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『私は貴方たちと同業者です』



言葉に表せない衝撃が各々に襲った。


「詳しく、話せるか?」

「リゾットさん…ええ、もちろん話します。すみません、本来あなたは私のこの力を利用し、仲間として迎えようとしてくださったのに、もう2か月もここのシェフとして怠けてしまいました。長くなりますが、生い立ちからいきましょうか」


小さな唇が、過去を綴る。











私は、日本のギャングの家に生まれました。
父は2代目と呼ばれる存在で、母は私を産むかわりに、もう二度と子どもが産めない身体になりました。

物心ついた時から私にはこの能力がありました。でも誰もみえなくて、私はただ頭のおかしい子どもだったでしょう。

傷を癒せる能力は幼いながらにとても素晴らしいものだと思っていて、よくわからない喧嘩や抗争で怪我をしてきた組の人間の治療をよくしました。
幼い身体ですのでとても疲れましたが、私の能力をひどく気味悪がり罵倒する父に少しでも認めてもらいたくて必死でした。
父の影響で、学校には友人と呼べる人間はおらず、ほとんどの生徒からは避けられ、一部の生徒からはいじめ紛いのこともされました。
これを父に言ったらきっとこの子はもっとひどい目に合う、とひたすら我慢をして過ごしてきました。


学校と家の往復、家でも軟禁状態で、ひたすら本を読み漁る日々。
一度、恋心を抱いていた男の子の怪我を治したら、彼が私を魔女だと言いふらし、いじめもひどくなり、私の家の影響でいじめに加担した生徒のほとんどが学校に来なくなってしまいました。きっと何かしたのでしょう。
それから他人と深く関わらないように生きてきました。

中学生に上がるころ、家の中を歩いているとゴキブリに遭遇しました。
今でも嫌いですけど、当時は本当に虫という虫が無理で、思わず声を上げてしまったのです。
これが、間違いでした。

声を上げたら家の誰かが駆けつける。
私はそんなことを考える余裕もなく、手のひらに無意識に握った黒い羽根をナイフに変え、それをゴキブリに投げつけました。
偶然か、それともスタンドの力が働いたのか。それは定かではありませんが、ゴキブリに刺さったそれを瞳に映したとき、思わず『消えろ』そう願ったのです。

するとゴキブリはまるで霧になったように消えてしまいました。

それに安堵したのもつかの間、そこに駆けつけた人物…父が私の名を呼んだのです。


ヘドロを頭から被せられたような不快感。


そして、父が浮かべた笑顔は、とても笑顔を呼んでいいようなものではありませんでした…














『お前のそのいかれた能力は悉く父のためになるな?』









どういう意味かわかりませんでしたが、次に命ぜられたことで私は一気に奈落へと落ちたのです。


『暗殺』

私に課せられた父からの命令。
もちろん断りました。人を殺してまで父に褒められたくはありません。

ですが、父は言ったのです。


『母がどうなってもいいのか』




母は、私の唯一の希望でした。
この能力を認め、天からの贈り物だと微笑み、瞳も宝石のようだと愛してくれました。
料理が得意な母に習い、一緒に調理場に立つのが何よりの楽しみでした。
母が酷い目に遭うのを避けれるのなら、私は鬼にでも修羅にでもなろう。
自分のこの力で母を守れるのならいくらでも行使しよう、と心に誓いました。


はじめに殺すことを命ぜられたのは、庭師の男性でした。
無口な人でしたがよくしてくれていたので殺すとき、私は泣きじゃくり、結局最後の最後でナイフを突き立てることが出来ず、半ば抱きつき『眠るように消えろ』と願ったのです。
彼の死に際の、悲しく優しい瞳は忘れられません。

父は初めての殺しということで立会い、ビデオカメラも回していましたが、私のその行為に大変腹を立て、すぐさま別のやつを殺すように命じました。
このとき対象を父にしていれば、と今でも思います。
私はビデオカメラを回していた見ず知らずの組織の人間の首へスタンドで作ったナイフを突き立て、『消えろ』と叫びました。
男は消え、ビデオカメラだけが残りました。























