただろ?俺とのキスで浄化してやるよ」
「ああ、そういうやつですか…」
嫉妬心丸出しでナマエに迫るプロシュート。
「あの、別にキスするのは良いですが、もっといい女の人とした方がいいんじゃないですか?」
「お前以外にどこにいい女がいるんだよ」
「ん、」
有無を言わさず、ナマエの唇を塞ぐプロシュート。
さすがにディープなキスは、と遠慮したのかプロシュートは満足気に唇を離した。
「ちょっとプロシュート俺のナマエに何するの!?」
「あ?ナマエは俺のだろ?」
「私は皆のですよー」
ナマエは笑ってペッシに近寄った。
そしてそのまま彼の唇にキスをした。
目を白黒させるペッシと突然の出来事に硬直するメンバー。
「ふふ、だって不公平でしょう?」
そういって向かったのはホルマジオの元だった。
何をされるのかわかっているのでなるべく平然を、とも考えたが残念ながら頬の紅潮までは隠せなかった。
ちゅ、とリップ音を響かせホルマジオの唇にも同じようにキスをする。
そして残りはリゾットだ。
ナマエはリゾットに駆け寄り、“しゃがんでください”とお願いした。
メンバーから見るに硬派なリゾットだ、そんなことをするはずが…
リゾットは、ひょいとナマエを抱き上げ自分の顔より上にナマエの顔が来るようにする。
ナマエは少し驚いたように目を瞠ったがすぐにリゾットの顔に手を添え、優しく唇にキスを落とした。
顔が整っている二人がそんなことをしているとさながら映画のワンシーンのようだった。
「あとは、イルーゾォとギアッチョですね。にしても私とキスなんかして楽しいですかね?」
リゾットに抱きかけられたままナマエはへらっと笑った。
よく見る娼婦とはまた違う彼女なりの価値観なのだろう。
求めれば断らないが、それを1人だけにするというのが出来ない、誰かを選ぶことが出来ない性分なのだろう。
優柔不断というより、それを選ぶ決定的な“何か”をナマエは持ち合わせていないようだった。
「ところで皆さん、のんびりしてますがお仕事は良いんですか?」
ナマエの言葉に時計を見て、ホルマジオ、メローネが声をあげた。
そろそろ出発の時間らしい。
いってくる、とメローネはさも当たり前のようにナマエにキスし、ホルマジオも負けじと、頬にだがキスをして出ていった。
二人のキスを何事もないように受け入れナマエは手を振った。
「いってらっしゃい」
その後プロシュートも仕事に向かい、ラウンジにはペッシとリゾットがいた。
3人で簡単な昼食を済ませ、時刻は2時を示そうとしていた。
「シャワー浴びてきますね」
「ああ」
「うん」
ラウンジからナマエが姿を消し、階段を上るのを確認してリゾットが口を開いた。
「ペッシ」
「あ、な、なに?」
「俺の今日の職場はお前たちと近い…俺自身仕事が終わったらそっちに向かう。いいな?」
「ああ、それはかまわないけど…ナマエに言ったほうがいいんじゃあないか?」
「いや、ナマエには黙っておく。これはペッシ、お前の仕事ぶりを確認するのはもちろんだが、ナマエの様子も伺いたいからだ」
「様子…?」
「なるべく、彼女には無理をさせたくない。今夜の彼女の様子を見て今後を判断したい。俺が行くと伝えたら、寧ろ張り切って前線に立たれるかもしれないから、これは黙っておいてくれ」
“いいな?”と念を押され、ペッシは頷いた。
しばらくして髪を一つ括りにし、黒のトレンチコートを着たナマエがやってきた。
日本人にしてはすらりと長い脚がコートの裾から伸びていた。
いつもとは様子の違う彼女の姿にリゾットとペッシは息を呑む。
「そろそろ出る時間ですよね?リゾットさんはどうされるんですか?」
「俺はお前たちの目的地より少し手前だからな、途中まで一緒に行く」
「わかりました」
「、ナマエ」
「なんですか?」
詰まったように彼女の名前を呼んだのはペッシだった。
不安げに見つめる表情を見てナマエは微笑んだ。
「すいません、怖い顔してましたよね?どうも“仕事”の前だと感情が抜け落ちて仕方ない。大丈夫です、いつもの私ですよー」
ぐする幼い弟を慰めるようにナマエは頬へキスを落とした。
そして、ソファに座って項垂れるペッシを優しく抱きしめた。
