main | ナノ



「ドロボウの兄ちゃん、なにしとっとかなー」



ミユキがそう、呟いた
せっかく俺が里帰りしたというのに、それか
兄ちゃん悲しい



「そういや、来週、四天と青学で練習試合ば組まれとったけん、兄ちゃんが手塚の写真ばゲットしてきちゃるばい」

「ほ、ほんと?」

「ん。可愛い妹のためやけんね」

「ありがとう兄ちゃん!」


はあ、ええ笑顔して
そげん手塚のことが好きなんかミユキ

ばってん、男に二言は無い
きっちり写メにおさめてきちゃるばい



















東京観光もかねて一日前にやってきた四天宝寺テニス部
大阪とはやはり違う雰囲気に目を奪われていた


「ほな、東京観光といこか。ま、それぞれ行きたいトコあるやろし、6時まで自由行動な。あ、千歳」

「なんね?オサムちゃん」

「お前は放浪癖があるで注意や注意。ちゃんと携帯の電源いれとけよ。マナーモードもなしやで」

「わかっとるばい。心配せんでもよかよ」


千歳はヘラっと笑うと下駄を響かせ、町へと消えた



「心配やなぁ」


オサムが嘆く


「まあいざとなったら部員全員で探すんで大丈夫やと思います。ほな俺は金ちゃんについてくんで」

「おー、金ちゃんは任せたでぇ、白石」

「俺は侑士に会ってくるわ」

「気ィつけや、忍足」


皆がそれぞれ目的を持ってその場を後にした






















「さて、と」


どげんしよっとかね?
手塚のテニスプレー中に写真撮るのはできるとして、オフの手塚はなかなか撮れそうになかね〜…
ばってん、ミユキが欲しいんはオフの手塚な気もするし…


千歳は、うーん、と考えるも、そもそも深く考えるのが苦手なので風の吹くまま気の向くままに足を運んだ




















「あ、空が暗くなってきた、今何時ね?」

千歳は携帯を取り出す
画面は真っ黒
つまり


「電源きっとったの忘れとったばい」


電源をつけると着信の嵐
千歳もさすがに苦笑する
するとディスプレイが光った


ピッ


「あ、オサムちゃん?」

『お前今どこおんねん!?』

「えーっと…ちょっとわからんとよ」

『はぁ!?なんか目印あるか?』

「・・・ビル?」

『どアホゥ!!ビルばっかやんけ!あー、もう!とりえず無事っちゅーことはわかったでさっさと人に聞いて帰って来い!旅館の名前はわかるやろ?』

「ん。わかったけん。心配せんでもよかよ」

『ったく・・・ほなな』



オサムはため息と共に電話を切った



「なるほど」


ディスプレイには19:37の文字
それは電話もかかってくるはずだ
日が長いので夕方という感覚すら薄かった千歳はとりあえず旅館への道順を聞くため人を探した
そのとき、自分と同じくらいの少女がいたので話しかけた