「ひぐ…っ」


ナマエは泣き出した。
思い出すことがあまりにも多いからだろう。
メローネは彼女の手を握る。


「ナマエ、無理は…」

「ううん、平気…」


そしてナマエはまた口を開いた。

















それから私は学校と家の往復に加え、人を殺すことを命ぜられるようになったのです。
いつしか感覚というものが薄れ、それが作業になりました。
死体を残さない場合は特に重宝されたし、死体を残す場合のために徹底的に戦闘術についても叩き込まれました。
だって、私のスタンドで殺すんですから証拠も出ませんし、姿も消せますからね、無敵です。


これもすべて母を守るため、母の笑顔を守るためでした。なのに











母が亡くなったのです。










「交通事故でした。生きた人ならどれだけ弱っていても…老衰以外なら助けられますが、母は即死…再会したのは葬儀の場でした。 私は、表の職を持つため、料理人になり、父の息のかかった料亭で働き、夜は殺し、という生活でしたが、母がいなくなってどうしようもない感情に耐えられなくなり、家を飛び出したのです」

「それでイタリアに来たのか?」

「ええ。他にもヨーロッパはいくつか国に行きましたが…イタリアには幼い時に唯一私と遊んでくれた少年がいるはずなので、彼に会えたら、という気持ちもありましたけどね」

「少年…」

「はい、ハルノくんって言うんですけど…まあ広い国ですからね…聞き苦しい話をしてしまいすみません。私でよければ何かさせてください」


ナマエは涙を静かに拭い、リゾットを見た。

「話を聞くに…また殺しをするのに抵抗はないのか?」

「無いといえば嘘ですし、あるというのも嘘ですね。私は大切な人がいたからそれをしてきました。一度失い、生きることすら諦めてたのですが、皆さんに会えました。また生きる希望を私にくれたのです。役に立てるならかまいませんよ」

静かに言い切るとプロシュートが声を上げた。

「俺は出来ることならナマエに危険なことはさせたくねぇ。ただ、このチームに身を置く以上いつかはパッショーネとして活動することになるだろうとは考えてた。今回はペッシの御守で行ったらどうだ?」

「おもり…」

「どれだけ殺しの技術に長けていようが、いきなり任務ってのは急ぎすぎだと思うからな。まあ、そこらへんはリーダーが決めればいいが」

プロシュートの言葉にリゾットは頷いた。

「御守、という名目ならいいだろう。元々勘が良いとは思っていたが…本来ならお前には何も知らせず、ただこのチームで笑顔でいて欲しかった」

リゾットの言葉にナマエは微笑んだ。

「私はこのチームの皆さんに出会えて嬉しいし、とても幸せです。皆さんのような素敵な人がどうして暗殺専門なのか些か疑問ですがね」

それはこっちの台詞だ、とその場にいた誰もが思った。
穏やかで料理上手、少し恥ずかしがり屋で容姿も端麗、そんな彼女がどうして殺しを裏の仕事として続けてきたのか、それがどう考えても謎だった。


「あと、もしリゾットさんが皆さんより甘くしてくださるというのなら、一つ条件を出して良いでしょうか?」

ぴん、と人差し指を立て、悪戯っぽくリゾットに詰め寄った。

「なんだ?」

「ターゲットが何故殺されるのか、殺されなければいけないのか、その理由を聞かせて欲しいんです。我儘ですが、自分が納得する理由なら仕事をしましょう」

「理由…」

「はい、この仕事を長年していると、罪も無い人も…もちろんいましたが、何より殺される理由がある人間が多かったので、ちゃんと納得してから仕事したいんです」

「…わかった。今回のターゲットは、人身売買をしている人物だ。と、いうより組織だな。同じ組織だが拠点を別々に持って人身売買に手を染めている。男、女、子ども…それぞれが専門で人を集めている。今回ペッシに下したのは、この中でも“子ども”の人身売買に力を注いでいる人物だ」

「了解」

ナマエはリゾットの言葉に短く返事をするとペッシに向き直った。

「私は姿を消してついていきます。ピンチのときは助けます。それでいいですね?」

「あ、う、うん…」

「死体は…消したほうが良いですか?」

「いや、死体は残しておいてくれ」

「はい。では、そろそろ休みます。ペッシくん、明日はよろしくお願いしますね」

もう今日か、なんて笑いながらナマエは自分の部屋へと戻っていった。









ラウンジに流れる沈黙。

だが、過ぎ去ってしまった時は、もう戻せない。




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