「私ね、初めてなんです。私をちゃんと認めてもらって、それでこうやって仕事を与えてもらうのが。“都合のいい玩具”でしかなかった私が皆に認めてもらえるのがとても幸せなんです。殺人者でもなんでもいい、私は皆といれるのが何より幸せなんです」
“だから大丈夫、私が貴方を守ります”
ペッシの頭を撫でて微笑む姿は、さながらペッシの姉だった。
リゾットはその様子に頬を緩め、着替えてくる、と部屋を出た。
リゾットの仕事着を見た時、プロシュートの胸元といい、メローネのあの服といい、ここのメンバーは自分の肌を見せたいのかな?とナマエは小さな疑問を胸に残し、アパルトメントを出た。
ペッシが運転する車の助手席に乗り込み、途中、閑静な住宅街の裏道でリゾットを下ろして目的地に向かう。
目的地は小さな雑木林の奥にあるらしい。
適当な場所に車を停めて、ペッシは小さく深呼吸をした。
「いいですかペッシくん、私は姿を消すと気配も何もかも消えます。でも私は貴方のそばにいますから」
安心してください、と言い残しナマエは姿を消した。
あまりに自然にナマエが消えたのでペッシは一気に不安に駆られたが、自分の頬を叩き、大丈夫と言い聞かせた。
(可愛い)
ナマエはその行動を見て微笑み、ペッシの後に続いた。
『スタンド使いではない』という情報は正解だった。
ただ、『スタンド使いを雇っていた』という事実がそこにはあった。
太い植物の蔦を自在に操るスタンド使い。
“レストラント・アイヴィ”
ペッシのビーチ・ボーイはすっかり相手のスタンドに雁字搦め状態だった。
「う、わぁあ、あ」
情けない声を上げながらも、必死でビーチ・ボーイを伸ばそうとするが相手のスタンドのほうがパワーも上で、ただもごもごと動くだけにとどまった。
ターゲットは部屋の隅で、テーブルを横倒しにして隠れている。
あいつさえ始末できれば、と頭の中をぐるぐる回る言葉は余計にペッシを混乱させた。
「これが暗殺者だぁ!?ただの乳くせぇマンモーニじゃねぇか!」
「うぅ…」
敵スタンド使いの男、エデラはゲラゲラと下品な声で笑った。
ナマエ…
脳裏に愛しい名前を思い浮かべる。
しかし、この有様だ、彼女はとっくに逃げているかもしれない。
死、という言葉が迫ってきた、その時だった。
彼を拘束していたスタンドは見事に切り刻まれ、同時にエデラは手足から血を吹き出し叫び声をあげた。
「今回はあまり相性がよくない相手だったようですね、ペッシくん」
ペッシとエデラの間に、さも当たり前のように立つナマエ。
彼女の右手には真っ黒な短剣が握られており、それがダズル・ウィングから作られたものというのは容易に想像ができた。
「ぐぁ…き、貴様、何者だ…いつから、そこにいた…?」
「名乗るつもりはありません。しがないスタンド使いです」
「スタンド…?その剣が貴様の…」
「いえ、私のスタンドはこれです」
見事な白黒の翼を開け、小さく口の端を上げた。
「な、なに…!?じゃあその短剣は…」
「私のスタンドから生成したんですよ。私のスタンドは、私を仲間を守るための境界線が曖昧なスタンドですから」
そこまでナマエが言った時、
「化け物め!!!死ねぇ!!!!」
隠れていたターゲットが銃を撃った。
手負いのスタンド使いエデルともども殺すつもりだったのだろう。
ナマエはそのまま短剣をかまえ、自分とペッシに届く銃弾をことごとく弾き返した。
その銃弾は見事にターゲットへ命中。
エデルもターゲットが撃った銃弾で動かなくなった。つまり、こと切れた、ということを示している。
ナマエはもう動かなくなったエデルに向かって言葉を投げかけた。
「曖昧なスタンドですけど、守るということには絶対の自信があります。攻撃は最大の防御、といいますしね」
ナマエはターゲットが死亡しているのを確認し、ペッシの手を引きながら屋敷を後にした。
車に乗り込み、リゾットを下ろした場所に向かおうとエンジンをかける。
すると、窓を叩く音がし、見ればリゾットが覗いていた。
「あら、リゾットさんもう終わっちゃったんですか?」
「ああ」
「返り血ついてますよ」
ハンカチを出し、リゾットの頬を拭う。
「すまないな」
「いえいえ、私疲れたので寝たいんですけど、後ろに乗ってもいいですかね?」
「かまわない。ペッシ、俺が運転しよう」
「あ、はい」
リゾットが運転席に乗り込み、ペッシは助手席に、ナマエは後ろで横になった。