「あの、ちょっと道を聞きたいんやけどよかと?」

「え?あ、はい」

「 」


千歳は言葉を失った
その少女の愛らしさに、心を奪われた




「えっと…どこに行きたいんですか?」

「え、あ」


少女の言葉に我に返る


「○×旅館に泊まる予定で…ばってん、ついフラフラしとったら場所がわからんくなったと。お前さん、わかる?」

「あ、その旅館ならちょっと遠いからバスのほうがいいですよ。近くにバス停あるし、案内しますね」


ついてきてください、と少女が手招きし、千歳もあとに続く




















少女はバス停につくなり、時間を確認
携帯をいじり、うんうん、と頷く


「あと5分後にバスが来ますね。えっと3つ目のバス停で降りたら看板が見えるから大丈夫だと思います」

「そか、助かったばい。すまんね、迷惑かけて」

「いえいえ、ではお気をつけて」

少女はペコリと頭を下げて去っていった




千歳はその後姿が見えなくなるまで見つめていた














少女の言ったとおり、おそよ5分後に来たバスに乗り、言われたバス停で降りるとほぼ目の前が旅館だった


「おーおーおー、千歳にしてはちゃんと来たやん」


白石が出迎えた


「んー、ちょっとばかし道聞いた人が親切やったけん、無事に着けたばい」

「そらラッキーやったな。もうちょい遅かったら金ちゃんに飯食われてたで」

「お、危ないとこやったけん、ラッキーばいね」


千歳は肩をすくませ旅館に入った












皆で風呂に入り、大広間ということもあって枕投げを慣行
しかし、疲れきった金太郎が眠ったことを皮切りにそれぞれが床に就いた


「ん…」



しかし千歳はなかなか眠りにつけなかった
少女の笑顔が脳裏に焼きついて離れなかったのだ



皆を起こさないように、千歳はそっと部屋を抜け出す


廊下は消灯され薄暗く少し早足でロビーに向かった










ロビーには自販機が設置されており、ジュースを買うと近くのソファに腰を下ろした


「俺らしくなか…」


はぁ、とため息をつく



「ほんまやなぁ」


声がして振り返ると白石が手を振っていた


「すまん、白石起こしてしまったとや?」

「ちゃうちゃう、千歳がちょっと様子が変やったで気になっとったんや。で、」


『どないしたん?』と千歳の横に腰を下ろす



「・・・笑わん?」

「フリ?」

「違うばい」

「はは、わかっとるよ、で、どないしたん?」


千歳は一呼吸置いて話し出した


「今日、道聞いた子が俺らとおんなじくらいの女の子やったけん…」

「ふむふむ」

「で…」

「で?」


千歳は真っ赤になって俯いた


「めっちゃくちゃ…可愛かったばい…」


その反応で白石はすべてを察した


「惚れたんか」

「そやね」


はあ、とため息をつく千歳


「その様子やとアドレスどころか名前も聞けてへんな」

「ご明察ばい。はじめて一目ぼれしたけん、気の利いた言葉なんか浮かんでこんかったとよ」


白石に話し、少し落ち着いた様子の千歳
す、と立ち上がり、飲み干した缶をゴミ箱に捨てる


「少しすっきりしたばい。ありがとな、白石」

「そらよかったわ。明日も早いしねよか」

「そやね」
















翌朝

金太郎が越前と試合がしたいがため早起きし、皆もそれに付き合わされた
財前は我関せずと布団からでてこようとしなかったが金太郎に布団を剥がされ出るしかなくなった



はじめはバスを使う予定だったが、早起きのせいもあり、ランニングがてら青学へ向かった
ちなみにオサムは旅館の人に自転車を借りていた





練習試合開始時刻には無事青学にたどり着けた



「よろしく白石。遠いところからありがとう」

「こちらこそ、よろしゅう手塚くん」

セミファイナルで手合わせした者同士である青学と四天宝寺
挨拶もそこそこに皆が準備にはいる

「そうだ、白石」

「ん?」


手塚に呼び止められ白石は振り向く

「紹介しておきたい者がいるんだ」

「紹介?」

「ああ…、不二、名前はどうした?」


通りがかった不二は少し首をかしげ、『あ!』と声をあげた


「さっき『桃くんと海堂くんのシャツ洗ってくるー』って言ってたから洗濯じゃないかな?」

「そうか、ありがとう。越前、桃城、名前が洗濯をしているらしい。呼んできてくれ」

「「ッス」」


指名された二人は名前という少女を呼びに行った


「なあ手塚くん、『名前ちゃん』って誰?」

「この部のマネージャーだ」

「え?!マネージャーおったん?全国ん時見かけへんかったんやけど…」

「全国のとき、彼女の家の事情で来ることが出来なかった。名前自身マネージャー歴は3年と長いがあまり表に出てくるタイプではないからあまり知られていない」

「へえ、」

「仕事は出来る。今回の練習試合では四天宝寺のサポートも任せてあるのでなんでも頼ってやってくれ」

「随分信頼してんねんなぁ」

「ま、まあな」


白石は、少し動揺した手塚を不思議に思うも追求はせず、とりあえず四天宝寺の部員を集合させた


「あれ?金ちゃんは?財前」

「コシマエ追いかけていきましたわ」

「さよか」





















「連れてきたッス」


