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いつものように食堂に行ったら、なんとお気に入りの紅茶が売り切れていた
なんたること、ああ、どうしましょう
「あれ?柳生じゃん、どーしたんだよ」
「ああ、丸井君ですか。いえね、お気に入りの紅茶が売り切れていて途方にくれていたんです」
「紅茶かー、おっしゃれー!俺はオレンジジュースだけどな。まあたまには違うもの飲んでみたら?」
「そうですね、そういえば珈琲も美味しいらしいですし、そうしましょう」
「うげ、珈琲?ぜってー、無理!あんな苦いの!」
「まあ慣れですよ」
「ふぅん、ま、いーや。じゃ、また部活で」
「はい」
丸井君はオレンジジュース片手に走っていってしまった
お目当ての菓子パンでもあるんでしょうか
私は珈琲を片手に端の席に座る
中心の席はどうもうるさくて落ち着かない
読みかけの文庫本を取り出し、読書に勤しむことにした
「あ、その本」
どれほど経ったかはわからないけれど、小説の世界から現実へと引き戻されたのは確か
声の主を見れば
「苗字さんでしたか」
「やっほう、柳生くん。席空いて無くてさ、相席いいかな?」
「ええ、かまいませんよ、どうぞ」
それは私が密かに想いを寄せている苗字さん
もちろん、伝える勇気などない私は彼女と言葉をかわせるだけで幸せなのだが、今、目の前に彼女が居る
そして、こちらを見て微笑んでいる
「ありがとう柳生くん。仁王に席取られてさー、うちの友達ナンパしてんの!そしたら『柳生が端っこで寂しそうに本読んでるからそっち行きんしゃい』ってさー」
苗字さんの微妙な仁王くんの物真似に笑ってしまった
「あ!笑ったなぁ!?」
「す、すみませ・・・っククっあまりにも、その、仁王くんの真似が…っ」
「えぇ!?結構似てたと思うのになぁ」
口を尖らせて不貞腐れる表情がとても愛らしい
こればかりは仁王くんに感謝ですね
「そういえば苗字さん、この本をご存知で?」
「ああ、うん。それ図書館のでしょ?本の後ろのカード見てみ」
「え?…ああ」
私の名前の前にあるのは紛れも無い彼女の名前
どうやら彼女は私の前にこの本を借りたらしい
「不覚にも今気が付きました。あ、結末は言わないでくださいよ?」
「ちぇー」
こちらを見てニヤニヤと笑う表情がどこかのペテン師とかぶり、今からしようとすることがわかってしまった
再び不貞腐れる彼女
しかし、私の手元を見て再び表情が変わった
見ていて飽きませんね
「すご!柳生くん珈琲飲めるの?」
「はい、紳士の嗜みです」
「紳士の嗜みとかもう何が言いたいのかオツムの弱い私には微塵も理解できないけど、珈琲飲めるのすごいね!」
「そうですか」
とりあえず、褒められているらしいことだけは理解できました。
「私は無理なんだよね、苦いじゃん」
「それが美味しいんですよ」
「そーゆーもん?」
「はい」
「大人だなぁ」
苗字さんはニコニコと笑って私を見る
そういえば、こうやって
「こうやって柳生くんとゆっくりしゃべるの初めてだよね」
ああ、台詞をとられてしまいました
「そうですね」
「なんか新鮮!」
「ふふ、そうですか?」
「うん!だっていつも邪魔者いるじゃん!」
邪魔者、とはきっと彼女をココに導いた仁王くんのことでしょう
苗字さんと仁王くんは友人としてですが、とても仲が良いので
「邪魔者、ですか。随分な言われようですね」
「だって、柳生くん困らせてばっかじゃん、におー」
「まあ否定はしませんが」
「だーれが邪魔者じゃ」
…貴方ですよ。
いつのまにかに私達のテーブルにやってきていた仁王くん
不覚にも気が付きませんでした
「アンタだよ仁王」
「おーおー、生意気な口利くのう?そんな生意気な苗字に朗報じゃ。次の時間、男子は保健じゃが、女子は体育ぜよ」
「は?ちょ、昼休み終わるまであと何分?!」
時計をチラリと見て、彼女につげる
「言いにくいですが、残り3分です」
「ゲェー!もうちょっと早く言えよバカ!3分で着替えるとか無理!」
「自分の時間割くらい把握しんしゃい」
「せっかく柳生くんとゆっくりお話してたのにー!」
バタバタと席を立つ苗字さん
しかし、
『せっかく柳生くんと』
勘違いしてしまいますよ?
「柳生くん、今度初心者でも飲めるような珈琲教えて!」
「え?」
「んで、一緒に飲みに行こう!」
「あの、」
「だめ?」
「いえ、いいですよ」
「よかったぁ!」
相変わらずはじけるような笑顔をしますね、
「でも何故です?」
「え?柳生くんとゆっくりお話したいから!じゃね!」
冷めた珈琲に浮かぶ君の姿
(たまには珈琲も良いものですね)
(俺に感謝しんしゃい)
(それは考え物ですね)
(title by王様とヤクザのワルツ)