しばらく車を走らせれば、完全にナマエは眠ってしまい、時折寝言を言っていた。
「ペッシ」
「?」
「ナマエがいて、よかったな」
「!」
その時、あの現場にリゾットがいたのを確信してペッシは項垂れた。
「俺…ナマエに助けてもらって…」
「ああ、そもそも相手がスタンド使いを雇っている情報を仕入れることができなかった俺の責任だ。無事でよかった」
“気にするんじゃあない”とリゾットは声をかける。
「ただ、ナマエ自身の能力の高さには驚いた。確かにあれだけの力があればこの世界でも生き残れるだろう」
下手をすればボスを…という言葉をリゾットは飲み込んだ。
「まあ、積極的に仕事を回すことはしない。どんなに能力が高かろうと、やはりナマエには家でゆっくり食事を作ってもらうのが一番だ」
「うん」
「あとは、そうだな…お前たちに任せたらもっとひどくなるであろう資料整理でもしてもらうか…事務作業だな」
「それならナマエも仲間って感じでいいね」
「と、いっても彼女の能力の高さは否定できない。何かあれば任務に立ってもらうしかないな」
「う、うん…俺も、ナマエを見てて思った。ナマエはすごいよ、兄貴みたいにすごく冷静だし、スタンドを使いこなしてる…本当にすごいや…」
「お前も十分頑張っていた。まだプロシュートと組ませた方がいいと判断したが、成長してきているぞ」
「リ、リーダー…!」
「もうすぐ着く。ナマエを起こしてくれ」
アパルトメントにつくと、メローネが真っ先に飛び出してきてナマエを抱きしめた。
ナマエはというと寝起きなので“うーん”と唸りながらメローネの腕にしがみついた。
「ねーむーいー」
「おお、なんかナマエがタメ口だと新鮮だな」
ホルマジオがラウンジから顔を出して笑った。
「ねえねえ!!ナマエが俺の腕にしがみついてるんだけど!!!これってもう俺添い寝したほうがよくない?俺もナマエもウィンウィンじゃない??」
「それはねぇけどな」
ぺりっとメローネからナマエを剥がしたのはプロシュートだった。
「おいナマエ、起きろ。キスすんぞ?」
「ちゅーしたら寝るのを許してくれるんですかー?」
「いや、寝たら犯す」
「そりゃー困りましたねぇ」
ナマエは眠そうに眼をこすりプロシュートの首筋にキスをするとおぼつかない足取りでラウンジに向かった。
すでにラウンジには仕事を終えた他のメンバーが揃っていて、少し心配そうな顔でナマエを見た。
「ああ、皆さんお早いおかえりで…すみません、姿を消す能力使うとちょっとばかし疲れるんですよねぇ。でも元気です。怪我もしてませんし、ペッシくんも無事です」
へらっと微笑むと空いているところ…ギアッチョとイルーゾォの間に座る。
「あ、そういえばお二人は私とキスとかしても平気です?」
「「!?!?!?!?!」」
突然の質問にギアッチョは珈琲を零すし、イルーゾォはゼリービーンズが入ったお菓子の袋を落とした。
「嫌ですよね?実はお二人以外とはもうキスしちゃいまして…よくわからないんですが、キスをするのが皆さんへの親愛の印になるならと思ったんですが…」
まだ眠いのかナマエは小さく欠伸をする。
「…俺は、その、してもいいぜ?」
小さい声で耳まで真っ赤にしたイルーゾォがつぶやいたので、ナマエはパッと顔を上げると、可愛らしいリップ音を奏でてイルーゾォの唇にキスをした。
イルーゾォの鼻先をナマエの花のように優しい香りが掠める。
「ふふ、ちゅって音が鳴りましたね」
「あ、ああ…」
イルーゾォは別にファーストキスというわけでもないし、別段意識するなんてないと思っていたが、実際にその笑顔を目の前で見て、おまけにキスときたら赤面するしかなかった。
「おい」
「なんですか?ギアッチ…んんっ」
振り向きざまにギアッチョに口を塞がれ、くちゅ、という音とともに彼の舌を受け入れた。
軽くナマエと舌を絡めると、ギアッチョは唇を離した。
「、ほらよ」
「ふぁーディープキスとは驚きました」
『てめぇギアッチョ!!!!』
誰とは言わない罵声がギアッチョに降りかかるが、彼はいつも通り逆切れして大騒ぎのラウンジになってしまった。
ナマエはその様子を見て笑ってはいたが相当疲れていたのだろう。
そのまま騒がしいラウンジ内で眠りについた。
翌朝、結局メンバー全員がラウンジで眠っているのを見て、ナマエは笑みを零しながら朝食の準備に取り掛かった。