桃城の声に振り返ると越前、そして金太郎と続き、最後に小柄な少女がついてきた


「ご、ごめんなさーい!洗濯に夢中で…」

「クスッ…名前らしいね」


不二が笑うと名前も恥ずかしそうにはにかんだ


「(なるほど、かわええ子やな。手塚くん、この子にお熱なんやろか)えーっと、自分が名前ちゃん?」

「あ、はい!青春学園中等部男子テニス部マネージャー、3年の苗字名前です!今回は四天宝寺の皆さんのマネージャーとしても働きますのでどうぞよろしくお願いします」


セミロングの髪が揺れる


「よろしゅう。部長の白石です。とりあえず個々の自己紹介はあとで行うよーに。青学の子達のコート整備手伝いやー」


白石の言葉に皆がよろしくー、と名前に声をかけコートに向かった
一人を除いて


「おい、千歳何ボーっとしとんねん」

「あの子ばい…」

「え?まさか昨日の…」


千歳は頷く
走ってきたせいで少し染まった頬は余計に愛らしさを感じさせ、千歳は目を離せなくなっていた

その時だった


「あ!」

「!」


名前と千歳は見事に目が合い、名前が声をあげたのだ
事情を知っている白石までが肩を震わす

名前は千歳と白石に駆け寄った

「昨日の子だよね?」

「あ、ああ」

「四天宝寺の子だったんだぁ。おっきいから高校生かと思っちゃった」

「194cmあるけんね。よう間違えられるばい」

「わ!おっきいね!で、昨日は無事に着けた?」

「こん通り無事皆に会えたばい」

「ふふ、よかった」

「ありがとうな」

「いーえ、えっと…」

「千歳。千歳千里ばい」

「千歳くん!よろしくね!また何かあったら聞いてね」

「ん」

「なんなん?二人とも何かあったん?」


白石が何も知らないように質問する


「え、あ」


千歳はいきなりの質問に驚く
顔には白石は知っちょるやろ!?と書いてあった

千歳と名前があまりにも親しく喋っているので注目の的にっている
それを危惧した白石がとりあえず仲の良い理由を皆に知らせようと助け船を出したというわけだ

鈍感なのか、当の二人はまったく気づいていないが

「昨日、千歳くんに道を聞かれたの。ね?」

「ああ、放浪癖があるけん、東京きてもそのせいで迷子になったと」

「あー、せやったんかー。うちの部員が迷惑かけてしもてすまんなぁ」

「迷惑だなんてとんでもない!今日と明日、よろしくお願いします!」

「「こちらこそ」」


名前は二人に頭を下げるとどこかへ行ってしまった
おそらく洗濯の続きをしにいったのだろう

とりあえず二人ともコートに入り、練習をはじめた

















「やあ白石。どう?打たない?」

「お、不二クン。ええよ、どこのコートで打とう」

「あっちのコート空いてるからどうかな」

「せやな」










コートに入ったとき、しゃがみこむ二つの影を見つけ白石と不二は立ち止まった
白石は思わぬ光景に驚く


「っと、え?」

「ああ、ごめん手塚、名前、デート中?」

「違うよ不二くん!タオル運ぶのを国くんに手伝ってもらってたの!そしたら…その…」

「名前が見事に転び、洗い立てのタオルを地面に散らかしたので拾っていただけだ」

「一緒のタオルを拾おうとして手が重なったまま動きが止まっていたのに?」

「た、たまたまだよ!」

「そうだぞ、不二!」

「クスクス、わかってるわかってる。二人のラブラブっぷりはわかってるから。僕たち、このコート使いたいんだけどいいかな?」


その言葉に名前と手塚は慌ててタオルを拾った
ほとんどを手塚がかき集めただけだが


「よし!白石、不二、邪魔したな。名前、行くぞ」

「どこに?」

「再洗濯しにだ」

「あう…ですよねー…ごめんね、不二くん、白石くん、お邪魔しました」

「邪魔したのは僕らだから気にしないで」


名前はぺこり、と白石に向かって頭を下げ、手塚を追いかけた






「不二くん、あの二人がこのコートにおるの知っとったん?」

「知ってた、は言いすぎだけど『いるかな?』とは思ってたよ」

「怖いなぁ…で、あの様子やと」

「付き合ってるよ、あの二人」

「…そうか」


白石の声のトーンに不二は苦笑する


「ごめん白石。悪いんだけど千歳にそこはかとなく伝えておいてくれないかな?」

「え、なん、なんで千歳やねん」

「え?噂では千歳の妹さんが手塚にお熱って聞いたから…違うの?」

「いもう…?ミユキちゃんか。え、あ、せ、せやな…」


白石の動揺っぷりに不二は首を傾げる
そして不二もハッとあることに気づく


「・・・も、もしかして・・・」

「ふ、不二くん…気づいた?」

「千歳妹はともかくとして…もしかして千歳兄も…」

「さすが天才やでぇ…ご明察や。なんやあの兄弟。不憫すぎるやろ」

「まさか…なんか、こう、コメントしづらい、というか…」


とりあえず打ち合いはしたものの気持ちが付いていかず、良い練習ができた、とは言えなかった














不二と白石が皆のコートに戻ったとき
すでに伝えることは不要となっていた


手塚と練習メニューを打ち合わせする名前
少し頬を染め、時折嬉しそうに微笑んでいた
あの手塚が何か気の利いたことを言えるわけないとは思うが名前にとっては何気ない一言一言が嬉しいのだろう
手塚もまた、時折そんな彼女を見て目を細めた


