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次のターゲットは疋田というやつだ。
車の下請け工場の派遣という情報を手に入れ、接触の機会をうかがう。
こいつが犯人らの中で一番年上らしいが、この年でも派遣で独り身…放っておいても死にそうだな…。


にしても、少し疑問が出てきた。
彼らは名前を覚えているのだろうか。

もし覚えていたらそれはそれで腹が立つし、忘れていたらそれはそれで殺してやりたい。殺すがな。
聞いてみるか?リスクがあるか?

いや。
リスクがあろうとなかろうと、確かめておきたい。




確かめるには、まず接触せねばならない。
疋田は、幸か不幸か友人がいないとても寂しい人間らしい。(私は名前がいるから良いのだ)

適当にやつが1人で入った居酒屋に、足を向け、それとなく隣に座る。
なかなか繁盛している店だったので、隣に座ってもなんら違和感がなかったのは助かった。

チラリと疋田を見れば、携帯の待ち受け画面が目に入った。
『子猫』
こちらに肉球を惜しげもなく見せて、前足を伸ばしている子猫の写真だった。
まあ、名前のほうが数百倍可愛いがそれは別の話だ。


「可愛い猫ですね」

「え?ああ。これ?俺ん家のやつなんすけど可愛くて」

疋田は嬉しそうに笑ったようだったが、私にはひどくどす黒い何かにしか見えなかった。

不快だった。

こいつと会話をすることが。
しかし、ここで殺すわけにはいかない。

「私も猫が好きで、実家にね、いたんですけど、最近死んでしまって」

「そうなんですか?悲しいですね」

「ええ」

言っておくが嘘だ。
猫は好きだ。現にキラー・クイーンも猫の姿だし、本能的に好きなんだろう。
だが、猫を飼っていた事もなければ、実家を離れたこともない。

適当に疋田の話に付き合い、酒を勧める。
調子に乗り、日本酒を勢いよく煽る姿はもうすぐ消えゆく人間というギャップに笑を添えた。




「いやぁ、俺ね?なんつーか、猫も超好きだけど、やっぱ小さい子?女の子っていうの?最高だと思うんだよね〜〜〜」

「!!」

ボロを出した。
酔いすぎですよ、と声をかけ、店員を呼び会計を済ます。
自分の分はもちろん自分で払うが、こいつが飲んだものなんてビタ一払うつもりなんてない。
店員の立会いのもと、彼の財布を出し、金を払った。




店を出て、適当に人の少ない場所を目指す。






「ひっく、ねえ、もう時効だしさ〜俺もブタ箱行ってたから言うけど、前科持ちなんだよね、俺」

「・・・」

「驚いた?かっけ〜でしょ、前科。幼女?あれ、なんだっけ、誘拐?ごーかん?それで捕まったんだよ〜」

まるで、武勇伝のように。

「年の瀬だったけど、すげーくぁわいいこがよぉ、1人で歩いてて、まあロリコン仲間でオイタしちゃってさぁ〜」

気が付けば、随分とおあつらえ向きな路地裏までこいつを誘導したもんだ。
人どころか、猫も、ゴキブリもいないんじゃあないか?


「あれ?川尻さあん、ここどこよ?俺、案内間違えちったかなあ」

川尻、とはとっさに出た偽名だ。
どんだけ名前を呼ばれようがかまわない。

「名前」

「へ?」

「もしかして、その襲った少女の名前は名前っていいませんか?」

「ん〜、あ〜確かそうだな。なに?知ってんの?ニュースでも見てた?」


“サイッコ〜に泣き喚いてかわいかったなぁ〜”
疋田は汚いゴミ箱に椅子のように腰掛ける。
ああ、街の雑踏が響く。

「いや」

「あ?」












「名前は、私の恋人だよ。疋田」





カチ。




肩を貸して歩いてきたんだ。
体全体を爆弾に変えることなんてたやすいこと。呼吸をするように簡単だった。


粉々になって散った、跡形もない“疋田がいたであろう場所”を見つめながら言葉を続けた。




「君たちが死んで、名前はやっと前を向けるんだ」



あと二人。
といっても琴嶋については時間の問題だろう。
年甲斐もなくホストなんてやっているらしいから明け方を狙えばすぐだ。

問題は








「あ、吉影さんっおかえりなさい!」

「おっと、抱擁でお出迎えとは随分機嫌が良いな」

「はい!なんだかまた体が軽くなって…お休みをいただいてるからでしょうか?あの仕事あってないのかな…」

「やめたければいつでもやめてかまわないよ」

「えぇ!?せめて今の担当仕事が終わるまでは辞めませんよ!部長に頼んで在宅で出来るようにしてもらったのに!」

「まったく、君は仕事熱心だな。ところで、この美味しそうな香りは?」

「あ!スーパーのフミエさんに教えてもらったコロッケですよ!準備するのでお手手洗ってうがいしてきて下さいね」

「ああ、わかったよ」



彼女の笑顔を見ればどうでもよくなってしまった。


ハエナガ…


蝿永秀樹。
よもや、ここで彼の名前を思い出すとはな。



まあいい、すべてが。
もう少しですべてが終わるんだ。



「吉影さんお腹空いてます?大盛りにします?」

「中盛りで」

「う〜ん、微妙なトコついてきますね…」





彼女が作ったコロッケはとても美味しかった。

さあ、明日も、彼女が洗濯し、アイロンをかけてくれたシャツ、ネクタイ、ジャケットで仕事に出かけよう。





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