英二にいたっては『相変わらずあの二人はラブラブだにゃ〜』なんて大石に呟き
桃城は『あんなに見せ付けられちゃ、俺も早く彼女欲しくなっていけねーな、いけねーよ』なんてボヤいている
(ちなみに越前はそんな桃城に『まだまだだね』と呟き拳骨を食らわされていた)


この状況下でこの二人の関係性を理解できていないのは金太郎だけであろう


もちろん、千歳も目撃していた
切ないとも、悔しいとも、なんとも形容しづらい無機質な表情だった


「あかん…なんや悪い方向にむかっとる気がする…」

「そうだね…手塚も名前も変に抜けてるからいちゃついてるつもりはないんだけど二人でいたら始終あんな感じだよ」

「なかなかキツいなぁ」

「まああの二人は1年のときから付き合ってるわけだし、慣れ、かな?でもたぶん部員にとって1回は名前を好きになるよ」

「へえ、せやったら不二くんも?」

「そうだね。僕の場合は名前しか好きじゃないけど」

「へ?」

「いい反応だね。不毛なことはわかってる。僕は手塚も名前も好きだからね、だから不毛なりに二人を応援してるんだ。千歳の気持ちはわからないことはないけど…僕とは立場が違うからキツいだろうね」

「せやな…」


不二は困ったように笑った
どこかで諦めた自分
どこかで諦めきれない自分
それでも二人を『好きだ』と思う気持ちがあるから、この場から動かない


「(不二クンも苦労してんねんなぁ…)ほな、俺行くわ」

「うん」








白石は千歳に歩み寄る

「ちと─…「白石」


名前を遮るように、白石を見て、困ったように笑った


「俺はこれでも今までぎょうさん人を好きになってきたばってん、こぎゃん好きになったのははじめてばい。不毛とわかっちょるばってん…恋ってのは、めんどくさかね?頭ではどげん理解しちょっても、心がついていけんばい」


出会って一日の自分
出会って何年もたつ手塚
どう考えても不利な立場

ライバル校の選手の自分
同じ学校の仲間であり、恋人の手塚


考えれば考えるほど追い詰められるのに


「千歳」

「なんね」

「俺は恋に時間なんて関係あれへんと思うで」

「・・・」

「名前ちゃんかわええし、惚れるんわかるわ。どうするかは千歳自身やし、応援はする。どういう形で終わらせるんか、始めるんかは自分で決めや」

「白石…」

「おいおい、そないな顔すんなや。ミユキちゃんが幻滅すんで?」

「ミユキ…そやね、あーあ、兄妹揃って惚れた相手ば似ちょるとは驚きばい」


結局、一日目の練習は千歳の失恋で幕を閉じた












翌日



何事も無いようにはじまった部活
相変わらず、手塚と名前は寄り添うように打ち合わせをしていた


「見せ付けられるのはつらかねぇ」

「せやねぇ…」


千歳は苦笑した
白石も千歳に同意しながら内心驚いていた
千歳のことなので今日は部活をサボり、どこかにいってしまうと思っていたからだ
しかし、現に千歳はこの場にいる

「来ると思わんかったわ、正味な」

「俺も、きたくなかったばってん、名前ちゃんに頼みたいことがあるけんね」

「頼みたいこと?」

「そ。あ、ちょっといってくるばい」


名前が一人になったので千歳は急いで彼女に駆け寄った












「ん?あ、千歳くん、どうしたの?」

「ちょっと頼みがあるけん、今、時間良か?」

「いいよー。あ、部室に用事があるから手伝ってもらってもいい?」

「ああ、かまわんよ」

「ありがと」


名前と千歳は部室へと向かった























「そこの箱取れる?」

「これ?」

「そそ。届かなくてさぁ」

「ほい」

「ひゃあ!軽々と!ありがとう!」

「どーってことなかよ」

「助かったよ!で、頼みって何?」


千歳がとったのはドリンクの予備だったらしく、名前は中身を移し変えていた



「名前ちゃんは…手塚の彼女でおうとるとや?」

「え、うん…ま、まあ…」

瞬時に名前の顔が赤く染まり、『ああ、仲がいいんだな』とすぐにわかった
その様子を見て、深く深呼吸する


「手塚の写メばくれん?」

「え?国くんの?」


意外な申し出に名前は目を丸くする


「試合の写メは多くあるばってん、オフショットが欲しいとよ」

「オフショット…」

「出来たらピン写がほしいばってん、よか?」

「う、うん…それはかまわないけど・・・」


どうして?と首を傾げる
それの仕草すら愛おしく、緩む頬を押さえ、頭をかく


「俺の小4の妹が手塚のファンで、写メば頼まれたけん。協力してくれん?」

「そういうことね!うん!もちろん協力するよ!んとね…」


名前は携帯を取り出し、操作をする
おそらく手塚の写メを探しているのだろう

「手塚とはよくメールすると?」

「たまにね。あんまりしないよ、ご覧の通り国くんはそういうの苦手だからね」

「そか」

「うん。あ、この写真とかどう?」

「お。よかね」


名前が見せてきたのは釣りをしてる手塚
真剣な表情で竿の先を見つめていた


「じゃ、これキープね。んと、他にはー…」

「名前ちゃん」

「ん?」


手塚のことを嬉しそうに話す名前
その笑顔すら、輝かしい


「あんさんは…かわいかね」

「え!?」


耳まで真っ赤になる名前
それを見て千歳は笑った


「りんごみたいに真っ赤だっちゃ」

「も、もう!からかわないで!」

「ホントやけん。可愛かよ、手塚が羨ましい」

「そ、そんな…」


真っ赤になって俯き、携帯操作を続ける


「告白とかはされんの?」

「は!?」


名前は思わず顔を上げる


「誰に?」

「誰でも」

「何それ」


クスクス、と口に手を当て笑う


「そうだね、されるよ。でも私は国くんの彼女。皆のことは好きだけど、恋人は国くんがいいの」

「そか」


愛されとるね、手塚


「じゃあしょーもない質問ばしてよかね?」

「なぁに?」






「もし俺が名前ちゃんのこと好きって言ったらどぎゃんすると?」






少し沈黙が流れる







「も、もう!からかいすぎだよ千歳くん!」

「じゃあ、もう1個質問。俺の妹が手塚に憧れじゃなくて恋心を抱いてるって言ったら?」


それを聞いて名前は携帯の操作を止めて、苦笑した



「どうもしないよ。私は国くんが好き。だから彼をいつもみたいに信じるだけ」


『でも若い子には負けちゃうかも』と、千里は肩をすくめて笑った
千歳を見て再び微笑んだ


「何枚か送るね、アドレス教えて?」

「あ…携帯、旅館に忘れてきたと」

「もー…」


近くにあったメモ帳に名前は自分のアドレスを書き、千歳に渡す


「はい、ここにメールしてね」

「ああ、ありがと」

「いえいえ、じゃあ練習もどろっか」

「そやね。あ、ドリンクの予備ば俺が持ってくけん、名前ちゃんに先にいっちょき」

「いいの?」

「俺が手間ばとらせたけんね、ちょっとしたお礼ばい」

「ふふ、ありがと」


名前は部室のドアを開けて一歩外に出ると少し動きを止めた


「?」


千歳もどうしたのかと首を傾げる



名前はゆっくり振り返り、力なくほほえんだ









「ごめんね」

















嫌でもわかってしまう、『ごめんね』に込められた意味





千歳も少し困ったように微笑むと首を振った

名前はそのまま部室を後にした















「フられたったい…」























練習は無事終了し、旅館に戻る

そして夜も更けたころ、千歳と白石は再びロビーにいた



「と、いうわけで見事にフられたけん」

「せやったか…おつかれさん。で、名前ちゃんにメールはしたんか?」

「いや、まだ…」

「なにモジモジしとんねん!ほれ、今から送りや!」

「お、おう…」


当たり障りのないメールを名前に送る
時刻は22:30


「さすがにまだ寝ちょらんよな…?」

「大丈夫やろ、あーでも名前ちゃん寝るのはやそうやな」

「…」


ピロリン


「可愛い着信音やな」

「デフォばい」


案の定メールは名前から
二日間お疲れ様、というメールと画像
昼間見せてもらった釣りをしてる手塚と

お気に入りも添付します
との言葉とともに大物を釣って少し笑っている手塚だった

画面の左下には女性と思わしき手がピースをしていた
おそらく名前が撮影し、左手でピースをして映りこんだんだろう


「幸せそうたい」

「せやな。…ん?ちょい携帯みせてや」

「?」


千歳は携帯を渡す

白石は携帯を操作して、少し笑った




「・・・これ、番号ちゃう?」

「え?」

だいぶ改行したあとかかれていたのは090から始まる数字


メール不精なので何かあれば電話でどうぞ


番号とともに添えられた言葉


かけたいけれど、かけれない



「好きなんは、ええよね」


千歳は小さく、とても小さく呟いた










はじまりの、おわ
(俺にはじめる勇気ば、この数字がくれんかね?)